毎度おなじみ、放課後の陶芸部。
水が冷たい冬は陶芸をすることも少なく、部室に集まってはトランプなり雑談なり勉強をする毎日だが、今日の活動はそのいずれでもない。
「雪ー雪ーっ!」
「ありのーままのーっ♪」
窓の外で雪に喜び、眼鏡少女は盛大に踊り出す。仮に映画にするなら『馬鹿と雪の女王』ってとこだが、アイツ俺より頭良いんだよな。
草・格闘タイプで氷弱点の癖に、何でそんな元気なのか……きっと特性で『あついしぼう』があるに違いない。まあ流石にこれを口にしたら殺されるけど。
「……」
その傍らでは火水木の発言をユッキーと誤認識し、ちょくちょく反応している冬雪の姿。岩・氷タイプだけあって寒さには強く、雪を見て創作意欲が湧いたのか少女は何かを作り始めていた。勿論特性は『テクニシャン』だろう。
「ネックもツッキーも早く来なさいよーっ!」
「ほら、呼ばれてるぞ」
「キミは行かないのかい?」
「悪いが俺は雪アレルギーなんだ。触ったら死ぬ」
「それなら今すぐ雪を持ってこよう」
…………悪・毒タイプで氷等倍なコイツの特性は『どくのトゲ』だな。
実際には口だけで席を立つこともなく、阿久津は数学の問題集を淡々と解く。俺はその向かいでプリントへ赤シートをかざし、百人一首の上の句と下の句を確認中。二学期の期末は全体的に失敗したので、三学期で取り返す必要があった。
「キミはこたつで丸くなるより、喜んで庭を駆け回るタイプだと思ったけれどね」
「俺は犬でも猫でもないっての。ちなみにそれ、二番の歌詞な」
「一番はどんな歌詞なんだい?」
「桃はこたつで庭駆け回り、梅はお庭でとよのさと」
「どこの相撲取りかな?」
うん、やっぱそう反応するよな。
正しい歌詞は忘れたので適当に応えたが、姉貴が亀みたいにこたつを背負いながら庭を駆け回る姿を想像し不覚にも自爆してしまった。
「今度はいきなり噴き出して、気味が悪いね。何か悪い物でも食べたのかい? 幼い頃は雪を見たら、バクバクと片っ端から食べていたじゃないか」
「そのガキの頃に食べてた雪の方が、身体に悪い物だけどな」
そう考えると、子供ってのは実に純粋だ。大人になると本当は汚いとか余計な知識を身に着ける訳だが、そんなの言われなきゃ気付かないだろうに。
「ちょっと、聞こえてないのー?」
外から火水木が雪玉を片手に戻ってきた。そんな心配しなくてもお前のでかい声はガラス越しでも充分通ってるし、下手したら四階の音楽室にまで届いてるぞ。
「すまない。キリの良いところまで待ってくれないかい?」
「つーかお前、素手で雪持って寒くないのかよ?」
「平気平気! ケビンなんて半袖だったわよ?」
「マジでか」
「カナダの冬に比べたら、日本の冬は暖かいだろうからね」
「そんなことより雪よ雪! 勉強はいつでもできるけど、雪遊びは今だけ! 皆で雪合戦したり雪だるまとかカマクラ作ったりするわよ!」
雪一つにここまでウキウキって、どんだけ子供なんだよお前。
前が見えないくらいに眼鏡が曇っている火水木を眺めていると、阿久津は問題集を閉じるなり引き出しの中から取り出した軍手をはめて立ち上がる。
「まあ息抜き程度なら付き合うよ」
「おう。頑張ってこい」
「アンタも!」
「冷たっ!」
有無を言わさず手首を掴まれると、軍手も用意させてもらえないまま引っ張られて外へ強制連行された。
「ユッキー、雪合戦するわよ!」
「……(コクリ)」
一瞬ユッキー合戦と聞き間違えたのは内緒。冬雪だるまなら作れるかもな。
ボブカットに雪を乗せた少女が作業を中断し、チーム分けを始める。
「行くわよ? グーチョー分かれっこ! って、ユッキーもツッキーもどうしたのよ?」
「出すタイミングが分からなくてね」
「……チョキ?」
「分かれる際の掛け声の地域差って激しいよな」
俺はアキトがいるのでグーチョーは経験済みだったが、それでも最初は二人と同じ反応だった。グーパーと意見が分かれるけど、チョキパーってレアだよな。
「そういえばアタシのクラスにも何人かいたわね。ユッキーの所の掛け声は?」
「……グっとパーの分かれっこ」
「ツッキー達は?」
「「グーパーグーパーグゥーパァ!」」
「へ? も、もう一回言ってくんない?」
「グーパーグーパーグゥーパァだね」
「ああ、グーパーグーパーグゥーパァだな」
「ぶっ……あっはっはっは! 何それっ?」
阿久津と共に応えてみたが、火水木が声を上げて爆笑する。何となくそんな気はしていたが、やっぱ兄妹だけあって反応が全く同じだった。
もっとも隣では冬雪も小さく笑っているので、別に彼女を咎めるつもりはない。
「ど、どうしたんだい?」
「だってグーパー言い過ぎでしょそれ」
「うちのクラスの男子連中と同じ感想だな。覚えておけ阿久津。どうやら俺達黒谷民の掛け声は相当おかしいらしいぞ」
「そんなにおかしいのかい?」
「八頭身になったドラ○もんくらいにおかしい」
困惑した表情を浮かべる阿久津だが、その気持ちは物凄くわかる。別に郷土愛じゃないけど、親しんできたものが否定されるのは何か辛いよな。
結局グーチョーで何度か手を出し合った結果、チーム・ヨネオンVSチーム・ヅキズキとの対戦が決定。俺のパートナーは冬雪だが……大丈夫なんだろうか。
「ルールはどうするんだい?」
「簡単よ。顔面に当たったら死亡ね」
「死亡って子供かよ」
そもそも学生の雪合戦ってキャッキャウフフしながら楽しむもんだろ。チーム分けとかルールとか決める時点で、色々おかしいんじゃないか?
公式の競技ですら身体の一部に当たったらアウトにも拘わらず、顔面以外セーフという逆ドッヂボール状態で問答無用に試合が始まった。
「喰らいなさいっ!」
「……死んだ」
「冬雪ぃーっ?」
そして開幕早々、相棒がヘッドショットされた。
「ふっふっふ。これで残り一人ね」
「そういえば聞くのを忘れていたけれど、石を入れるのはどうなんだい?」
「何故このタイミングで聞いたっ?」
殺る気満々じゃないっすか阿久津さん。いやマジ勘弁して下さいよ。
当然禁止と応える火水木にホッとしつつ、教員用の駐車場方面へ逃走。このまま真っ向勝負をしても二人に勝てる訳がないので、車の陰に隠れつつ機をうかがう。
「アタシの眼力(インサイト)にかかれば、アンタの隠れ場所なんてスケスケよっ!」
…………そりゃ雪に足跡残ってるもんな。
雪玉を空へ投げた後で、正面にも投げつつ素早く移動。二方向からの攻撃に当たってくれれば儲けものだが、そんな上手い話はなく二人は軽々と避けた。
「どこへ行こうというんだい?」
「どこの大佐だよお前は」
最早雪合戦じゃなくて、一方的な狩りになっている気がしないでもない。チラリと冬雪を見ると、再び雪像制作に勤しんでるし……わざと死んだのかアイツ?
「潔く負けを認めなさい」
「まるで追い詰められたネズミだね」
そっちが悪役めいた台詞ばかり並べてくるなら、こっちも正義を気取ってやる。
再び雪玉を空へ投げた俺は、堂々と二人の正面に姿を現した。
「ようお前ら」
決め台詞の途中なのに、すかさず振りかぶる二人。スポーツ漫画とかあるあるだけど、やっぱ時でも止めない限りこういうのは無理っぽいな。
「窮鼠猫を「冷たっ? ちょっ! 背中入ったっ!」だぜ」
…………やられるなら大人しくやられろよ。
せっかくの決め台詞が火水木の断末魔にかき消される。RPGの勇者だって「トドメだ魔王! 必殺『ウボァァァ!』剣ーっ!」とかなったら嫌だろ。
「やられたね……」
頭の上に乗った雪を払いつつ、阿久津が小さく呟く。
少女達の投擲より早く二人の頭上に雪が落下した理由は、俺が雪玉を電線に当てることで積もっていた少量の雪を落としたから。実に完璧な作戦勝ちだ。
「見たか? 正義は勝つ! 俺の勝ウボェッ! ぺっぺっ! 何すんだよっ?」
「何かイラっときたからつい」
「奇遇だね。ボクもだよ」
「理不尽っ!」
そのまま二回戦が行われることはなく、平和な雪だるま作りへと移行する。ちなみに冬雪は雪像作りに夢中なので、雪だるまは俺達三人で作ることになった。
「とりあえずアタシとツッキーで身体作るから、ネックは首作りなさい」
「首って何だよっ?」
「あ……顔よ顔っ! 間違えたことくらい察しなさい」
首は首でも雪だるまに付けられる首なーんだ。答えはちく……おっと、誰か来たようだ。
小さく固めた雪玉を転がすと、少しずつサイズが大きくなっていく。しかしこうして阿久津と雪遊びをしていると、何だか昔を思い出してくるな。