「あ! いたいた」
「ん?」
「結構いい時間だし、そろそろ帰らない?」
桜桃ジュースを片手に休んでいると、火水木がやってきてそんなことを言う。ガラケーを取り出し時間を確認すると既に夕方で、気付かなかったが着信も入っていた。
「あ、悪い。電話してたのか」
「持ち歩いてたなら出なさいよ。ユメノンとオイオイは見つけたけど、ユッキーとツッキーとホッシーとトールが行方不明なのよね。どこかで見なかった?」
「冬雪ならゲーセンゾーンで釣りしてるかもな」
「じゃあユッキーの方はアタシが見てくるから、アンタも協力しなさい。誰か一人見つけたら入口に集合ね。あと電話にはちゃんと出なさいよ」
「了解」
恐らくは同じような指令を夢野と葵にも出したんだろう。残りのメンバーが複数人で固まっていなければすれ違うことはない、地味に頭の良い方法な気がする。
火水木が去って行った後で、空になったペットボトルをゴミ箱へシュート。心当たりがあるのは冬雪だけでなく、阿久津と早乙女の居場所にも薄々見当がついていた。
「…………」
まあ、やっぱりここだよな。
エレベーターに乗って屋上に行くと、ボールのバウンドするドリブル音が聞こえる。予想通り二人はバスケコートで、1ON1の勝負をしていた。
『……ミナが運動する時は、悩んでる時』
ふと冬雪の言葉を思い出し、声を掛けようとしたが考え直す。
そういえば前に一度、俺も阿久津と1ON1をしたことがあった。あれは確か梅の練習試合を一緒に見に行った時……昨年の9月だったか。
あの時は夢野と俺の接点について一緒に悩んでくれていたが、今回はいまいち見当がつかない。アイツが俺のことで悩んでるとは考え辛いし、先日終わったテストの手応えが微妙とかそんな感じだろうか。
「…………」
こちらに気付かず楽しんでいる二人の攻防をボーっと眺める。
俺と違い早乙女は阿久津同様、元バスケ部の部長をやっていた程の腕前。阿久津の方がブランクは一年長いが実力は拮抗しており、戦況は一進一退を繰り返していた。
「?」
そんな中、唐突に視界が真っ暗になる。
瞼には柔らかい掌の感触が当てられ、背後から聞き慣れた少女の声がした。
「だーれだ…………って、声出したらわかっちゃうよね」
「そりゃまあそうだな」
「…………」
「………………ん?」
「ちゃんと答えるまで放しません」
「夢野だろ?」
「正解♪」
視界が戻った後で振り返ると、少女は無邪気な笑顔を浮かべている。夢野以外には誰もおらず、夕日の差し込んでいたエレベーターのドアが閉まった。
「米倉君が戻ってこないから迎えに来ました」
「え? ああ」
そういや、俺は二人へ帰ることを伝えに来たんだっけ。
すっかり忘れていた本来の目的を思い出すと、夢野は首を傾げつつ尋ねてくる。
「水無月さんに見惚れちゃってた?」
「何でそうなるんだよ?」
「だって声も掛けずにボーっとしてるんだもん」
「…………冬雪が言ってたんだよ。阿久津が運動する時は、悩んでる時だって。別にそんな風には見えないけど、仮にそうなら止めるのも悪い気がしてさ」
まあ、だからと言っていつまでもこうして眺めている訳にもいかない。
俺が声を掛けに行こうとした矢先、夢野は納得したように小さな声で呟いた。
「そっか……うん。雪ちゃんの言ってることは合ってると思うよ」
「え?」
「私は悩んでる理由、分かる気がするな」
どういうことだ。
そう聞き返すよりも先に、少女は二人の元へと向かった。
「二人ともー。いい時間になってきたし、この後で一階にあるクレーンゲームとコインゲームが遊べるらしいからそろそろ帰ろうって!」
「そうだね。これが最後に一本だ」
「了解でぃす」
ボールを持った阿久津が早乙女にパスをし、少女はパスを返す。
それが開始の合図となり、早乙女は腰を低く両手を広げてディフェンスへ。阿久津はドリブルを始めると、徐々にボールが弾む音の間隔が短くなっていく。
「!」
ボールを奪い取ろうと早乙女が腕を伸ばした瞬間、阿久津のドリブルに緩急がついた。
ギアを一段上げたような速さで右手から左手へ移動するボール。そのまま左から切り込む素振りを見せると、早乙女は素早く反応する……が、それはフェイントだった。
早乙女の身体が一歩後ろへと引いた瞬間、阿久津が右から一気にゴール下へ切り込む。しかし相手も元バスケ部だけあって、マークは完全には外れない。
それでも少女はディフェンスがいることも構わず、ワンツーとステップを踏んで腕を伸ばす。綺麗なフォームによって放たれたレイアップは、バックボードに当たるとリングに吸い込まれた。
「ナイッシュー♪」
「ありがとう。待たせてすまなかったね」
「流石はミナちゃん先輩! ブランクがあるとは思えないでぃす」
「よく言うよ。終始ボクを圧倒していたじゃないか」
「そんなことないでぃ……」
早乙女が俺に気付くなり、ムッと顔を顰める。それを不思議そうに見ていた阿久津だったが、少女の視線を見て納得したらしく溜息を吐いた。
「すまないね」
「あ、ああ」
それは『わざわざ迎えに来てくれて』という意味か。
はたまた『ボクの後輩が』という意味なのか。
すれ違いざまに囁かれた言葉の真意は不明のまま、俺達四人はエレベーターで降りると残りの面々と受付で合流。入場の際に付けられたバンドを切ってもらった後で、火水木がチケットらしき物を人数分受け取っていた。
「ん? 何だそれ?」
「一階にあるキャッチャーが一回遊べる無料券と、ゲームセンターのメダルが10枚分。スポッチで遊ぶとサービスで貰えるのよ」
「へー」
そういや、さっき夢野もそんなことを言ってたな。
再びエレベーターに乗り一階へ移動すると、チケットをハイテンションな店員に渡す。
「らっしゃせーっ! 左右どちらになさっすかー?」
遊べるクレーンゲームは指定されているらしく、案内されたのは小さなマスコットぬいぐるみの入ったもの。左には犬が入っており、右は猫が入っていた。
「右がいい人!」
火水木が票を取ると手を挙げたのは火水木、阿久津、早乙女、テツの四名。もっとも早乙女は阿久津が手を挙げるのを見てから反応したのは言うまでもない。
「じゃあ右4、左4で」
「かしこかしこまりましたかしこーっ!」
ぶっちゃけ俺としてはどちらでも良かったんだが、どうやら勝手に犬派にカウントされてしまったらしい。まあ人数も半々だし別にいいか。
最初の挑戦者は冬雪と火水木。冬雪が正面からボーっと眺めつつ適当にボタンを押す中、眼鏡を光らせた火水木は横から斜めから慎重に判断しつつ操作する。取り方一つ見るだけで熱意の違いは一目瞭然だ。
「……難しい」
「まあクレーンゲームなんて、そう簡単に取れ――――」
「キタッ!」
「…………は?」
「おんめでとーございやーすっ!」
ハイテンション店員が、五月蝿いくらいにガラガラと鐘を鳴らす。上手い具合にタグへアームを引っ掛けた火水木は、見事に猫のマスコットをゲットしてみせた。
「……マミ、上手」
「まあアタシにかかればざっとこんなもんよ」
ドヤ顔で大きな胸を張る少女。多分普段からグッズとか集めてるから上手いんだろうな。
しかしこんなちゃっちいストラップ、欲しがってる奴なんか…………。
「「…………」」
心なしか阿久津と夢野が、妙に物欲しそうな目で見ている。あれ……えっと……ひょっとして阿久津さんも夢野さんも、やる気満々だったりする感じですか?
「ぼ、僕も取れるかな?」
「うっし、オレも続くッス!」
二番手の葵とテツが挑戦するのをジーっと観察する阿久津。コイツのことだからアームが秒速何㎝とか、ボタンを離した後の制動距離とか計ってそうだ。
一方の夢野は火水木に取り方のレクチャーを受ける。あの手のタイプは『トライアングル』とか『けさ取り』より『タグ掛け』の方が良いとか専門用語バリバリだった。
「む、難しいね……」
「ぬわーっ!」
挑戦者の方は二人とも失敗。惜しくもなんともない空振りである。
続いてデータ収集の人柱になる三番手は俺と早乙女……だったのだが、ぶっちゃけこの手のクレーンゲームは取れたことがない。
「夢野、俺の分もやるか?」
「え? いいの?」
「ああ。こういうの苦手だからさ」
という訳で選手交代。三番手は夢野と早乙女の挑戦となった。
悩みに悩んでいる夢野をよそに、ミナちゃん先輩のためにとデコを光らせる後輩。早乙女のアームは正攻法で掴みにいったが、パワーが足りずマスコットは落ちてしまう。
「ムキーッ! この猫、落ちそうで落ちないでぃす!」
「落ち着けって早乙女っち。どうどう」
台パンしそうな少女を、暴れ馬を躾けるかの如くなだめるテツ。そんなやり取りをしている中で、早乙女同様に失敗した夢野が悔しそうな表情を浮かべる。
そしていよいよ最後のチャレンジャー、夢野と阿久津の挑戦が始まろうとしていた。
「…………やっぱり米倉君、やってくれない?」
「ん? いや、景品が欲しいなら火水木に頼んだ方が良いと思うぞ」
「アタシだって絶対取れる保証はないってば。それにネックだってゲーム上手いじゃない」
「俺が得意なのはテレビゲームとパズルで、こういうクレーンとかは専門外だっての」
「ううん。取れなくてもいいの。せっかくなら皆で楽しみたいなって」
「まあ、そういうことなら……」
「ネック先輩、男の見せどころッス!」
「いやだから期待すんなって」
葵にやるかと促してみるも、取れる自信がないためか手を横に振り拒否される。
何だかんだで結局俺がやることになってしまい、集中している阿久津の隣に立つと何も考えず適当にボタンを操作した。
「おー?」
「あー」
…………やっぱり、今回も駄目だったよ。
アニメの主人公ならここで取るんだろうが、まあ世の中そんなに上手くはいかないもの。隣では猫が取れなかった阿久津が溜息を吐いており、結局取れたのは火水木だけだった。
「はいツッキー、これあげる」
「いいのかい?」
「勿論。アタシが貰っても使い道ないし」
「それならお言葉に甘えるよ。ありがとう」
「良かったね、水無月さん」
メダルコーナーへ向かう途中、後ろからそんなやり取りが聞こえてきた。
それを見ていた葵は立ち止まると、意を決したように小さく頷く。
「櫻君、僕ちょっと行ってくるね」
「ん? 行くって……おい、葵?」
言うが早いか、クレーンゲームの方へ戻って行く葵。貯金箱に財布の中身を吸われなければいいが、とりあえず葵の分のメダルは俺が預かっておくとするか。