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二日目(水) 俺が期待を裏切らない男だった件

 ―― 一時間後 ――


「しかしキミはまた、随分と見事な作品を作り上げたね」


 何ということでしょう。

 そこには失敗作を大量に生みだした挙句、ズボンを粘土で汚した青年の姿が……。


「……最初は皆下手」

「これはひょっとしてペットボトルの蓋かい?」

「御猪口だよっ! 悪かったなっ!」


 湯呑みや皿など色々作ってはみたものの、最初に冬雪が作った皿と比べれば出来栄えは月とスッポン……いや、ティラノザウルスとミジンコレベルか。

 不器用なのは知っていたが、我ながらここまでとは思わなかったので少し落ち込む。


「励ますつもりじゃないけれど、形成の時にできた歪みは削りである程度は誤魔化せるよ。キミの作品もちゃんと削れば、来年の文化祭に売り出すくらいはできるだろう」

「そうなのか?」

「……来年までに、一人150個」


 首を縦に振った部長から、辛辣なノルマが告げられる。難しいのは慣れるまでなのかもしれないが、陶芸を好きになれるか心配になってきた。

 完成した作品は廊下にあるムロと呼ばれる場所に入れておく。何でも急に乾燥させると亀裂や歪みが生じるため、それを防ぐための安置所らしい。


「はあ…………ん? まだ作るのか?」


 ドベ受けやボールなど使い終えた道具を洗い、面倒な後片付けも一段落着いた頃。新たな粘土の塊を持ってきた冬雪は、俺の問いに対して首を横に振った。


「……菊練りだけ再練習」

「マジですか?」

「……マジ」


 チラリと阿久津を見れば、悠長に棒付き飴を舐めながら勉強に戻っている。菊練りと英語を天秤にかけた結果、俺の中ではまだ菊練りの方が勝っていた。


「わかったよ」


 再び粘土を両手で持つ。

 すると突然、俺の右手に冬雪の掌が重ねられた。


「!」

「……こうやって、こう」


 練り方を教えるため、操るようにして右手が動かされる。

 手の甲越し伝わる温もり。

 異性と触れ合っているという実感が、何とも言えない興奮へと導いていく。


「……左手も」

「お、おう」

「……違う」

「っ?」


 隣にいた冬雪が俺の背後に回ると、後ろから両腕を伸ばし俺の手へ重ねた。

 当然、密着する。

 何て言うか、全てが柔らかい。

 女の子の身体ってこんなにぷにぷになのかと疑うレベル。

 僅かながら身体を預けると、背中に小さな胸が当たっている気がした。

 高鳴る鼓動にときめく心。

 今俺は、かつてない程に青春を謳歌している。


「……やってみて」

「お、おうっ!」


 全く、陶芸は最高だぜ!




 ★★★




 すっかり菊練りにのめり込み、遅くなってしまった帰り道。

 特に買い物を頼まれた訳でもないがコンビニへ自転車を止めると、頭の中で色々なシミュレートをこなしつつ店内へ入る。昨日の今日で来るのは少し恥ずかしかったが、やはり値札が気になっていた。


「いらっしゃいませ。お待ちのお客様、こちらへどうぞ」


 客の並んだレジを見ると、手前には背の高い店員さんが一人。そして商品整理でもしていたのか、奥のレジに戻った少女が休止中の札を片付け応対を始める。


『夢野蕾』


 まあ結末はこんなものだ。

 前を通り過ぎる際にネームプレートを確認すると、少女は売り切れになっていた。

 客に指摘されたのか、はたまた他の店員が気付いたのか。最後まで言い出せなかった自分に若干悔いは残るが、解決した以上は喜ぶべきなのかもしれない。


「お会計、120円になります――――――――ありがとうございました」


 悩みが消えた後で改めて耳にすると、何度聞いても癒される声だ。

 のんびりと鑑賞するが特に買う物は無いため、適当に桜桃ジュースとガム類を手に取るとレジが空いた頃を見計らって少女の元へ向かった。


「…………っ?」


 商品をレジに置いた直後、異変に気付き目を疑う。

 幻覚ではない。


『夢野蕾 ¥120』


 ………………何で?

 つい先程までは名前だけだったネームプレートに、何故また値札がついているのか。

 混乱するものの二度目ともなれば、頭が正常に戻るまで時間は掛からなかった。

 そういえば少し前にいた客が、120円の商品を買っていた気がする。ひょっとしたら彼女は、剥がした値札を胸に付ける癖があるのかもしれない。


「お会計、380円になります」


 三度目の正直を見せるべく、500円硬貨を支払いつつ深呼吸する。

 そして意を決した俺は、少女の胸を指さしながらはっきりと告げた。


「その、120円なんですけど……」


 まるで喉に突っかかっていた骨が取れたような錯覚。

 いざ声に出してみれば何てことはない、今まで悩んでたのが馬鹿みたいだ。


「えっ?」


 少女が驚くのも無理はない。

 二度あることは三度あるというが、きっとこれを機に癖を直すだろう。


「お客様、お釣りが如何されましたでしょうか?」

「…………へ? お釣り?」

「はい。お会計が380円でしたので、120円のお釣りとなります」


 普通なら充分気付く筈の一言だったが、不運にも奇跡が起きていた。

 どうやら彼女は値札を示した俺の指と言葉を、握り締めていたお釣りの120円に対しての発言と受け取ってしまったらしい。

 最早アキトの奴が提案した『キミをテイクアウト』とかいう馬鹿みたいな台詞を口にするしかないのか……いやいや言ったら多分俺が死ぬ。死因は恥ずか死、もしくは羞恥死ん。


「!」


 しかしそんな絶望の最中、神は舞い降りる。

 普段なら縁もゆかりもない設置物を見た瞬間、俺は迷うことなく声を大にして応えた。




「募金でお願いしますっ!」

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