一学期は五分前登校やチャイムギリギリが定番だった俺の通学も、二学期になってからは十五分前……日によっては二十分前に登校する日もあるレベルになってしまった。
それもこれも姉貴がいなくなった上に自分達の世代が始まり、朝練へ付き合わせるかの如く(正しくは朝食に付き合わされる)律儀に起こしに来る梅のせいである。
しかしそんな妹に今日、俺は初めて感謝した。
「ん?」
下駄箱を開けて靴を入れた後、上履きに乗っている封筒に気付く。
てっきり店長かと思ったが、クラリ君の一件以来はこれといった注文をしていない。新商品入荷のチラシでも入れてきたのかなと、何の心構えもせずに封筒を開けた。
『明日の体育祭で閉会式が終わった後、スタンド裏の広場にある桜の木の下で待ってます』
「…………………………………………」
第一に取った行動は、手紙から顔を上げ周囲を見渡す。
登校時間が早いこともあって誰もいないのを確認した後、昇降口傍にある自販機の裏へ隠れるように移動。見間違いじゃないかと、再び手紙の文面を読み直した。
女の子特有の丸文字でもなければポップな感じでもなく、水色のボールペンでとても丁寧に書かれた簡素な一文。どう考えても、果たし状には思えない。
(ラブレター…………だよなこれ?)
期待が胸に満ち溢れ、自然と鼓動が高鳴っていく。
下駄箱を入れ間違えた可能性も考えたが、こんな大事な物でそんなミスは流石にないだろう。待っている場所が桜の木の下というのもミソ。自分の名前が櫻で本当に良かった。
問題は、一体誰がこれを出したのか。
気持ちを落ち着けつつ、可能性を考えてみる。
◎本命……夢野蕾
○対抗……阿久津水無月
▲単穴……冬雪音穏
△複穴……火水木天海
論外……如月閏
競馬風に予想してみたものの、阿久津が対抗っていうのは違和感しかない。寧ろこうして手紙という形となると、冬雪の方がワンチャンあるだろうか。
考えれば考える程、落ち着くどころか盛り上がっていく。とりあえず手紙を鞄に入れると、まだクラスメイトの少ないC―3の教室へ足を踏み入れた。
「おいっす米倉氏」
「よう」
この手紙がガラオタによる悪戯の可能性……というのは確実にないだろう。コイツはそんな子供染みた真似をして喜ぶような奴じゃない。
いつも通り着席しているアキトの後ろ……ではなく、教室の一番端へ。その周囲には普段は俺より遅い筈の冬雪と葵、そして如月までもが今日に限って早く着席していた。
「……おはよ」
「おはよう櫻君」
「おう」
挨拶を交わして自分の席へ。既に登校しているとなると、手紙の主が葵という可能性も……いやいや、いくら見た目が男の娘でも火水木が大好きなホモォ展開はないだろう。
こうなると残りの候補である三人が、今学校にいるのか気になってくる。
(ちょっと待てよ……もしかしたら昨日、俺が靴に履き替えて部室へ移動した後に入れられたかもしれないな。だとしたら、今ここにいないクラスメイトの可能性も――――)
『おはよー』
「っ!」
挙動不審な女子がいないか調べる自分が一番挙動不審だと気付くことなく、いつもと違い妙に周囲が気になる一日が始まるのだった。
★★★
「……今日は用事があるから休む」
「そっか。じゃあそう伝えておくわ」
「……助かる」
「じゃあ、また明日な」
「……お疲れ」
まだ一日だけの話だが、席位置が近くなり冬雪と話す機会は少し増えた気がする。
授業中や休み時間も時折見ていたが、少女はこれといって変わりない様子。ならば差出人はやはり他のメンバーかと、若干早足になりつつ陶芸室へ向かった。
「おや、おはようございます米倉クン」
「こんにちは」
部屋の中にいたのは白衣を着た顧問一人だけ。それもこう言っては失礼だが珍しく仕事をしており、削り等で失敗した粘土の再利用するための機械を動かしていた。
とりあえずいつもの定位置に腰を下ろす。ハロウィンの際に阿久津が持ってきた棒付き飴をポケットから取り出し、他の面々が来るのをのんびり待つことにした。
―― 三十分後 ――
「珍しく今日は、誰も来ませんねえ」
「………………そうですね」
作業を終えた伊東先生が、大きく伸びをしながら口を開く。ただ待っているのも恥ずかしいから勉強していたというのに、こういう日に限って誰も来ないのは何故なのか。
主に駄弁るばかりの火水木は休む日も割と多い。しかし例え陶芸をせずとも推理小説を読んでいる阿久津が、陶芸部へ顔を出さない日というのは中々に珍しい。
体育祭を控えているからか、はたまた別の理由なのか。
いずれにせよこのまま待っていたところで、今日はきっと誰も来ないだろう。
「じゃあ俺も明日に備えて帰ります」
「はい。お互い頑張りましょう」
お互いって言われても、伊東先生が一体何を頑張るというのか。
これといって深入りもせず、陶芸室を後にした俺はのんびりと帰路へ着く。盛大に始まると思った一日は、これといった変化もせず普通に終わるのだった。