もしも時間が戻ったら……そんなことを誰もが一度は考えると思う。
未来の自分へ手紙を書くなんて企画は割とある話だが、過去の自分へ手紙を送ることはできない。普通は+があれば-もある筈なのに、時間という概念は不可逆の一方通行だ。
未来人が会いに来ないのも、タイムマシンの実現は不可能という証明。戻った時点で別の世界線が生まれるなんて理論もあるが、それでは顧客が本当に必要だった物とは違う。
しかし仮に未来から今の自分へ、今から過去の自分へメッセージを届けられるなら、一体何を伝えるだろうか。
『ぐぅ~ぎゅるるる~』
とりあえず俺は一週間前の
学期末の午前授業を終えた昼過ぎ、いつも通りの陶芸部にて雑談をしながらの大富豪中。あまりにも大きな腹の虫の鳴き声は、馴染みの面々にも聞こえてしまったらしい。
「……凄い音」
眠そうな眼をこちらに向け、芯の無い声で正論を呟いたボブカットの少女は
「昼食を抜いていれば、当然だろうね」
呆れた様子で長い黒髪をかき上げ、税込30円の棒付き飴を咥えつつ正論を述べる凛とした少女は
「買うのが嫌なら、無理して残らないで帰ったら? 家で食べればいいじゃない」
指で眼鏡を押さえながら、不思議そうな顔をして正論を尋ねた二つ結びの少女は
「こんな速い時間に帰ったら、支給された昼飯代が没収されるだろ」
「何でそんなに金欠なのよ?」
「いいか火水木? 米倉家の携帯料金は自腹で、小遣いからやりくりする必要がある。そして先週のテスト前にアキトへ質問しまくった結果、今月の請求がリミットブレイク!」
「あー、そういえば兄貴がボヤいてたわね。今時画像付きメールとかプギャーって」
「要するに自業自得じゃないか」
「それを言われたらぐうの音も出ないな」
『ぐぅ~』
「……出てる」
「スマン。ちょっとはみ出たわ」
「いくら何でも鳴りすぎじゃない? どんだけよそれ」
「んー、カバオ君を食べるレベル?」
「何でそっちっ? パンを食べなさいよっ!」
「元が0なら元気百倍でも0だけれどね。ん……これで先にあがらせてもらうよ」
「あ」
くだらない会話をしていたら、富豪だった阿久津に一抜けされてしまった。空腹じゃなければ負けはしないのに、俺の脳が働いたら負けだとニート化し始めている。
「あっ! アタシもあがりっと!」
「なぬっ?」
更には貧民だった火水木が続く。しかし俺の残りカードはハートのエース一枚のみ。いくら何でも大貧民だった冬雪にまで負けはしないだろう。
「……(パシッ)」 ←9の二枚出し
「パス」
「……(パシッ)」 ←6の二枚出し
「パスゥ」
「……(パシッ)」 ←5の二枚出し
「パズゥゥーッ!」
「……あがり」
「シィタァーッ!」
「大貧民おめでとう。今の君にピッタリな役職じゃないか」
「ちくしょーちくしょーっ! お年玉……お年玉さえ手に入ればーっ!」
「どこの人造人間よアンタは」
ルールに従いトランプをシャッフル&配り直す雑務を行う。米倉家ルールなら大貧民は正座しなければならないが、陶芸部ではそんなペナルティもなく平和な世界だ。
「そうそう。そういえばクリスマスと大晦日って集まれそう?」
「……クリスマスは大丈夫。大晦日は駄目」
「ボクも受験を控えている後輩と、初詣に行く約束があるね」
「俺は――」
「やっぱ年末は無理よねー」
「俺はっ?」
まあ尋ねられたところで二人と同じ。大晦日は大掃除をした後に家でダラダラとテレビを見てから、年越しに合わせて近場の神社へ家族で初詣に行くのが恒例である。
「とりあえずクリスマスパーティーができればそれでいっか。じゃあ各自プレゼントと具材を一つずつ用意しておいてね。プレゼントは1000円までってことで!」
「ちょっと待て」
「何よリアル大貧民」
「その呼び方に対する文句は置いておくとして、具材って何の具材だよ?」
「冬のパーティーでやることって言ったら、闇鍋に決まってるでしょ! アタシ、一度でいいからやってみたかったのよね」
火水木の答えを聞くなり、阿久津がやれやれと溜息を吐いた。冬雪はといえば鍋と聞いて器の方に創作意欲が湧いたのか、何やら形作るようなジェスチャーを取る。
「あ、この中でアレルギーとかある人?」
「……ない」
「ないよ」
「ないな……って、誰がリアル大貧民だ!」
「置いてたの拾ってきたっ? とりあえず具材のルールは生きてないもの、溶けないもの、生で食べても大丈夫なもの…………うん、そんな感じで! ユッキー、カード頂戴」
「……どうぞ」
トランプを配り終え、富豪と貧民が一枚のカード交換。そして俺の手札はといえば、こんな時に限ってジョーカーと2の最強タッグが舞い降りていた。
「無事に終わるといいけれどね。櫻、カードを貰おうか」
「ほらよ大富豪様」
「その態度、大貧民の癖に生意気ね」
「……もっとひれ伏すべき」
「いや冬雪さん、貧民ですからねっ? 俺と大差ないよっ?」
「中々に良い物をくれたじゃないか。お返しはこれでいいかい?」
大人しく最強タッグを差し出すと、阿久津から不要カードが渡される。
最初は大貧民からスタートだが、受け取った二枚のトランプを見た俺は不敵に笑った。
「ふっふっふ」
「その笑い……まさかネックっ?」
「そう、革命じゃーっ!」 ←5の四枚出し
「返すよ」 ←ジョーカー&4の四枚出し
「ムスカァーッ!」
断末魔と共に、第二次空腹大戦の開戦を告げる音が腹から鳴り響く。プレゼントに具材と更なる出費がかさみそうだが、そういう企画への投資なら悪くないかもな。