「ふう……四人だと結構しんどいな」
「来年に後輩が入ってくれれば楽になるけれどね」
「……勧誘、頑張る」
「あーあー。クリスマスなんだし、雪でも降れば良かったのに」
「雲量1、今日は快晴だよ」
俺がクソ重い電動ろくろを運び、阿久津と火水木が机を移動。その間に冬雪が棚を掃除しておき、一通り動かし終えたら床へ水撒き&デッキブラシとモップ掛け。
陶芸室に集合するなり大掃除の工程をさらりと伊東先生から説明されたが、実際にやってみると明日が筋肉痛になること間違いなしの肉体労働だったりする。
「ふんっ…………と。まだ半分も残ってるのかよ……」
「ちょっとネック。そこだと邪魔だから、休憩なら隅っこでして頂戴」
「へいへい。わかりました」
「ふむ。一番大きなゴミも片付いたことだし、だいぶ掃除が楽になったね」
「俺ゴミ扱いっ?」
「冗談だよ、半分はね」
「半分かよっ!」
久々の阿久津による罵声だが、冗談めかした雰囲気に以前ほどの破壊力はない。
腕が疲れたので一休みしつつ、目の前にある掃除用ロッカーを眺める。この中に異性と二人で押し込められる展開とか、どう足掻いても起こりはしなそうだ。
チラリと冬雪を見てみたら、椀の中に溜まっていた粉を飛ばそうと息を吹きかけた結果、全て自分の顔面に跳ね返り咳込んでいた。無口だけじゃなくドジっ娘属性まで付けたか?
「あーあー。掃除なんかするなら、やっぱりバンドしたいわね」
「まだ言ってんのかお前は」
「ツッキーって、何か楽器できないの?」
「一応幼い頃にピアノを習っていたよ」
「じゃあユメノンと二人でキーボードね。ユッキーは?」
「……鍵盤ハーモニカ」
「キーボードばっかじゃないっ! …………ネックは?」
「聞いて驚け。ソプラノリコーダーだっ!」
「そんなドヤ顔して言う楽器じゃないでしょうがっ!」
火水木の
スッキリした部室へ交代制で放水を担当し、三人で床にこびり付いた粘土をデッキブラシで擦って落としていると、あっという間に時間は昼過ぎとなっていた。
「お疲れ様です皆さん。ここらでお昼休憩にしてはどうでしょうかねえ」
丁度小腹が空いてきたタイミングで、コンビニの袋を抱えた伊東先生がやってくる。
移動させた机の一つに袋を置くと、その中から四つのボリュームある弁当とペットボトルのお茶。その他にもパンやおにぎりといった単品やデザートまでもが並べられた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。大掃除もまた青春ですから……おや? お箸が一膳足りませんねえ」
「だってネック」
「何で俺に言うんだよっ?」
「店員さんが入れ忘れてしまったようですねえ。少し待っていてください」
一旦準備室へ戻った伊東先生は、一分も経たずに戻ってくる。その手にはプラスチックスプーンと、一膳どころか十膳はありそうな量の割り箸を持っていた。
「ちょっ? イトセン、多過ぎでしょっ?」
「こういう時は誰かしらお箸を落とすのが定番ですからねえ」
「だとよ火水木」
「何でアタシに言うのよっ?」
「それでは先生はゴミ捨てに行って参りますので、皆さんはゆっくりしていてください」
中にぎっしりゴミが詰まった袋を結んだ伊東先生は、よっこいしょと肩に担ぎあげる。
「……サンタクロースみたい」
「いいえ。サンタコロースです」
狐みたいに細い目が、一瞬カッと開いたように見えたのは気のせいだと思いたい。
短調にアレンジした切ない雰囲気のクリスマスソングを、器用に鼻歌で口ずさみながら去って行く陶芸部顧問。その哀愁漂う背中を眺めた後で、ありがたく弁当をいただくことにする。
「……」
「どうしたんだい音穏?」
「……閃いた」
食べている途中で手を止め、ボーっと割り箸を眺めていた冬雪。一体何を思いついたのか立ち上がるなり、引き出しの中から輪ゴムとハサミを持ってきた。
「ああ、成程ね」
阿久津が納得する中で、匠は三膳の割り箸を六本に割る。そして慣れた手つきでハサミを使い切れ込みを入れると一本を半分に折り、別の一本は四分の一サイズに折った。
残った長い割り箸四本のうち三本を、真ん中一本だけが飛び出している形で輪ゴムを巻きつけて固定。その辺りで彼女が何を作ろうとしているのか、俺もようやく理解する。
「うわ、懐かしいな」
その棒へ半分に折った二本の割り箸を垂直に取り付け、先端をVの字に結べばグリップが。更に引き金である四分の一サイズの物を付けたら、あっという間に割り箸鉄砲の完成だ。
「……いる?」
「ユッキー、貸して貸して!」
冬雪本人は作った時点で満足らしく、火水木に渡すなり昼食を再開。玩具を受け取った火水木は何か的はないかと辺りを見回し、スポンジを手に取ると別の机に立てる。
「目標をセンターに入れてスイッチ!」
「外してるじゃねーか」
「あれ? おかしいわね……」
目標の斜め上に狙いがずれている中で、火水木は輪ゴムを再装填。二発、三発と立て続けに外し、四発目にしてようやくスポンジを倒すことに成功した。
「どうよっ?」
「下手だな。ちょっと貸してみろ」
「言ってくれるわね。それなら一発で決めて貰おうじゃない」
「任せておけ。こう見えても俺は『ごんぎつね』の学芸会で、ごんを打ち抜いた男だ」
「別に関係ないでしょうが!」
「確か配役の関係上ごんに何匹もの兄妹がいる設定になったせいで、ラストシーンは兵十役のキミが銃を乱射していた覚えがあるね」
「何それ怖いっ!」
「そりゃもうガンガン撃ったな。逃げ回るゴンさんをバキュンバキュンと」
「アンタそれ『ボ』って蹴られるわよ?」
火水木から割り箸鉄砲を受け取ると、▽形のグリップに指を入れクルクル回す。無駄に恰好つけた後で銃を構えると、片目を瞑り少女が立てたスポンジへ照準を定めた。
ゆっくり息を吐き集中する。
『――――あっ! 惜しい――――』
「!」
引き金を引いた瞬間、以前にもどこかで聞いたことのある声が脳内に響いた。
飛んでいった輪ゴムは外れることもなく、見事スポンジに命中しパタリと倒れる。
「相変わらずキミは、この手の無駄な特技が得意みたいだね」
「何か納得いかないわね……ユッキー、アタシに一番良い銃を頼むわっ!」
「……じゃあマシンガン作る」
「遊ぶのは構わないけれど、外した輪ゴムの片付けは忘れずに頼むよ」
冬雪が再び工作を始め、阿久津は溜息を吐いていた。
俺は手にしていた割り箸鉄砲を置くと、ペットボトルのお茶に口をつけつつ考える。
「………………」
「どうかしたのかい?」
「ん? いや、何でもない」
思い出せそうで思い出せない記憶。
喉の辺りまで出かかっていたそれは、幼馴染に声を掛けられ消えていく。昼食を終え大掃除が片付いた頃には、再び記憶の彼方へと忘れ去られているのだった。