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三日目(水) ハロウィンパーティーが大成功だった件

「やっとゴールか……」

「結局トップは夢野君だったね。次いで音穏、それからボクと相生君かな」

「……珍獣パワー凄い」

「はあ、約束手形だけでも返せて良かったわ。借金まみれの人生とかまっぴら御免よ」

「でも面白かったね。気付けば結構いい時間になっちゃったし」


 夢野の言う通り、窓の外ではオレンジ色をした夕日が沈み始めていた。

 充分に楽しんだ人生ゲームを片付けていると、ガラリとドアが開き伊東先生が現れる。


「トリックオア陶芸。中々に盛り上がっていますねえ」

「あ! お、お邪魔してます」

「どうもどうも。皆さん若いだけあって、とても良く似合っていますよ」

「イトセンもコスプレする?」

「先生、既にコスプレ済です。マッドサイエンティストですよ」

「……いつもと同じ白衣」

「まあそう言わないでください冬雪クン。ここでコスプレせずとも先生、近いうちに仕事で強制的にやらされますから」


 コスプレさせられる仕事って、この人は教師以外に売り子でもしてるんだろうか。

 各々が頭の上に?を浮かべる中、伊東先生は細い目で人生ゲームをまじまじと眺める。


「対象年齢は9歳以上ですか。先生、22歳以下とか書かれてなくて安心しました。大人になると夢を追えなくはなりますが、夢を見られなくなったら終わりですからねえ」

「でも先生って公務員だし、勝ち組ですよね?」

「確かに世間一般論では米倉君の言う通りかもしれません。しかし大切なのは人生を楽しんでいるかどうかだと先生は思います。一流企業に勤めるサラリーマンも、コンビニバイトの売れない音楽家も、毎日が面白ければ良いじゃないですか」


 俺達の誰もが、思わず感心していた。

 普段は子供みたいなことばかりしている伊東先生だが、やはりこの人も立派な大人だ。


「流石はイトセンっ! それでこそアタシが見込んだ教師よっ!」

「あんまり調子に乗ってはいけませんよ火水木クン。そういう上から発言は生徒を指導する教師という立場上、流石に見過ごせませんからねえ。先生のいない所でお願いします」

「はーい」

「い、いない所でならいいっていうのは、何か違う気がするんですけど……」

「そんなことはありませんよ相生クン。陰口や噂話なんて誰もがするものです」

「えっ? な、何で僕の名前を……?」

「火水木クンから聞いていますし、文化祭における女装コンテストの写真は先生も拝見していますからねえ。職員室でも評判でしたよ」


 メイド服を身に着けた青年は、肩を落とすと深々と溜息を吐く。確かにこういう情報は、本人のいないところで話した方が良さそうだ。


「何にせよハロウィンは大成功ねっ! この調子でガンガン次も企画していくわよっ!」

「ひ、火水木さん。企画って……?」

「よくぞ聞いてくれましたっ!」


 火水木は眼鏡を光らせ黒板の前に立つと、チョークを手に取り箇条書きしていく。


・クリスマス

・初詣

・スケート

・花見

・旅行

・海

・七夕

・夏祭り

・バンド


「とりあえずパッと思いついたので、こんな感じかしら?」

「……無理」

「即答しないでよユッキーっ!」


 恐らくはスケートや海、バンドという単語を見ての判断だろう。しかしこうして定番のイベントを並べられると、ものの見事に家族と一緒orスルーしてきたな俺。


「人生で一度きりの高校生活、こういう青春してみたいと思わないっ? 勉強して部活してテストするだけの三年間とか、つまんないじゃないっ!」

「バンドがしたいなら、軽音楽部を掛け持ちすれば済む話じゃないか」

「わかってない! ツッキーもユメノンと一緒で、青春を全然わかってないわ!」


 伊東先生の青春病が、土日を共に過ごしたことで火水木に移ったのだろうか。

 そんな風にさえ思える程に熱く語る少女は、チョークで葵から順番に指し示していった。


「男の娘!」

「えっ?」

「無口系!」

「……私?」

「ボクっ娘!」

「否定はしないよ」

「そしてこの緩々な部活! あの理解ある顧問! アタシはこの個性溢れるメンバーでこそ、バンドがやりたいのよっ!」

「そう言われると先生、照れちゃいますねえ」


 少し目を離していた隙に、伊東先生はとんがっているコーン的なお菓子を両手の指に嵌めていた。理解あるっていうより、単に大人げないだけな気もする。

 そして火水木さんに尋ねたい。夢野には既に話してたみたいだから暗黙の了解だとして、今挙げたメンバーの中に一名入ってないんですが……と。もしかして俺、いらない子?


「そんなに熱く語られても、バンドをするには楽器と環境と経験が必要だろう? 軽音楽部でもない高校生に、それらを求めるのは難しいと思うけれどね」

「うーん、じゃあバンドは諦めよっかな」


 阿久津の至極真っ当な正論に折れる火水木。流石の店長と言えど楽器まではカバーしてないだろうし、俺達だってバンドがしたいなら陶芸部や音楽部に入部はしない。


「でも学園って響きに期待して入学したのに、屋代って大きい以外は割と普通の高校よね。髪色は仕方ないにしても、変な語尾で喋る子とか誰もが知ってるアイドルとかいないし」

「変な語尾なら、それこそパソコン部とかにいるんじゃないか?」

「あんな濃すぎる連中はノーカンよ! 部室内で馬ヘッド被ってメリケン付けるような男となんて、一緒に青春を楽しめる訳ないでしょっ?」

「えぇっ?」

「マジだったのかよそれ……」

「とにかくアタシは高校生活を充実させたいの! 皆でボーリングとかカラオケとかショッピング行ったり、誰かが休んだらお見舞い行ったり、泊まりでワイワイしたいのよ!」


 オタクで眼鏡で音楽家……そんな個性に溢れた少女は笑顔を浮かべつつ夢を語る。

 確かに彼女の気持ちは分かるが、現実的には厳しいものも多いだろう。風邪で休んだらお見舞いとかなんて、親からすれば感染を懸念して部屋に入れたくないと思うし。


「今日だってアタシが持ってきたチョコ、誰か酔っ払ったりしないかと思ってお酒が入ってるのにしたんだから!」

「ええぇっ?」

「もしかしてお菓子持参って、このチョコで酔わせるのが目的だったのか?」

「だってベロベロになったユッキーとかツッキー、見てみたいじゃない!」

「あ、確かにそれは私も見たいかも」


 今まで友人の熱弁を黙って見守っていた少女が口を開く。勿論俺も同じことを考えた訳だが、決して声に出すことはない。


「個人個人の酔い易さにもよるけれど、チョコに入っている程度のアルコールじゃ酔うにはそれなりの量が必要だろうね」

「量って、どれくらいなのよ?」

「流石にそこまではボクもわからないよ。気になるなら、自分で実験してみるといい」

「あ、それはちょっと勘弁かも……」


 平凡な日常を精一杯楽しもうとする少女は、体重でも気にしているのか苦笑を浮かべた。

 しかし火水木がここまで必死になるのも頷ける。無口少女くらいなら如月もいるし中学時代でもシャイな奴はいたが、男の娘&ボクっ娘&こんな教師は確かに珍しい。

 全校生徒2500人という規模ならではかもしれないが、そんな屋代でも制服は奇抜でも何でもない普通の紺色。財閥や理事長の子なんて存在は、噂すら聞かない訳である。


「………………」


 もっとも阿久津がボクと名乗るようになった原因は俺なんだけどな。

 当の本人が覚えているのか眺めていると、不意に視線が合ったため黙って逸らす。


「その様子だと夢野君は、この手の話を聞き慣れているようだね」

「うん。お昼とか一緒に食べてる時、ミズキが喋ることってこういう話ばっかりだから。後は男の子同士の話とか――――」

「ちょっ? ユメノンっ! 音楽の話とかもしてるでしょっ!」

「たまにね」


 悪戯めいた笑顔で応える少女に、ギャーギャーと火水木が叫ぶ。若干腐っている彼女だが、今回みたいな企画を躊躇いなく提案してくれるのは正直ありがたい。 

 もしも男である俺がコスプレを言い出していたら、間違いなく引かれていただろう。本人が気付いているかは知らないが、彼女みたいな存在こそ青春に一番必要な個性な訳だ。


「さてさて。外も暗くなってきましたし、今日はこの辺りでお開きにしましょう。残ったお菓子は先生が食べておきますので、皆さんはどうぞ着替えてきてください」

「はーいっと」

「ありがとうございます」


 夢野が丁寧に伊東先生へ頭を下げた後で、魅力に溢れていた女性陣が陶芸室を出ていく。秋になり制服も衣替えしているため、これでガードの甘かった胸元とは完全にお別れか。


「あ!」

「ど、どうしたの櫻君?」

「俺のズボン、阿久津が穿いたままだ……」


 ここで今なら間に合うとか考えて、準備室に乗り込んだらラッキースケベだよな。

 勿論そんな真似をすることはなく、小心者の俺は着替えが終わるまで大人しく餅菓子を食べるのだった。実はキョンシーの弱点が餅米とも知らずに、それはもうパクパクと。

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