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二日目(火) 俺が猫と同族だった件

「米倉櫻さんの湯呑、その驚愕の値段はCMの後っ!」

「作った本人が司会進行かい?」


 仕方ないだろ。こういう役回り担当の火水木が、削り作業に超集中してるんだから。

 放課後の陶芸部にて、今日もマイワールドに浸りながら無事に作品が完成。まじまじと俺の力作を冬雪が眺める中、鑑定中っぽい怪しげなBGMを口ずさんでみる。


「さあそれでは見てみましょう! オープン・ザ・プライス! 一! 十! 百! 千!」

「売る商品は基本的に三桁だよ」

「……200円」

「か~ら~の~?」

「……じゃあ100円」

「すいません調子乗りました。200円にしてください」

「……釉掛け次第で300円」


 要するに火水木の作品と同等か、やや低い程度の評価ってことか。個人的にはこれ以上ない会心の出来だったんだが、前は50円だった訳だし匠の鑑定結果に文句は言うまい。


「ちゃんとキミも成長していたんだね」

「当然だ。人は俺のことを陶芸界の桜木花道と呼ぶ。櫻だけにな」

「そんな大口を叩いていると、作品を2万個作ってもらうことになるよ」

「2万で足りるのか?」

「足りるどころか、普通は卒業までに200個も作れれば充分なくらいさ。いずれにしてもこのレベルの湯呑を作れるなら、この調子で普段から本気を見せてくれると助かるね」


 力作の湯呑を眺めながら簡単に言ってくれる阿久津。でも音楽を聴きながらの陶芸って集中できる代わりに孤独で寂しいから、俺としては正直あんまりやりたくないんだよな。


「ん? 卒業までに200個って、前に冬雪が言ってた目標と大分誤差ないか?」

「……目標?」

「ほら、来年までに150個ってやつ」

「……目標は目標」

「予定は未定にして決定にあらずってね」


 …………もしかして俺、騙されてた?

 よくよく考えてみれば、この前の窯番の際に釉薬を掛けた作品が合計で大体200個。文化祭に売った数が同じくらいだって言ってたんだから、一人頭150個はどう考えてもおかしい。

 別に不可能って訳じゃないが、その目標を達成することがあるならそれは陶芸部が『部活動』となった時くらいだろう。冬とか水も冷たいだろうから、陶芸やりたくないし。




「終わったああああああああああああああああっ!」




「……っ?」

「うぉっ! ビックリした」

「どうしたんだい? いきなり大声を出して」

「できたのよっ! 100個目がっ!」

「へ?」


 一週間で100個なんて尚更無理な話。

 そう思っていた矢先の、誰もが驚きを隠せない衝撃的発言だった。


「……本当に?」

「マジもマジっ! 大マジよっ!」

「昨日削った分を含めても、まだ半分もいってないだろ?」

「ふっふっふ。甘いわネック! ついて来なさいっ!」


 テンションが上がると平常時の声まで大きくなる少女は、外へ出るなり窯場へと向かう。

 焼成以外では立ち寄ることもない空間へ足を踏み入れると、俺達三人はズラリと並んでいる作品を見るなり目を丸くした。


「え……これ全部、お前が作ったのか?」

「当然でしょ?」


 どこぞの昭和の怪物が持ってた隠し預金ばりに、一つの棚板に作品が10個……それが九枚ずらりと並んでいる。今陶芸室にある板が十枚目……つまり合計は丁度100個だ。


「で、でも一体いつの間にこんな数の作品を作ったんだい?」

「土日にイトセンに陶芸室を開けてもらって、朝から晩まで一日中ろくろ回してたの! 100個作って削ったんだけど、2割くらいは失敗しちゃったから新しく作って、もう大変だったんだから」

「先生も陶芸部で休日出勤させられるとは思いませんでしたよ」

伊東いとう先生」

「火水木クンの叫び声が聞こえたので、もしやと思いましたが無事に完成したようですねえ。おめでとうございます。それでこそ青春。先生、協力した甲斐がありました」

「イエーイ!」


 何故か白衣を身に付けている陶芸部顧問は、火水木とハイタッチを交わす。俺達三人がそれを呆然と眺めていると、伊東先生は首を傾げつつ口を開いた。


「ひょっとして疑ってますか? 全部火水木クン一人の力です。先生は何も教えてませんし、アドバイスもしてません。陶芸室を開けた後は、準備室で動画を見てました」


 それはそれで問題な気がする。

 別に俺達は疑っている訳じゃない。例え伊東先生の証明がなくとも、短期間でここまで腕を上げた火水木を見れば努力の程が充分に窺えた。

 強いて問題があるとするなら、その活力が道具的条件付け……すなわち二人にコスプレをさせたいという、不純な理由であることくらいだと思う。


「えっへっへー。覚悟しなさいユッキーっ!」

「……マーク掘ってないから無効」


 冬雪さん、それは流石に無理があると思います。

 詭弁を返す少女の肩へ、大人しく諦めた様子の阿久津がポンと手を置く。


「音穏の気持ちもわかるけれど、自分から口にした約束を破るのは良くないかな」

「……仕方ない。でもマークは付けなきゃ駄目」

「マークって?」

「自分の作品だってわかるように、底にマークを描くんだよ。ほら、これが俺の」

「何これ? 豚の蹄?」

「桜だよっ!」

「ああ、そういうこと? じゃあアタシは音符にしよっかな」

「音符マークは音穏が使っているね」

「そっか。みんな、名前を元にしてるんだ。それならアタシは……何かの惑星?」

「三日月は阿久津が使ってるけどな」

「……月は惑星じゃなくて衛星」

「お、おう」


 阿久津ではなく冬雪からの訂正とは珍しい。そして兄は曜日で妹は惑星と、火水木家って何か色々と名前で楽しんでるな……まあ我が家も人のことは言えないけど。


「うーん……どうしよっかな」

「単純に火で良いんじゃないか? 画数も少ないし」

「惑星なら土星が描き易そうだね」

「……何なら音符は譲る」

「先生、お魚を奨めます。最近食べていないんですよねえ」

「よしっ! 決めたっ!」


 約一名どうでも良いことを言っていた気がするが、火水木は大きな胸を支えるように腕組みをして悩んでから置いてあったカンナを手に取ると皿を手に取りマークを付けた。


「何にしたんだい?」

「じゃん!」


 見せつけられた皿の裏側には星の印。単純な☆ではなく、一筆書きのできる五芒星だ。

 恐らく惑星的な意味だろうが、火水木のイメージだと魔法陣って感じがしないでもない。


「うん、良いと思うよ」

「でもこれ全部に描かなきゃいけないのよね」

「頑張ってください。明日のパーティーは先生も楽しみにしていますからねえ。ではでは」


 そう言い残すと、伊東先生は一足先に窯場を去って行った。楽しみにしてるというのが俺達のコスプレに対しての意味なら、あの人にも何らかのコスプレをさせたいところだ。


「そういや俺達の他に来るのはアキトに葵、それと夢野の三人だけか?」

「うん。その三人だけ……ってかネック、情報早いわね」

「ちょっと待った。さも当たり前のように話しているけれど、その三人を呼ぶのかい?」

「呼ぶってかもう手配済みなんだけど、何かマズかった?」

「まずいも何も、ボク達はコスプレをさせられるじゃないか。それならどう考えてもギャラリーは少ない方が、ダメージが少なくて助かるんだけれどね」

「大丈夫大丈夫。皆でコスれば怖くないって! 写真とかは無しって言ってあるし!」


 阿久津が頭を抱えると共に、隣にいる冬雪が物凄く不安そうな表情を見せる。着せられる服の選択肢を知ったら、この二人は一体どんな顔をするんだろう。


「しかし明日とはまた突然だな」

「音楽部の二人が空けられる日が、そこしかなかったのよ。イトセンも体育祭前日は早く帰りたいって言ってたし」

「成程。何か持って行く物はあるのかって、葵が気にしてたぞ」

「衣装は手配済みだし…………あ、お菓子は持参ね! 忘れた人には悪戯しちゃうぞ!」

「へいへい。マーク付け、頑張れよ」

「おーっ!」


 片っ端から星を刻み始めた火水木を窯場に残し、見るからにテンションが下がっている二人と外へ出る。陶芸室へ戻ろうとした途中、不意に阿久津が足を止めた。


「ん? どうかしたのか?」

「猫だ」


 恐らく開かれたままの裏門から入ってきたのだろう。阿久津が指さした先には茶色の野良猫が一匹、アスファルトにごろりと寝転んでいた。


「……可愛い」

「珍しいね。キミはどこから来たんだい?」


 日向ぼっこしている猫の前に、阿久津は屈みこむと優しく問いかける。猫はニャーと答えることもなく、黙って起き上がると少女の横を悠然と通り過ぎた。


「ん?」


 どこへ行くのかと思えば、何故か俺へ歩み寄る猫。そして足と足の間を八の字を描くようにして、うろうろと歩き回ったかと思うと目の前で再びごろりと横になる。


「……ヨネ、懐かれてる?」

「動物に好かれやすい体質でな。野良犬と追いかけっこしたり、学校で飼ってた兎に俺だけは噛みつかれなかったり、カラスから挨拶代わりに糞を落とされたこともある」

「……最後のは違うと思う」


 静かに否定した冬雪が猫の正面に回り込みしゃがむ。見えそうで見えないスカートへ視線が吸い込まれかけたが、凝視していると阿久津に気付かれるためチラ見で堪えた。

 まあパンツが見えることなんて都市伝説みたいなものであり、大抵の女子はハーフパンツなりブルマなりスパッツを下に穿いている。それでもブルマ辺りなら充分嬉しい。


「しかしまさか本当に作り上げるとはね」

「ん? ああ、火水木か」

「……ヨネも見習ってほしい」

「見習えというなら、まずはそれ相応の報酬が必要になるな」

「仮に同じ条件である一週間に100個として、何が報酬だったらキミは作るんだい?」

「………………」


 浮かんできたのは、とても言えないような煩悩ばかりだった。

 中一くらいまでの俺だったらデートやキスという、本人を前には言えないもののまだピュアな解答を想像しただろう。それが今では……父さん母さん、息子は健全に育ってます。


「……考え過ぎ」

「実際にやるわけでもないのに、キミは変なところで真面目だね」

「や、やるかもしれないだろ!」


 こういう質問ってずるいよな。どこまでが超えていいラインかわからないんだぜ?

 悩みに悩んで悩み抜いた末、俺はイメージを崩さない程度の無難な答えを返した。


「お、お弁当……とか?」

「……そんなことでいいなら、毎日買ってくる」

「いや昼飯の奢りとかそういうのじゃなくて……その、手作りのお弁当が欲しいな……なんて」

「…………」

「………………」

「な、何だよ? 二人して黙って」

「……お弁当箱は、ろくろ成形じゃなくてたたら成形」

「違うからっ! 手作りのお弁当って、お弁当箱を作れって意味じゃないからっ!」

「何というか、随分と安い男だねキミは」

「悪かったな!」


 どうやらセーフラインより遥かに手前だったらしい。寧ろコスプレという丁度ライン上みたいな条件に匹敵する案があるなら、誰でもいいから俺に教えてくれよ。

 男子高校生にとっての憧れを一蹴した二人は、動こうとしない猫と戯れる。陶芸室前の段差に腰を下ろして少女達を眺めていると、作業が終わった火水木が窯場から顔を出した。


「終わったーっ! って、三人で何して……ふぉおおお、猫じゃん!」


 興奮し過ぎだろ。縄張りを主張してんのかお前は。

 こちらに答える間も与えず、状況を把握し合流する少女。しかし猫は火水木の股下を通り抜けると、何故か三人から離れ座っている俺の脚の間を再び八の字に歩く。


「……またやってる」

「何々? ネック、マタタビでも持ってるの?」

「持ってるわけないだろ。動物全般に懐かれる特殊能力だ」

「うちの猫には嫌われているけれどね」

「アイツは例外なんだよ」

「へぇー。ツッキーの家って猫飼ってるんだ。どんな子どんな子? 名前は?」

「アルカスって言うんだ。ちょっと待っていてくれるかい?」


 阿久津はスマホを取り出すと、画面を操作して写真を表示させたらしい。覗きこんだ火水木は、絶対に言うだろうと思った女子高生にありきたりな反応を見せた。


「可愛いーっ! いいなー猫。うちってペット禁止なのよね………………ん……?」

「どうしたんだい?」

「え? ううん、良い名前だなって。ネックはアルカス知ってるの?」

「知ってるも何も、引っ掻き攻撃を喰らった。何とか無事に致命傷で済んだけどな」

「……それ、無事じゃない」

「ふーん。同族嫌悪ってやつかしら」

「何で俺が猫と同族なんだよ?」

「別にー」


 まあ阿久津からペット扱いされたことはあるけどな。

 妙に上機嫌な火水木をよそに、その日の部活動は日が暮れるまで猫と戯れるのだった。

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