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初日(金) ハロウィン・ヒロイン・プロテインだった件

 三角関係という言葉は間違っている。

 AはBを好きだが、BはCに恋していた。一見何の問題もないように見えるが、この恋愛状況を△で結び付けるのは少しばかり変じゃないだろうか。

 何故ならCはAに恋していない。

 A(女)B(男)C(女)と性別を当てれば一目瞭然。逆の場合もまた然りだが、CとAは必ず同性になるためレズゥやホモォな展開になってしまう。

 ライバルという意味で線を引く場合もあるが、それは恋愛ではない上にAからCへも伸びる相互の矢印。画像検索してみると三角関係というよりはシクロプロペン関係だ。

 恋のトライアングルというくらいなんだから、恋愛以外の線を書き込むのはナンセンス。結局描いて完成するのは変なトライアングル……いや、デュオアングルと言うべきか。


「どうだっ?」


 そんな三角関係もといVの字関係の中にいるかもしれない米倉櫻よねくらさくらは、左手と右手に一本ずつチョークを持った三名の少女に向けて勝利のVサインを掲げていた。


「驚いたね。キミにこんな特技があったなんて」

「へー。ネック、やるじゃん」

「……上手い」


 語っている場所は陶芸室。しかし褒められているのは陶芸の腕ではない。

 少女達が称賛しているのは、俺が黒板に描いた三角形と円。それは左手で△を描きつつ右手で○を描くという難題を、四人の中で唯一クリアした証でもあった。


「……コツは?」

「うーん、そうだな……左手と右手の神経を切り離す感じだ」


 俺のアドバイスを聞いて、陶芸部部長の冬雪音穏ふゆきねおんが再挑戦。粘土の扱いはピカ一な彼女だが、描いた図形の出来は一番酷かったりする。

 大きく息を吐き出した少女がチョークを動かせばあら不思議。一度目同様に左手と右手の動きは綺麗にシンクロし、○と△と□が混じったような歪な形が二つ誕生した。


「……難しい」

「大丈夫だよ音穏。今の助言で上手くなったら驚きだ」

「待て阿久津。俺のアドバイスに問題があるって言うのか?」

「そんな人間離れした技はキミしかできないからね。別の比喩で例えられないのかい?」

「他に例えろって言われてもな…………そうだ! 実は冬雪の中にはもう一つの人格、千年粘土に眠る闇冬雪がいるってのはどうだ?」

「どこのデュエルキングよアンタは」

「まあ別にこれができたからと言って、何かの役に立つ訳でもないから構わないけれどね」


 そんな元も子もないことを口にした幼馴染、阿久津水無月あくつみなづきはポケットから棒付き飴を取り出す。構わないとか言っている割に、その表情はどことなく悔しそうに見えなくもない。


「もしかしたら就職に役立つかもしれないぞ?」

「えー、米倉ネックさん。特技は○と△を同時に描くこととありますが――」

「すいません。履歴書の名前が間違ってます」

「失礼しました、ヨネックラさん」

「リラックマみたいに呼ばないでください」

「それで○△同時書きが陶芸社において働く上で、一体何の役に立つんでしょうか?」

「はい。左手でメラゾーマ、右手でマヒャドを唱えることでメドローアが撃てます」

「メドローアですか……どうします部長? 副部長?」

「「……採用」」

「テレレレッテッテッテー♪ 櫻は年齢が上がった! 力が1ポイント下がった! 素早さが2ポイント下がった! 年金が3万G引かれた! 生命保険が2万G引かれた!」

「世知辛いなおいっ!」


 そこのガラオタ妹と阿久津はともかく、冬雪は絶対元ネタわかってない気がする。

 入部してから二週間ちょっと。すっかり陶芸部の一員と化した火水木天海ひみずきあまみは、チョークで竜っぽい絵を描いた。音楽は得意でも絵心はないらしい。


「……部員、もっと増えてほしい」

「まあ四人になったっつっても、戦力は二人のままみたいなもんだしな」

「聞き捨てならないわネネック。アタシはまだ本気を出してないだけよ」

「人をミミックみたいに呼ぶな。そんなこと言ったら、俺だって本気出してないだけだ」

「本気どうこう以前に、二人とも遊んでばかりじゃないか」

「削りは好きだけど、菊練りが嫌なんだよな」

「陶芸は面白いけど、片付けが面倒なのよね」

「「…………」」


 視線を合わせた阿久津と冬雪が、困ったように溜息を吐いた。

 チョークを置いて窓の外を眺めると、パラパラと音を立てて雨が降っている。もし天気が晴れていたなら、俺達はこうして部室でダラダラと過ごしてなんていない。

 運動部の運動部による運動部のための祭り。

 そんな文化祭に続くリア充イベントなんて、本来なら俺には到底関係のない筈だった。


「体育祭も二回中止になったんだから、もう諦めていいと思わない?」

「「……賛成!」」

「少しくらいは運動もした方が良いと思うけれどね」

「「「うぐっ」」」

「?」


 阿久津は別に悪気があって言ったつもりじゃないようだが、体力不足&運動音痴&ぽっちゃりな各々には言葉の刃が深々と突き刺さる。

 本来なら先週の金曜に予定されていた体育祭は雨天により延期。予備日である今日も見ての通り中止となり、来週の金曜日にまで引き延ばされる始末だ。


「ユッキーが棒引きで、ツッキーはHR(ホームルーム)対抗リレーに出るんだっけ?」

「……(コクリ)」

「そうだね。天海君は確か、綱引きと棒引きだったかな?」

「YES! で、ネックは?」

「秘密だ」

「だから何で隠すのよ? やっぱムカデリレー? 転ぶの見られたくないんでしょ?」

「さあな」

「じゃあ騎馬戦だっ! 上半身裸が恥ずかしいんだっ!」

「そうかもな」


 既に先週先々週と二回も同じやり取りをしているのに、コイツもしつこい奴だ。

 仮にムカデや騎馬戦に出るなら、別に隠しなんてしない。口にするだけで筋肉が付くものだと勘違いして、生まれて初めてのプロテインを飲むこともなかっただろう。


「ねえユッキー、教えてくれたらコレあげる」

「お菓子で冬雪を買収しようとするな」

「あ! お菓子って言えばもうすぐハロウィンだけど、陶芸部って何かするの?」

「……考えてない」

「ハロウィンか……陶器でジャック・オー・ランタンを作ってみたら面白そうだね」

「駄目駄目! そんなんじゃ普段と変わらないじゃん!」


 引き出しの一つをお菓子入れにしている少女は、人差し指をピンと伸ばし左右に振る。

 彼女が言いたいことを察していたのは、どうやら俺だけらしい。


「ハロウィンって言えば、やっぱコスプレでしょっ!」


 平然と言い放った火水木の言葉に、二人はキョトンとした顔を見せるのだった。

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