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六日目(日) 桜桃ジュースが120円だった件

 ひとしきり遊んだ後に焼き芋タイムを挟み、ふれあいの会も終わりが近づく。


「いーれーてー」

「ぼーくーもー」

『いーいーよー』

「帰りの会もあるから、次が最後な」

『えぇーっ?』

「さいごなら、ほかのこもよんでくるー」


 もう何度かくれんぼをやっただろうか。

 飽き始めてきた俺とは対称的に、子供伝いでかくれんぼマスターの噂が広まってしまったらしく、参加者は少しずつ増えている傾向にあった。

 そして今や十数人。ここまで増えると流石に探すのもしんどくなってくる。


「いーれーてー」

『いーいーよー』

「梅~も~」

「ちょっと待てぃ! そこの大人一名!」

「え~? 何~お兄ちゃん?」

「お前にお兄ちゃんと呼ばれる筋合いは……あ、俺お兄ちゃんだったっけ」

「そ~だよ~お兄ちゃん」

「皆で集まって、何かするのかい?」

「いや、そういう訳じゃないんだが……」


 いつの間にやら阿久津も合流。そして数人の子供に引っ張られて、恐らくお兄さんお姉さんの中で一番人気を誇った音楽部コンビもやってきた。


「おねえちゃんはやくはやく!」

「慌てなくても大丈夫だから……あ、米倉君。最後のかくれんぼ、私も混ぜてもらっていいかな?」

「え……まあ……」

「それじゃ~皆でかくれんぼだ~っ!」

『おぉー』

「ちょっと待て。この人数相手に、鬼が俺一人はないだろ?」

「自分探しが趣味のかくれんぼマスターともあろう者が、随分と弱気だね」


 何か余計な一言がついてる件。そんな噂を広めたのはどこのどいつだ。


「えっと……そ、それなら見つかった人も鬼になるルールは?」

「私達はそれで大丈夫だけど、子供達は帰りの会の準備にした方がいいかも」

「櫻一人に任せて長引くと困るし、ボク達は最初から鬼の方が良さそうだね」

「だめ!」


 阿久津の服の裾を、男の子がギュっと握る。例の縄跳びで遊んでいた少年だが、どうやらすっかり懐かれてしまったらしい。


「流石ミナちゃん、人気者~」

「じゃあ水無月さんは隠れる側ってことで」

「申し訳ないけれど、そうして貰えると助かるよ」

「え~、梅も隠れた~い」

「別に隠れたきゃ好きに隠れていいぞ」


 仮にコイツが見つからなかった場合は、置いて帰れば済む話だ。


「鬼が三人か……もう少し欲しいな」

「そ、それならアキト君と冬雪さんも呼んでこようか?」

「ああ、頼む」

「それじゃあ隠れるぞみんな~っ!」

『わぁー』


 子供達に加えて隠れる側になった、梅と阿久津が散っていく。

 葵も保育室へ向かったため、残されたのは俺と夢野蕾の二人だけとなった。


「鬼の木、行こっか」

「あ、うん」

「ふふ。米倉君、私と話す時だけ硬くなるね。他の人と同じ喋り方でいいよ?」

「そ、そう言われましても……」


 変に敬語を使ったことで更に笑われた。

 過去に彼女と接点があったとしても、少なくとも今の俺にとっては知り合ったばかりの異性。そんな相手に思春期な男子高校生が気楽に話せる筈がない。


「かくれんぼマスターかぁ。米倉君、確かにかくれんぼばっかりやってたっけ」

「好きだったんだよ。隠れるのも、見つけるのも」

「そっか。でも不思議だよね。昔も今も変わらずに、鬼がこの木で待つなんて」


 やはり彼女も、鬼の木のことを覚えていたらしい。

 よく恋愛物で『伝説の木の下で告白して生まれたカップルは永遠に幸せになれる』なんてのがあるが、物騒な名前である鬼の木は伝説の木に含まれるのだろうか。


「とりあえず数える?」

「よし」


 二人で声を重ねて、ゆっくり10まで数えていく。

 別にハーモニーを奏でている訳でもないが、何となく綺麗な音に感じた。


「「「「「10!」」」」」


 最後の数を口にした際、他数名の声が後ろから重なる。振り返れば冬雪とアキト、そして戻ってきた葵の三人が準備万端といった様子で待機済みだった。

「「「「「もぉーいぃーかーい?」」」」」

『…………』

「よし、行くか」

「えぇっ? いいのっ?」

「全員の準備が終わるまで待ってたら、いつまで経っても始まらないからな」


 最初の頃は『もぁーでぃだよー』なんて返事が聞こえたが、潜伏スキルを身に着けた子供達は応えたら場所が割れるのを理解したらしい。

 これだけの人数となると50くらい数えるべきだが、時間もそれほど残されていないため、俺達のラストミッションは奇襲気味にスタートした。




 ―― 十分後 ――




「お兄ちゃん、見つけるの早すぎっ!」

「お前が隠れるの下手すぎなんだよ」


 スカート姿にも拘わらず、木の上に隠れていた梅が飛び降り華麗に着地を決める。見つけたのが俺で良かったが、もう少し恥じらいを持ってほしい。


「どう? 忍者っぽいでしょ?」

「砂場の中に隠れてた子の方がよっぽど忍者だったな。大人しく鬼を手伝え」

「は~い」


 大勢で隠れると言っても所詮は狭い園内。次から次へと簡単に児童は見つかる。残りはどれくらいかと確認しに戻ると、保育室の前で冬雪とすれ違った。


「……残り二人。それとミナ」

「了解だ」


 そういや、まだ阿久津の奴を見つけてなかったか。

 目ぼしい場所は粗方探したため、少し考えた後で建物裏へと回る。


「………………まさかな」


 眺めているのは、敷地の隅にある茂った植物。あまり気は進まないが、出来る限り木を痛めないよう掻い潜りながら奥へと進んでみた。


「あっ!」


 敷地の中からは植物で見えないが、外から見れば丸見えな畳一枚分くらいのスペース。そこに少年が一人と、髪に木の葉を乗せた幼馴染が隠れていた。


「見ーつけたっと。さ、帰り仕度だ」

「わたさないぞ!」

「ん?」

「おねーちゃんはぼくんだ!」


 阿久津を我が物呼ばわりとは、中々のマセガキだな……おいちょっとそこ代わってくれませんかお願いします。

 かくれんぼである以上は見つけた時点で終わりだが、まさかのルール無視発言。どうしたものかと困っていると、少年に守られていた幼馴染が小さく笑う。


「見つかった以上は仕方ないね、大人しく戻るとしよう」

「でもでも――」

「ボクはルールを守らない子は好きじゃないかな」

「わかった! 戻る!」


 完全に手の内で踊らされている少年は、茂みの中を抜けて戻っていく。

 それを和やかに見届けた少女は、やれやれと小さく溜息を吐いた。


「モテモテだな。一体何を吹きこめば、俺があそこまで敵視されるんだ?」

「ボクが次に筍幼稚園へ来るのは、いつになるかわからないと話しただけだよ。きっと彼はかくれんぼを終わらせたくなかったんだろうね」

「おいおい。あの子、大丈夫なのか?」

「その点は本職に任せれば問題ないだろうし、一応ボクなりにフォローはしておいたさ。友達が100人できたらまた来ると約束をしてあるからね」


 達成した頃には阿久津の存在など忘れている、実に大人らしいやり方だ。


「しっかし、まだ残ってたんだなここ」

「園長先生の計らいか、もしくは彼のように偶然見つけた子がいたんだろう」


 幼い頃に遊んだ秘密基地。

 友達と力を合わせて茂みに潜り込み、奥でスペースを確保するため草木を折るという、今思えば割と地球に優しくないことをしていたがロマン故に仕方ない。

 秘密基地といってもやることは所詮ままごと程度で、色水作ったり砂を盛りつけたり。装飾代わりに足元へ敷いたBB弾は、流石に無くなっていた。


「こんなに狭かったか?」

「キミの図体だけが大きくなったんだろう。頭に葉っぱが乗っているよ」

「そりゃお互い様だ」


 言葉を返すと、阿久津は髪に指を通して探し始める。

 俺と違い長髪のため苦戦する少女へ、そっと手を伸ばし葉を取り除いた。


「ありがとう。残りは何人だい?」

「あと一人だな」

「それは惜しいことをした。ところで、少しは昔のことを思い出したかい?」

「まあ鬼の木とかトンガリとか、この秘密基地のことくらいは」

「その言い方だと、肝心なことは思い出せずかな?」

「そうだな……ん?」

『――カシく~ん! タカシく~んっ!』


 遠くから聞こえた梅の声に、俺は阿久津と目を合わせると秘密基地から出る。

 園庭には仲間達が集まっており、何やら困ったような顔を浮かべていた。


「どうしたんだ?」

「米倉君! タカシ君いた?」

「いや、まだ見つけてないけど……」

「も、もう帰りの会の時間だから、諦めて呼びかけてるんだけど……」

「ボクも手伝おう」


 タカシ君と言えば、かくれんぼの初期メンバーだった子だ。今まで隠れていた場所も普通な少年がいなくなったとなると、考えられる可能性は少ない。


「ぶっちゃけ園内から出たとか、そういう展開な希ガス」

「ああ、俺もそう思う」

「ひょっとして、危険な目に合ってる子供を助ける王道キタコレ?」

「ふざけた冗談言ってる場合かよ」


 しかしもし予想通り外に出たとなると、 敷地の外は車通りも多い。こんなことなら始める前に、改めてルール確認しておくべきだった。

 総出で探すも見つからないまま、少しして男性教諭が俺達を招集した。


「タカシ君を最後に見た人は?」

「かくれんぼをやることになって、集まった時にいたのは覚えてます」

「それじゃあ、その後に見た人はいるかな?」


 名乗り出る者はいない。

 そもそもタカシ君の顔を認識しているのは、恐らく俺と夢野蕾くらいだろう。


「そうか……困ったな……」

「た、大変ですっ!」


 電話の子機を手にした女性教諭が、慌てた様子でこちらへ走ってきた。

 嫌な予感が頭をよぎる中で、女性教諭は息を切らしながら口を開く。


「ご自宅に電話したら……タカシ君、お母さんと一緒に帰ってたみたいで……」

『……………………』


 確かに昔の俺もやった経験はあるけど、そりゃないだろタカシ君。




 ★★★




「よう、お疲れ」

「キミは遅刻癖がある割に、準備は早いのかい?」

「逆だな。寝坊するからこそ、遅れないために準備だけは早いんだよ」

「それを誇らしく言われても困るけれどね」


 他の仲間が帰り仕度をする中、用意を終えた俺は喉が渇いたので正門へ。そこには一足先に待機していた阿久津が、門に座り込み桜桃ジュースを飲んでいた。

 その前を通過し自販機の前で財布を探していると、少女が俺に腕を伸ばす。


「残り半分で良ければいるかい?」

「いいのか?」

「今は糖分より、さっぱりしたい気分だからね。お茶を持ってきていたことを、買った後に思い出したよ」

「じゃ遠慮なく……ってかお前は、間接キスとか気にしないんだな」

「そんなことを気にしていたら至る所で間接手繋ぎ、公衆の洋式トイレに至っては間接尻になるね。雑菌を気にしないのかという意味で尋ねたのなら、この雑菌だらけの世の中なんて生きていけないと答えるよ」


 今の発言を冬雪に聞かせたら、一体どんな反応をするんだろう。

 ありがたく桜桃ジュースを貰った俺は、特に間接キスを気にせず喉を潤す。色々ハプニングもあったが、ふれあいの会が無事に終わって何よりだ。

 …………夢野蕾本人がいたのに、大して関わらないまま終了したけどな。


「あらあら。二人とも、こんなところにいたのねえ」


 不意に掛けられたのは、随分とのんびりとした口調。振り返ってみれば真っ白なパーマのお婆さん、もとい昔から変わらない園長先生だった。


「お久し振りです」

「挨拶が遅くなってごめんなさい。久し振りに顔を見たけど、櫻君も水無月さんも変わりないようで何よりだわ。今日は来てくれて本当にありがとうねえ」

「俺と阿久津のこと、覚えてるんですか?」

「それはもう、ちゃあんと覚えてますよ。特に櫻君はここでそのジュースをよく飲んでたから、先生達の間ではチェリーボーイってあだ名ができててねえ」


 何その攻撃的なあだ名。わざとだろ先生。


「桜桃ジュースなんだから、ピーチボーイにしてほしかったですね」

「それも同じ意味だよ」


 …………どう足掻いでも絶望とはこのことか。


「お母さんは看護師さんで、お父さんは先生だったかしら?」

「え……あ、は、はい」


 てっきりボランティアで卒園者が来ると聞いてアルバムでも確認したのかと思ったが、園長先生は俺達のことを本当に忘れず覚えてくれていたらしい。


「櫻君のお家はお姉さんと妹さんもいたし、お友達を乗せた帰りのバスが出ていくのを毎日ここで眺めてた姿が印象的でねえ」


 姉貴の幼稚園時代は母さんが時間に間に合うよう努めたためバスでの送迎だったが、俺の頃には仕事が激務となってしまい迎えの時間に間に合わなかった。

 そういう場合は幼稚園でなく保育園に入れるべきだが、姉と同じ幼稚園に通わせたいと両親が希望。その結果俺だけは親が直接幼稚園へ迎えに来るまで待つことになり、帰りの会が終わると正門で皆を見送っていたのである。


「その節は色々とありがとうございました。そういえばこの桜桃ジュースも、最初は園長先生が買ってくれたんですよね」

「あら? そうだったかしら?」

「そうですよっ?」


 置物みたいに座っていた俺へ声を掛けてくれて、どれがいいと自販機を指さす。そして選んだのが、自分と姉の漢字が使われていた桜桃ジュースだ。

 漢字を知っていた理由は、当時書道教室に通っていた姉貴の影響。俺の名前は桜ではなく櫻だが、ドヤァと見せられた兄妹の漢字は『桃・桜・梅』だった。


「へえ。それはボクも初耳だね」

「まあ俺もさっき思い出したくらいだからな」


 ペットボトルのジュースを見て園長先生に奢ってもらったことを知った親は、翌日以降120円というお小遣いを支給するようになった。

 それからは必死に腕を伸ばして、桜桃ジュースのボタンを押す毎日に…………。


「!」


 そう、120円だ。

 そしてそれは、少女が胸に付けている値札と同じ金額だった。


「あぁっ!」


 唐突に蘇った過去の記憶に、思わず声を上げる。

 ビックリしたらしい園長先生と阿久津が、二人して目を丸くしていた。


「急に大声で、どうしたのよ櫻君?」

「園長先生、ありがとうございます! お陰で思い出せました!」


 礼を告げるなり、慌てて園内に戻ろうとする。

 しかしそんな俺を止めるかの如く、阿久津が目の前に立ち塞がった。


「うぉっ? 何だよ阿久――」

「本当に全部かい?」

「は?」

「何を思い出したのかを聞くつもりはないけれど、本当に全てを思い出したのかい? 中途半端な記憶で彼女を困らせないかと、ボクは危惧しているんだよ」

「そんなの、言ってみないとわからないだろ」

「それだけじゃない。大切な記憶を思い出したのは何よりだけれど、キミはそれを彼女に伝えた後はどうするつもりなんだい?」

「どうするって、ただ話すだけじゃ駄目なのか?」

「少なくとも、ボクはそう思うね。キミを止めた理由は、ただそれだけさ」


 論理的な阿久津にしては珍しく言葉を濁しており、いまいち意味が分からない。

 少女はくるりと背を向けると、黙って園の中へ戻っていった。


「あらあら。モテる男は辛いわねえ」

「え……? ああ。いや、阿久津とはそんなんじゃないですから」

「あらそうなの? 櫻君と水無月さん、幼稚園じゃラブラブだったと思うけど。向こうの角の所にあった落書きなんて、今でも残ってるんじゃないかしら?」

「落書き?」

「ええ。ほら、あそこの柵よ」


 園長先生が指差したのは秘密基地。外側から敷地沿いを歩けば丸見えの場所に小走りで向かうと、柵を傷つけて描かれていた一つの相合傘を目にする。


『さくら』

『みなづき』


 傘の下に書かれている相手の名は、今もよく知る幼馴染の名前だった。

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