「
屋代学園陶芸室。普段は粉っぽい部屋の六人掛け机には、俺を含めて四人が座っている。
隣に座っている白衣を着た糸目の陶芸部顧問、仕事を放置して生徒と一緒にUNOで遊ぶほど青春が大好きな
「はい。米倉クン達に、窯の番をお願いしたいんですよねえ」
「……この時期に?」
斜め前に座っているボブカットの似合う眠そうな部長、
「この時期にって、何かマズいのか?」
「……文化祭で販売した後だから、作品がない」
「それが皆さんのテスト期間中に整理整頓したら、誰の物かわからない素焼きの作品が山ほど出てきちゃいました。何個かは先輩達の作品なので、本焼きしてお届けしようかと」
「……通りで片付いてると思った」
「そうなんです。釉薬もある程度は整理したので、今ならやり易いと思いましてねえ」
「ユウヤク?」
「作品をコーティングする上薬のことだよ。ガラス質の部分だと思えばいい」
「へー……ってお前も持ってたのかよ」
大変わかりやすい説明に添えてドロフォーを出したロングヘアーの少女は、梅の通う黒谷南中の先代バスケ部部長かつ幼馴染の
男女間の友情は存在する会の
「素直に八枚引くことを奨めるよ」
「甘いな阿久津」 → ドロツー
「どうぞ」 → ドロフォー
「……ウノ」 → ドロツー
「だってさ」 → ドロフォー
「ぬわーーっっ!!」
これがもし陶芸部ルールじゃなくて地元ルールなら、ドロフォーにドロツーは返せないのに……あ、それでも俺が八枚引く羽目になるだけか。
「……何枚?」
「二十枚だね。ところで伊東先生、窯焚きはいつやる予定なんでしょうか?」
「早ければ早いほど良いですねえ。それに翌日は学校がお休みの日と考えると、明日か来週の金曜日辺りなんてどうでしょうか?」
「……別に問題なし。あがり」
「ボクはちょっと親に聞いてみないと……ウノ」
「待て待て。ゲームも話もついていけてないんだが、そもそも何で金曜日なんだ?」
「……焼成は時間が掛かるから、窯の番は徹夜の泊まり込み」
「泊まるって、学校にか?」
「……(コクリ)」
何それ、普通に面白そうじゃん。
思わぬイベントに心を躍らせていると、阿久津が溜息を吐きつつ口を開いた。
「ワクワクなところ申し訳ないけれど、キミは少し勘違いしていないかい? あがりっと」
「あ……勘違いって、何がだ?」
「一応言っておくけれど、夜の学校探検なんてした日にはセキュリティが働いて警察騒ぎ。キミは屋代の笑い者になるからね」
「わ、わかってらい」
危ねー。完全に屋代の七不思議を探しに行くつもりだったわ。
ちなみに不思議の一つには『陶芸室の地下に眠る初代校長』とかあったりする。地下へ続く道は陶芸部の部員のみ知るらしいけど、初代校長まだ普通に生きてるんだよな。
「……楽しみ」
「ん? 冬雪も初めてなのか?」
「……今までは先輩がやってた」
「本来は親御さんを心配させないために男子生徒の方が助かるんですが、何せ部員が少ない今は米倉クンだけになっちゃいますからねえ」
「俺達が窯の番をしてる間、先生は何してるんですか?」
「家で寝てます」
「………………」
「そんな冷たい目で見ないでください。焼成は半日以上掛かるんですよ。先生、老体に鞭打ちたくありませんから、窯の温度を安定させた後は一回休憩させてもらいます」
いやいや、貴方まだ若いでしょうが。
お互いに残り枚数が少なくなる度ドロツードロフォーを出し合う、中々終わらない泥試合を二人で繰り広げている中で伊東先生はニコニコ応える。
「それに米倉クン達に頼めば学校にお泊まりという青春もできる訳ですし、一石二鳥のWINWINじゃないですか。あ、でも他の先生には内緒にしてください」
「無断なんですね……でも窯の番って、具体的に何すりゃいいんですか?」
「三十分に一度くらい窯の温度を確認して貰えれば、後は何をしていても大丈夫ですよ」
「へー……あっ! スキスキスキスキップ! 俺の番で、あがりですっ!」
「ウノを言い忘れたからペナルティだね」
「ウノォォォォォォン!」
無慈悲な阿久津の指摘により、強制的に二枚引かされる。冬雪に至っては飽きてしまい、整理された棚に置かれている作品を眺めていた。
「でも一晩陶芸室に泊まりって、先輩達は何してたんですか?」
「そうですねえ……こうしてゲームしたり、雑談したり、後は勉強でしょうか」
「うん、ゲームだな」
「……菊練り練習」
「勉強なら、ボクも付き合おう」
「マジですか?」
「「……マジ」」
うおお、目が真剣だよこの二人。
菊練りはともかくとして、テストが終わったばっかりなのに勉強って冗談だろ?
「いやでもアレだ。もしかしたら親から泊まりの許可が下りないかも――」
「キミの家は放任主義だったと思うけれどね」
「ぐ……そ、そうだ。阿久津の家は泊まりとか、結構お堅い感じだっただろ?」
「心配いらないよ。何としても許可を取ってくるさ」
何でそこまで燃えてらっしゃるんですか阿久津さん。
チラリと視線を動かせば、いつもは眠そうな目をしてる癖にこういう時に限りシャキーンって感じになった冬雪がグッと拳を握る。
「……丁度良かった。ヨネにはとことん陶芸してもらう」
「落ち着け冬雪。ならこうしよう、勉強と陶芸とゲームで三等分してだな」
「……陶芸と」
「勉強で」
「「……二等分」だね」
息ぴったり過ぎだろコイツら。
熱血講師二人が妙にやる気を出している、どう足掻いても絶望なこの状況。神がいるなら救ってくださいとか考えてたら、紙が俺の胸元に巣食っているのを思い出した。
いや待てよ俺。この二人……というか阿久津は、できることなら誘いたい。そして男が女を映画に誘うなら、もっとこう恰好良く決めなくちゃ駄目だろ。
「何か言い残すことはあるかい?」
「これで勘弁してください」
訂正する。男としてのプライドより、我が身の安全が第一だ。
完全にカツアゲな台詞と共に、取り出した割引券を両手で掬うように献上した。
「……彼女の名は?」
「話題映画の割引券なんて、一体どこで拾って来たんだい?」
「拾ってないからっ! ってかその反応、俺が梅にしたのと同じだっての」
「どこから盗んで来たのかと思ったけれど、仕入先が梅君と聞いて納得したよ」
「さりげなく悪化したっ?」
「……ミナ、日曜空いてる?」
「問題ないよ。テストも終わったことだし、一緒に行こうか」
「……行く。見たかった」
あれ、ちょっと待って。何か展開おかしくない?
渡した俺をよそに盛り上がる二人。会話に入れず困っていると、消耗戦になりようやく決着がついたウノの相手が何かを期待するような眼差しを向けていた。
「米倉クン、先生の分は?」
「あ、ないです」
「………………これが大人ってやつなんですねえ」
割引券一枚でショックを受ける時点で、まだまだ伊東先生は子供だと思います。
★★★
「いらっしゃいませ」
我が家から自転車で三分圏内にあるこのコンビニには、ちょっとした知人がいる。
六区画に分かれた屋代の中で、阿久津と同じFハウスかつ葵と同じ音楽部。そして俺と同じ筍幼稚園に通っていた謎の多い少女は、今日も真面目にレジ打ちをしていた。
『
かつては120円の値札を付けていたネームプレートだが、その意味を理解した今は貼られていない。ただし300円という、新たに出された難題は未だに解けないままだ。
ショートポニーテールに髪を結んだ可愛い女性店員と会うのも、テスト期間と合わせて十日振り。阿久津とも同じだけ会ってない筈だが、彼女の場合は不思議と久しく感じる。
さて、俺が何故ここへ来たのかは言うまでもない。
梅から貰った割引券は六枚。葵に二枚を渡して阿久津に冬雪、俺で各一枚ずつ……伊東先生に渡す分はないと言ったな。あれは嘘だ。
「…………」
何を買うか悩む振りをしつつ、レジの前が混雑していないタイミングを見計らう。
葵にすら頼めなかった小心者が直接渡すなんて、ハードルが高く感じるかもしれないがそれは違う。何故なら今回は割引券、出してしまえば済むだけの簡単な話だ。
最悪、ト○ロのカンタ君が傘を渡すシーンみたいになってもいい。何度か頭の中でシミュレート後、空いた隙に乗じて桜桃ジュースを手に取ると少女が待つレジへと向かった。
「久し振りだね」
「テストお疲れ。あ、袋いらないんで」
「かしこまりました」
割と自然に会話を交わせたことに内心ホッとしつつ、接客モードとなった少女が丁寧な手つきでバーコードを読み取る中、先に用意しておいた120円を払う。
そして彼女が硬貨を手に取るタイミングに合わせ、胸ポケットから紙を取り出した。
「お会計、120円丁度お預かりします」
「あのさ、これ…………」
これ…………何だ?
胸ポケットから取り出したのは、チケットとは異なる白い紙だった。
具体的に言うなら、今目の前にある機械から出てきた物と非常に酷似している……っていうか、どこからどう見ても完全にレシートである。
いやいや、お礼にレシートあげるとかどんな嫌がらせだよ。こんなの『ンッ!』って渡されたら、サツキちゃんもドン引きだっての。
思わずテンパり自問自答する俺をよそに、少女は笑顔でレシートを受け取った。
「はい。こちらで承ります」
「え?」
呆然とする中で、桜桃ジュースに加えて台に乗せられるお茶のペットボトル。
ちょっと待てよ。そう言えば今朝――――。
『はよざっすお兄ちゃん! ちょっと遅刻が朝練しそうだから用件だけっ!』
『…………んー?』
『このレシート、お茶と交換しといてっ! ここ入れとくからっ! 梅梅~』
『…………んー』
――――犯人はアイツかっ!
コンビニでお茶と引き換えできるレシートクーポン。朝にギャーギャー喚いてたのは覚えてるけど、あの妹は一体どこに置いたのかと思ったら胸ポケットに入れてたのかよ。
夢だけど夢じゃなかったなんて考えてる間に、領収書が切られ手渡される。
「レシートのお返しになります」
「あ、その……」
「?」
中途半端に言葉が口から出てしまい、引くにも引けなくなってしまった…………いや違う、ここで引いたら何一つ成長してないじゃないか。
首を傾げる少女に対し、慌てて胸ポケットを探る。名前しか知らない女性店員ならともかく、今や彼女は俺の友人みたいなものだ。
「もし良ければ、これ――――」
「あっ! 失礼致しました。もう一本ですね」
「…………」
コンビニから出て来たのは、袋も無しに三本のペットボトルを抱えた男の姿だった。