「毎日毎日、よく飽きずにやってるよな」
日課の如くソーシャルゲーム『刀っ娘ラブ』に夢中な友人A、
「そう言われましても、拙者の生きがいですが何か」
「じゃあサービス終了したら死ぬのか」
「ちょまっ! ちゃんとヨンヨンは生き続けるお!」
スマホを操作したガラオタが見せてきたのは、彼の愛する銀髪少女が踊る動画。本家ではなく有志によって3Dモデリングされたキャラは、中々に完成度が高く可愛いと思う。
「どう見ても天使です。本当にありがとうございました」
「こ、こういうのって凄いけど、作るの大変そうだね」
「拙者も最近3Dの勉強がてら導入してみたものの、スカートが暴走するわ色々とめりこむわで、現状パンツ眺めるくらいしか扱えてない件」
「そ、そうなんだ……」
質問に対して反応しにくい返事をされた友人B、相変わらず男の娘っぽい
席替えしても三人で昼飯を食べる習慣は変わらない。以前は席位置の関係から前にアキトで横が葵だったのが、今は前に葵で横がアキトになっただけだ。
「「……」」
変化らしい変化としては傍に二人の無口女子グループがいるくらいだが、これといって関わることもない。まあパンツ発言してる会話に入られても困るけどな。
他の男子連中は栄養補給を終えるなり、外で盛大にギャーギャー騒ぎながら雪合戦の真っ最中。そんないかにもな男子高校生を、葵がボーっと眺めていた。
「何なら混ざりに行ったらどうだ?」
「ぼ、僕、寒いの苦手だから」
確かに葵は寒がりで、学ランの下に着ている大きめのセーターで掌を半分隠している。本人にそんな意図はないんだろうが、着方一つでも女々しいんだよな。
「な、何て言うか、皆元気で男っぽいなあって思って」
「男っぽいっつーよりか馬鹿っぽいけどな」
「あれはどちらかというと、男女云々以前に体育会系のノリな希ガス」
確かに窓の外で暴れ回ってる奴らは、ほとんどが体育祭のリレーに出たメンバーか。
そんな中で帰宅部の男、渡辺(わたなべ)は窓際で高みの見物……という訳でもなく、本当はアキトが椅子を借りてるため席に戻れないだけだったりする。
「俺達は別に運動部でもないし、そもそも遊びたい奴が遊べばいいんだよ」
「しかし相生氏は元運動部な件」
「ん? そうだったっけか?」
「う、うん。僕、元卓球部だから」
「あー」
言われてみれば、ずっと前にそんな話を聞いた気がしないでもない。入学して早々の社交辞令みたいな感じだったから、すっかり記憶から消えていた。
「そ、そういえば、アキト君って中学は何部だったの?」
「拙者は科学部だお」
「科学とオタクって響きが似てるよな」
「突っ込んだら負けだと思ってる」
「さ、櫻君は?」
「俺は帰宅部だ」
「略してオタク部ですな。ブーメラン乙」
…………殴りたい、このドヤ顔。
俺達の話していた内容を聞いてか、傍にいた無口女子Aこと
「……ルーは、中学も美術部?」
「ゅ」
「……私は帰宅部。入りたい部活が無かった」
少なくとも俺には、向かいに座る女子の口から「ゅ」の一文字しか聞こえなかったが、冬雪の奴は読唇術かテレパシーでも使っているんだろうか。
授業でも一部の先生が指名するのを躊躇い始めた編み込みの少女、
「!」
おまけに男性恐怖症なのかと言わんばかりの怯えっぷり。軽く目があっただけでビクつかれると、こっちも結構凹むんだけどな。
冬雪経由で仲良くなるなんて都合のいい話もなく、俺は席を立ち上がる。
「ちょっと飲み物買ってくるわ」
「あ、僕も」
「二人だけでは心もとなかろう。厠までなら拙者も付き合おうではないか」
僕の分も……なんて頼みはせずに、一緒に来る辺りが葵らしい。要するにトイレに行くだけの癖に、ゲームでありそうな台詞を言う辺りがアキトらしい。
厠という言葉に聴覚的なサブリミナル効果があったのかは不明だが、気付けば三人でトイレへ向かう。尚お決まりの如く、アキトは葵に女子トイレを奨めていた。
「あ、あのさ、二人に相談したいことがあるんだけど……」
「ん?」
「おk」
「そ、その、夢野さんのことで……どうすれば進展できるかなって……」
用を足し終え、手を洗っているところで葵の口から思わぬ名前が出る。思わず驚きアキトを見るが、ガラオタは眉一つ動かさずに応えた。
「どしたん米倉氏?」
「え……いや、アキトも知ってたのか?」
「そりゃズッ友ですしおすし。というかそういう話なら、名前を呼んではいけないあの人にコードネームでも作った方が良さそうだお」
どこのヴォル○モートだよ。
よく葵もこんな奴に話したなと思いつつ、適当な呼称を考えてみる。
「た、例えば?」
「夢だしドリームとか……蕾って英語で何て言うんだ?」
「バッドですな。蕾的な意味でも悪い意味でも。英語とか単純過ぎな件」
「うーん……じ、じゃあ蕾って花の前だから、ハとナの前でノトとかどう?」
「能登って言ったら、隣の担任と勘違いされるぞ?」
これがロリ教師とかならまだ良かったが、そんな教師がいる訳もない。
トイレを出た後で昇降口横にある自動販売機に向かうと、俺は迷わず桜桃ジュースを購入しつつ提案した。
「それならハロウィンでコスプレしてたし、何か小悪魔的な名前はどうだ? デビルとか」
「ひ、響きがちょっと……悪魔って言うと、サタンも悪魔だよね?」
「インプもだな」
「サたん萌えー……って米倉氏、今インポって言った?」
「制裁っ!」
「ちょまっ?」
ヨーグルト系飲料を買おうとしたアキトの横から、桜桃ジュースのボタンを押してやった。嫌なら俺が貰うつもりだったが、まあいいやと納得した様子である。
「デビルもサタンもインプも、小悪魔的な意味にはならない件。ここは夢の悪魔と書いて、夢魔なんてピッタリなのでは?」
「それエロいやつだろ? サキュバス的な」
「現にあのコスプレはエロかったですしおすし。夢の悪魔が駄目なら逆に悪魔の夢と書いて悪夢、ナイトメアなんてのも恰好良いお」
「厨二臭いから却下」
葵がカフェオレを買っても教室には戻らず、自販機の前で飲みながら話し合う。
メアリーだの、こぁだの、セイレーンだの、様々な候補が上がるが中々に決まらない。仕舞いには悪魔から堕天使に変わり、アザゼルなんてあざとそうな名前まで出てきた。
「それにしてもこの米倉氏、却下し過ぎである」
「お前もだろっ!」
「も、もう適当な悪魔の名前でいいんじゃないかな?」
「さいですか。じゃあフンババで」
「「却下」」
「冗談ですしおすし。響き的には、リリス辺りが無難と思われ」
それもサキュバスの一種だろと突っ込みそうになったが、まあ所詮は呼び方なので否定はしない。葵も納得した様子で、ようやく話が先へと進んだ。
「とりま、相生氏の現状報告キボンヌ」
「えっ? う、うん。えっと、部活では話すようになってきたんだけど、ただの友達としてしか見られてない感じ……なのかな?」
「遭遇イベでの好感度上げが充分なら、次はお出掛けイベを発生させるべきだお」
「お、お出掛けって、僕とゆ……リリスさんの二人で?」
「それはハードル高過ぎな件。天海氏という便利キャラもいることですし、パーティーをやった時のノリでどこぞに遊びに行く感じですな」
ギャルゲーで培ったと思われる知識を語るアキト。まるでどこぞの落とし神だな。
「天海氏の性格を考えれば動くのは入試休み。拙者の方も情報を入手したら早目に報告するので、それまでは今まで同様に好感度上げでヨロ」
「そ、そのこともなんだけど……話すって、どんな話すればいいのかな?」
「基本的には聞くスタンスでおkだお。話題的にはリリスはバイトなり、ボランティアしてるのでその辺りから責めてみて――――」
妙に的確なガラオタのアドバイスを、真摯に聞いて頷く葵。気付けば助言する側だった筈の俺まで、聞き手の立場になっていた。
「――――とまあ、拙者からこんなものですが米倉氏的には?」
「ん? あ、ああ……そうだな。今日は雪だから、ゆ……リリスも自転車じゃなくて徒歩だろ? 一緒に帰ったりしたらどうだ?」
「ナイスアイデアキタコレ」
「う、うん。そうしてみるね。二人とも、ありがとう!」
…………葵がアキトに相談したのは正解だったな。
ガラオタの眼鏡が光る一方で大した助言もできなかった俺は。友人二人の背中を追うようにして教室へと戻るのだった。