「櫻」
「ん?」
血液型本やカードゲーム、そして他愛のない雑談で日が傾き始めるまでダラダラと過ごした後、帰ろうかとなったところで阿久津に呼び止められた。
「キミに渡しておく物がある」
ちょっとドキッとさせられる一言と共に、棒付き飴を咥えた少女が鞄から取り出したのは綺麗に包装された薄っぺらな箱。それが何を意味しているのかはすぐに察したが、俺は少し驚きつつ応える。
「あ、ああ。了解だ」
「……ミナ、それ何?」
「プレゼントだよ。明日が誕生日の後輩にね」
「何? ネックってば、天皇陛下と同じ誕生日だったの?」
「話聞いてたか? 後輩だって言ってるだろ」
「天皇陛下が?」
「どういう発想してんだお前はっ! 怒られるぞっ?」
阿久津から箱を受け取ると、中身がほとんど空気な鞄の中へ。戸締りの確認をしていたせいで話半分だった火水木が合流した後で、電気を消し陶芸室を後にする。
「確かに同じ日だけれど、渡す相手は梅君だよ」
「梅? 誰それ?」
「俺の妹だ」
「嘘っ? ネック妹いたのっ? お姉さんだけじゃなくてっ?」
アキトが顔を合わせているものの、火水木は知らなかったらしい。そんなに驚くことでもないと思うが、俺も同じような反応をコイツの兄貴にした覚えはあるからお互い様か。
「あれ? 天海君は桃ちゃんのことを知っているのかい?」
「あー、うん。前に映画館で偶然会ったのよ」
「……ヨネにお姉さん、初耳」
「そういや言ってなかったかもな。でも俺だって冬雪の家族構成とか知らないぞ?」
「……小学生の弟が一人」
「ほー、小学生ね。やっぱり冬雪に似て、おとなしいのか?」
「……(コクリ)」
ネオンの弟とくれば、やっぱりアルゴンとかそういう化学っぽい名前なんだろうか。例えば有言と書いてアルゴン……漢字的には中々に良いが、感じ的にはいまいちな気がする。
たまに用事で部活に顔を出さない日は、ひょっとしたら弟と一緒に過ごしているのかもしれない。冬雪の私生活と言われるとあまりイメージできず、色々と興味が湧いてきた。
「いいなー。アタシも弟とか妹とか兄妹が欲しいーっ!」
対して火水木の私生活は、何も言わずとも察するレベルだ。
どうやら成績優秀な兄貴の存在はノーカンらしい。まあガラオタも前に似たようなことを言ってたし、やはり双子だけあって同じ思考なんだろう。
「それじゃあ、宜しく頼むよ」
「わざわざサンキューな」
「……お疲れ」
「明後日の具材とプレゼント、ちゃんとビックリするような物を用意しておきなさいよ」
「もやし二袋は?」
「却下に決まってんでしょうがっ!」
中々に良いと思うけどな。プレゼントにもやしとか、絶対ビックリするじゃん。
電車通学の女子三人と別れて駐輪場へ向かう。すっかり季節も冬になってきたため、夕日が射していても手袋や上着無しじゃ自転車通学は辛い時期だ。
『ヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴ』
沈みゆく太陽を眺めながらのんびり漕いでいる途中で、ポケットの中の携帯が震える。
一時停止してガラケーを手に取ると、画面には先程話題に上がったばかりである『
「もしもし?」
『もし~ん。お兄ちゃん、今どこ~?』
「アメリカの大都市、ヒューストンだ」
『お母さん、アフリカだって~』
「おい待てっ!」
頼むから親にギャグを報告しないでほしい。しかもわざとなのか電波が悪かったのか知らんが、たった一文字間違えたせいで大都市から大草原不可避じゃねーか。
『サバンナでもジパングでもいいから、帰りに洗剤買ってきてってさ~。あっ、食器用なら何でもいいって!』
「ん? 今何でもいいって言ったよな?」
『言ったよ? じゃ~宜しくね~。梅梅~』
華麗にスルーされ通話を切られてしまった。まあ梅が俺にちょっかいを出してくるのは姉貴がいない時の話であって、仲良し姉妹が揃っていれば兄の立場なんてこんなもんか。
友人の思わぬ告白を聞いてから一ヶ月半。別に関わるのを避けたつもりはなかったが、金欠だったことも相俟ってコンビニへ寄るのも随分と久し振りだ。
下り坂を超え横断歩道を渡り、駐車場を抜けて建物前に自転車を止める。ガラス窓越しに店内を覗きこむと、そこには見知った同級生の姿があった。
「いらっしゃいませ……あっ!」
自動ドアが開いた後で、透き通るような声で挨拶する店員。
そんな夢野に手で応えつつ、適当に安い食器用洗剤を手に取るとレジへ向かった。