「はよざ~っす! お兄ちゃん朝だよ~っ!」
「………………まだ朝じゃない……」
「朝だよ~っ! 十日十月と書いて朝~っ!」
「…………書いたら萌になった……」
「じゃあ萌でもいいから起きてよ~っ! お兄ちゃん萌だよ~っ!」
「そういう表現は誤解を招くから止めなさい」
「あ、起きた」
これが遅刻しそうな兄を起こしに来たというのなら俺も文句はない。しかし現在時刻は午前五時五十分と、気象庁の天気予報用語的にはまだ朝ではなく明け方である。
「…………?」
「ふっふっふ~」
仕方なくベッドから身体を起こしてみたものの、少しある胸を張り両手を腰に当てた誇らしげな
いつも通りのセーラー服ではなく、秋になり冷えてきたにも拘わらずノースリーブ。そしてその胸には『KUROTANI MINAMI』の文字と数字の4が書かれている。
「聞いて驚け! 見て笑え!」
「我ら閻魔大王様の一の子分」
「ムサシ!」
「コジロウ……ってこれ違うやつじゃないか?」
「お兄ちゃんこそ、反応が違うよ~」
「ちゃんとわかってるっての。身長が伸びたんだろ?」
「ニャーッ!」
「おう落ち着け我が妹よ。お前はこのお兄ちゃんに、ユニフォーム姿を見せに来たと」
「うん!」
「一つ聞くが、それを貰ったのはいつだ?」
「昨日!」
「なら何故、昨日の夜のうちに見せに来ない?」
「だって梅、一日練で疲れて寝ちゃってたもん」
「…………おやすみ」
「起~き~て~よ~っ!」
布団に潜ろうとしたところを、抱え込むようにして止められた。
しかしバスケのユニフォームって、何でこう肌の露出が多いんだろう。こんなんじゃ脇とか丸見えだし、身体のラインも浮き出てるし兄としては不安でならないぞ。
そして少し考えてみれば、このユニフォームを阿久津が着ていたのか。卒業アルバムの写真くらいでしか見たことはないが、一度で良いから生で見たかった気もするな。
「ねえ、どうどう? 似合ってる?」
「どうどう、落ち着け。そうだな、後ろも見せてくれ」
「ジャーン!」
「…………(黙って布団を被る)」
「梅ダァァァンクッ!」
「ピボォッ」
ダンクと言いつつ、体重を乗せられてのボディーブロー。布団が無ければ即死だった。
俺のダメージなどお構いなしに、梅は短い髪を揺らしつつ瞳をキラキラさせながら決めポーズをとる。
「ねえねえ、何点っ?」
「2点。だってダンクだろ?」
追加で竹ダンクと松ダンクを入れられた。ユニフォーム姿に点数をつけてほしかったなら、最初からそう言ってくれよ。
★★★
「……ヨネ」
「ん?」
「……体育祭の種目、何で話したら駄目?」
ホームルームが終わった放課後。
共に陶芸室へ向かう途中、冬雪は眠そうな目で俺を見つめつつそんなことを尋ねる。
「絶対に負けるからだ」
「……やってみないとわからない」
「いいか冬雪? ウサギとカメが競争しても、普通に考えてカメは勝てないだろ?」
「……昔話は勝った」
「100メートルのリレー中に、昼寝する間抜けがいると思うか?」
「……全員がバトン落とす間抜けかもしれない」
「どんだけヌルヌルだよ、そのバトン」
生徒総数は約2500人。一学年につき800人以上の屋代学園は人数が多過ぎるため、一部の種目は体育祭前にタイムレースによる予選が行われる。
そして4×100メートルリレーもその一つ。俺の出場した競技であり、あろうことか我らがクラスC―3は本戦出場の十二チームにギリギリで入ってしまった。
「優勝争いで盛り上がるのはせいぜい五位くらいまで。予選が体育祭の一週間前なんだから、早々順位なんて変わるかっての。一体何をどうすればビリの俺達が勝てるんだよ?」
「……バトン練習とか?」
「そんなんで埋まるタイム差じゃないし、そういう練習をする面子でもないだろ」
ハウス対抗リレーには男女一名ずつ、つまりクラス内で一番足の速い奴が選ばれる。
次にHR対抗リレー。これはハウス対抗の出場者と重なっても問題なく、出場人数は男女四名ずつ。中学時代でもそうだったが、運動部の連中の腕の見せ所だ。
「バスケ部に野球部、サッカー部にラグビー部」
「……HR対抗リレーの男子?」
「ご名答。対して4×100はテニス部。卓球部。帰宅部。そして陶芸部と」
「……期待してる」
「何をだよっ?」
4×100リレーに出場できるのは、前述のリレー二種目に出場していない選手のみ。足が速い順に上から八人なんて言ったら、クラスの男子の約半分である。
そこそこ足が速い程度の俺が選ばれたのは、そんな下手な鉄砲を数撃たれて当たったような理由。運動部なんかに勝てる道理もない、とんだ噛ませ犬ポジションだ。
「……私は真面目に期待してる」
「そう言ってくれるのはありがたいけどな。とにかくこの話はもう終わりだ」
俺一人ならともかく、リレーとあっては期待に応えられそうにない。
考えるだけで頭が痛くなりそうな会話を中断し、陶芸室へと足を踏み入れた。
「やあ」
「よう」
今来たばかりらしい阿久津と、いつもながらの短い挨拶を交わす。
部屋の中にいるのは彼女だけではなく、いち早く電動ろくろの前に腰を下ろしている少女が一人。削り作業中である火水木の前には、順番を待つように作品が十個ほど並んでいた。
「おーおー。本当にやってるんだな」
「当然でしょ」
「一つ、良いことを教えてやろう。ルーローの三角形って知ってるか?」
「何よそれ?」
「ロータリーエンジンに使われたり、ドリルにしたら正方形に穴が開けられる図形でな。この前火水木が黒板に描いたような、正三角形をちょっと膨らませたような形なんだよ」
「へぇー。それが削りにどう関係するの?」
「いや何も」
「どこが良いことなのよっ?」
「うっかり底に穴を開けないよう気をつけろっていう、俺からの遠回しなメッセージだ」
「そんなミス、する訳ないじゃない」
フラグっぽい台詞を口にした少女は、湯呑の高台を作り始める。つい先日まで陶芸に手をつけていなかった彼女が、いきなり熱心になり始めたのは当然理由があった。