誰かと誰かの中身が入れ替わる。
そんな話、映画やドラマの中でしか聞いたことがなかった。
現実で起こりうるはずがないと、ずっとそう思っていた。
――が、
「お、お前……紅葉……? 紅葉なのか……?」
目の前にいる明日乃は、俺の問いかけに対し、含みのある笑みを浮かべ、
「そんなの聞かなくても、もうわかってるよね? 明日乃はあんなキスしないと思うし」
「っ……!」
「どうしてこんなことが起こっちゃったのかはわかんない。私は……あの場所で明日乃と一緒に死ぬつもりだったんだけどね」
「や、やっぱりあれは意図的に……!」
「それはそうだよ。結賀が明日乃に取られちゃうくらいなら死んだ方がマシだもん」
「な、何で……そんな……!」
「決まってる。私にとって、結賀は王子様みたいで、一番のヒーローみたいな存在だから」
手負いのまま、入院着の姿でゆっくりとこっちへ手を伸ばしてくる紅葉。
俺は決してその手を取らない。こいつは自分がどれだけのことをしようとしたのか、まるで自覚しちゃいなかった。
「でも、こうして思いがけない形であなたの傍にいられる権利、もう一度与えてもらっちゃった。うふふっ。やっぱり神様っているんだね、結賀。願ってたこと、ちゃんと形になった。明日乃の体で、だけど」
「……バカげてる」
言って、俺は踵を返し、出入り口扉へと歩く。
その刹那、「待って」と紅葉から呼び止められた。
無視しようと思ったが、なぜか歩を止めてしまった。
「どこ行くの? せっかく二人きりになれたのに」
「……明日乃のとこだよ。あいつのとこには、今晶がいるかもしれない。状況説明する。こんなの、絶対おかしいから」
「あーくんならもう帰ったよ。明日乃、少し前に寝ちゃって、まだ起きてないみたいだから。起こすの申し訳ないとか思ったのかもしれないね」
「何でお前がそんなこと知ってるんだよ。動けないはずだろ?」
「先生に教えてもらった。薬の影響もあるかも、だって」
微笑を浮かべながら言う紅葉。
思わず歯ぎしりしてしまう。
何でこんなことになったんだ。
「……それでも構わない。明日乃のとこに行く。俺の彼女は明日乃だから」
「私だって彼女だったよ? 私も結賀に大事にされたい」
「彼女だったって、元だろ!? ふざけるなよ! 自分から俺の元を離れたくせに! 今さら何言ってんだよ!」
大きめの声で言ったつもりだが、紅葉の表情は揺らがない。
何を考えてるのかわからず、ただ俺のことをジッと見つめてる。
「俺だって……! 俺だって、忘れる努力したんだ! 紅葉のこと、好きで……けど、それなのにお前は晶の方へ行ったから……!」
「……」
「俺とお前の関係は……もう終わってるんだよ……。やめてくれよ……もう……今になってそんなこと言うの……」
「……終わってなんてないよ?」
「っ……! だから、何をそんな――」
「失礼するわね~」
「――!」
やり取りの最中だったが、看護師さんが入って来た。
出しかけていた言葉をそのまま引っ込め、俺はうつむき、黙り込む。
「お取込み中だったかしら? でも、ごめんなさい式凪さん。あなたまだ手術明けだからね? もっと安静にしておかないと」
「……はい。すみません。気を付けます」
さっきとは打って変わってしおらしくなり、おずおずと言う紅葉。
その様にも苛立ちを覚えてしまう。
さっさとここから去ろう。強くそう思った。
「ね? ボーイフレンドくんも、お話に夢中になるのはいいけれど、もう少し労わってあげて? この子、事故に遭って、手術したばかりだから。無理は禁物なのよ」
「……本当にその通りですね。困りますよ、こっちとしても」
「……? 今、何か言った?」
「いえ。別に何も」
「そう。あと、ごめんなさい。割って入って申し訳ないのだけど、今から式凪さんの方、検査するから、少しの間――」
「俺、帰ります。こんなとこ、本当は来るつもりなかったんで」
「……え? そ、そうなの? でも……」
「失礼します」
言って、俺は今度こそ明日乃の……いや、紅葉のいる病室から出た。
それからすぐに明日乃の病室へ行ったが、紅葉の言う通り、明日乃は眠っており、彼女のすぐ傍には、晶が来たであろう形跡が残ってる。
フルーツの盛り合わせが置かれていた。
きっと、あいつはこの眠ってる女の子の中身が明日乃だと気付いてないんだろう。
もうあいつとも接点なんて持つつもりなかったんだが、仕方ない。
明日でもいいから、絶対にこの現象のことは話しておかないと。
面倒なことになった……。
すぐそこにあった椅子に腰掛け、眠る紅葉を見つめて深々とため息をつく。中身は明日乃だが。
「……けど、このまま帰るわけにもいかないよな……。明日乃が目を覚ますまで待って、状況説明をしないと」
独り言ち、俺は一人、病室で彼女が目を覚ますのを待った。
暗くなっても、ずっと、ずっと。