――廊下。
足早に歩く晶を追いかけ、俺は何度も声を掛けていた。
「待てよ、晶! さっきのはどういうことだ!?」
「……」
「おい! 聞いてんだろ!? 答えろよ! 無視して済ませられることじゃないだろうが!」
「……」
「待てって言ってんだ!」
遂に追いつき、俺は晶の肩を掴む。
すると、だった。
奴は肩を俺に捕まれた瞬間、それを強引に振りほどいてきた。
そして、心底鬱陶しそうに、汚物でも見るような目つきで俺を見やってくる。
薄ら笑いを浮かべながら。
「必死だな、お前」
「は……?」
意味がわからなかった。思わず疑問符を浮かべてしまう。
が、そんな俺とは対象的に、晶は続ける。
「必死だって言ってんだよ。自分のしでかしたことをまるで認知せず、図々しくそうやって何かのせいにしようとしてる様がな」
「なっ……!」
「恥ずかしくないのか? 結賀、お前は最低な人間だってのに、それを隠そうとするだなんてさ」
「そんなのこっちのセリフだ! 最低な人間? 恥ずかしくないか? ふざけるのも大概にしろ! 全部それは俺のセリフなんだよ! 事実だってまるで何も知らないくせに!」
「……はっ」
鼻で笑い、晶は俺の方へ正面から歩み寄って来た。
周りには通り過ぎていく他の生徒がいる。
ほとんどの奴らが俺たちのことを横目で見て、中にはひそひそと陰口を叩いてる連中だっていた。
けど、そんなのは今さら気にならない。
一切視線を逸らさず、晶の目を見つめ続けた。
威圧をしてきてる。それがわかっているから、なおのこと目を逸らさない。奴に対して、簡単に尻尾を巻くのが許せなかった。俺は何一つ悪くない。それを断言できる立場でもあるのだから。
「結賀。やっぱりお前、本当にすごいな」
「は……?」
「紅葉と明日乃を怪我させた。しかも、一歩間違えれば二人は死んでたかもしれない。それほどのことを起こした張本人なのに、何で今さら俺に盾突くことができるんだ?」
「だから、それは――」
「間違いだって言い張るのか? 俺は明日乃本人に色々と話を聞いたってのに」
「っ!」
我慢の限界だった。
俺は有無を言わさず、晶の両肩を手で掴む。
そして――
「そのお前の認識がそもそも間違いなんだよ!」
廊下に響くくらいの声で言ってやった。
周囲の人間、いや、遠くにいた人たちも、俺たちの方を見てくる。
騒がしかった廊下が、どことなくシンとなった気がした。
「いいか? 聞いてくれ! 信じられないかもしれないけどな、明日乃と紅葉は今中身が入れ替わってんだ! だから、お前が話してた明日乃の中身は紅葉だったんだよ!」
「……ふっ」
「真剣に聞けって! 嘘は言ってない! 本当のことだ! 信じられないってんなら、今日の放課後でも確かめてみればいい!」
言うも、俺の言葉は晶に届いてないようだった。
奴は肩を掴んでる俺の手を払い、
「くだらない会話に付き合ってる暇はない。そうやって訳のわからないことを言っても、事実は何も変わらないんだよ」
「お前……!」
「彼女を俺に寝取られたからってヤケになってんじゃないよ。あんまりふざけたことばかり言ってると、お前の社旗的地位もどん底に落としてやるよ?」
「っ……!」
「恋人関係だけじゃなく、さ」
ゾッとするような笑みを浮かべ、晶はそのまま歩き、自分の教室へ入って行った。
何を言っても信じてもらえない。
決定的証拠が無ければ。
ただ……。
「……くそっ……!」
悔しさに似た苛立ちが自分の中に募りに募る。
歯ぎしりし、拳を握り締めた。
冷静でいられない。
奪われた側の俺と、奪った側のアイツ。
こうした会話でも、晶と言葉をまともに交わしたのはいつ以来だ。
体に力が入っていたのか、めまいがする。
情けない。
いったい俺はいつからこんなになってしまったのか。
その答えはすぐに出る。
晶に紅葉を奪われたあの時からだ。
「……ちくしょう……!」
壁を殴りつけたい思いに駆られていた時だ。
ふと、背後から名前を呼ばれた。「織平」と。
振り返ると、そこには学年主任の先生と、俺の担任の二人がいた。
「……何ですか?」
問うと、
「話がある。ホームルームには参加しなくていい。少しついてきなさい」
神妙な表情と口調で言われ、俺はそれに従うしかなかった。