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第10話


 放課後になるまであの人から返事がくることはなく、誘われるのか。それとも誘われないのかという緊張から胃がずっとムカムカしていた。


 きっと誘ってくれるだろう、という気持ちでいるから。


 自分自身どうして誘われる前提でいるのかも分からないが、もし誘われなかったら相当なダメージを心に受けることになるというのに。相変わらず学習しなくて笑えてくる。



 ホームルームが終わり、校内のそこらかしこから歓喜の声や、この後の予定を話す声で一気に騒がしくなる。同時に私の鼓動も騒がしくなり、それに不快感を覚えて目をきつく閉じながら俯いた瞬間、前から私の名前を呼ぶ絵麻の声が聞こえてくる。


 声をかけられるのを待っていたというのに、いざ声をかけられたらドクンと心臓が跳ね、思わず目が泳ぐ。


 呼ばれたからには顔を上げるのは当然で。正直平静を装える自信は全くないがゆっくりと顔をあげて、少しでもいつもの自分らしさを出すために絵麻を見ながら首を傾げた。



「カラオケ行こう?」



 よかった。誘われた。

 安堵から思わず眉が下がって泣きそうになってしまった。


 最近は誘いも断り続けていたし、なによりあの人に[誘われたら行きます]と言ってしまったからには行く以外の選択肢が見つからない。



「うん、行く」


「やったー! 凪沙、ましろ行くって!」


「だから言ったじゃん。ましろは行くよって」


「だね。先輩たちもいるんだけど、いいよね?」


「うん」



 どうして私が行くって確信していたのだろう?

 色々考えてみようと目を伏せて頭を働かせるけど、あの人の姿が何故か浮かんでくる。


 もしかして、あの人がなにか言ってくれた?

 そうだとしたらお礼を言わないといけないんだけど、果たしてあの人が素直に「そうだよ」なんて言うわけがない。私はまた、罪悪感を抱きながら気づかなかったふりをしないといけないのだろうか。


 私は何度あの人に甘えればいいのだろう。もう、甘えてはいけない存在だというのに。


 鼻からゆっくりと息を吐き、二人のところに行こうと鞄を持ったら、天王寺玲青の時とは違う騒ぎ方をする人たちの声が教室の外から聞こえたことによって、肩に入っていた力が少しだけ抜けた気がした。


 あの彼よりもみんなから慕われている人たちから私は認知されていて、ほんの少し優遇されているところもあって優越感に浸る時もある。けれど、それ以上に気まずさや申し訳なさ、そして安心感を覚える方が多い。



「やっほー!」



特徴的な低い声が聞こえれば教室も廊下動揺に騒がしくなり、凪沙と絵麻もそちらに視線を向けたから私も同じようになって振り向く。教室に入って来た人物と目が合うなり、こちらに全力で手を振りながら近づいてくる。



「ましろちゃーん!」



 髪が明るくて、可愛い笑顔が特徴なこの人は、3年生の黒木くろき泰雅たいが先輩。

 ずっと私に良くしてくれている先輩の一人だ。



「こんにちは、黒木先輩」


「えー……また黒木先輩呼び? いつになったら泰雅先輩って可愛く呼んでくれるの?」


「……そのうち、ですかね」


「そこは泰雅先輩って言うところじゃん!」


「え。あ、ごめんなさい」


「別に謝らなくていいよ。本当、今日も可愛いね」



 学校一眉目秀麗な人に可愛いと言われて悪い気などするわけもない。悪意なんて一ミリも感じないから余計。素直に嬉しいと感じ、自然と口角が上がれば黒木先輩はいつものように優しく、そして可愛がるように頭を撫でてくれた。



 先輩も本物の人気者。

 誰もが羨む立場にそこらかしこから悲鳴にちかい声が聞こえてくる。


 その声たちを聞いて我に戻る私と、いつまでもニコニコと人を幸せにする笑顔を浮かべんている黒木先輩の後ろからもう一人の人物がひょこっと現れる。



「泰雅。みんな見てるから頭から手離しな」


「はーい」



 誰でも優しく包み込むような、少し高めの声の人物が私の前にやってくる。



「こんにちは、陽斗先輩」


「うん、こんにちは」



 くすのき陽斗はると先輩。

 この人も黒木先輩同様、本物の人気者。


 陽斗先輩も私に良くしてくれる一人で、この人こそが唯一頼ってもいいと思える存在。

 マメに連絡をしてくれたり、何かと私のことを気にかけてくれる優しさがあるからこそ、私は今も息することが出来ていると言っても過言ではないくらい、先輩の存在は私の中でとても大きい。



 この時期くらいから三年生は受験でピリピリしだす。みんながみんな神経質になるあの空気管は中学三年生の時に体験したが、決していいものではない。できればああいう雰囲気は二度と味わいたくはない。そんななか、この二人の先輩は推薦だったため、受験はもう関係ない。


 だから他の人と違って、こうやって私たちとカラオケに行ったり、あの彼と夜遅くまで遊び歩いている。


 いや、もう受験は関係ないと言ったが、関係なくはないか。

 12月の合格発表で全てが決まり、もし落ちていたら全てがやり直しなわけで。まぁ、二人から感じる焦りとかがないから手応えしかないんだろうし、私がいちいちそれに反応する方がおかしい。本人たちの問題なのだから。



「泰雅に変なことされてない?」


「ちょっと。俺がそんなことするような人間に見える?」


「見える。お前が一番危ないもん」


「ひど! ましろちゃん、なんか言ってやってよー」



 二人は私が思わず羨望の眼差しで見てしまう親友というもの。

 凪沙たちと同じようにお互いを貶し合うこともあるけど、凪沙たちと違って不快感など一切感じない。私が本当に求めている親友像がこの二人にあって、それによって私は親友というものに、代わりの利かない特別な何かにより執着し始めた。


 そんな先輩たちはよく周りを見ている大人な部分がある。それによく救われてきた。



 二人は私や周りの人が思っている以上に固い絆がある。仲が良いからこそよく喧嘩もするし、どっちも折れない性格だから周りはハラハラするけど、裏を返せば素直な人たちということ。だから次の人には元通りになっていることが当たり前。


 普通なら喧嘩をしたら仲直りするまで時間がかかるし、仲違いになって嫌い者同士になることが普通だけど、この二人は違う。必ずすぐに仲直りをして、今まで以上の絆が生まれる。それが本当にすごい。


 兄弟という言葉がよく合うけど、それよりも親友という言葉の方がより合っていて、羨ましいとは思うけど劣等感を抱くことはまずない。多分それは、二人の人柄が関係しているのだろう。



 二人に心が救われたことを思い出していると、トントンと肩を叩かれて振り向けば近い距離に陽斗先輩の顔があり、思わず後退ってしまった。



「もしかして、無理矢理誘われた?」



 私にしか聞こえない声で呟いた陽斗先輩を真っ直ぐ見つめながら首を横に振る。私の反応を見た先輩は口角を上げて「そっか」と呟いてから私の顔を見ないようにと一歩前に踏み出した。そんな先輩を引き留めるように、私は無意識に「あの」と声を出していた。


 当然ながら先輩は再びこちらを見る。何度も先輩とは目を合わせたことがあるというのに、人の目を見ることが苦手な私は思わず肩がビクリと跳ねてしまうほどの緊張が走ってしまう。


 陽斗先輩の目は、誰よりも優しい。だから安心する。でも、優しさで覆われている敏い部分がどうしても滲み出ている。何でも見透かすような目が少し怖かったりもする。だから私は、陽斗先輩とは2秒も目を合わせることが出来ない。



 優しさは全くないが、あの彼も陽斗先輩と同じような目をする。だから余計、彼とは関わりたくない。



「どうしたの?」


「……あの」


「うん?」


「もしかして、先輩が二人になにか……」



 ──言ってくれたんですか?

 そう言おうとした時に凪沙と声が被ってしまい、私は咄嗟に口を閉じた。



「玲青も行く?」



 なんで彼も誘うの?

 私が行く時はわざと彼を誘わないようにしてたんじゃなかったの?


 誰を誘うのも自由なはずなのに沢山の疑問が浮かび、理不尽に凪沙にも彼にも腹を立てていると、誰かの咳払いが耳に届く。それによって私はようやく彼に視線を向けた。



「泰雅くんたちも行くの?」


「うん。行くよー」


「そっか」



 コクコクと頷いてから私と目が合うなり、彼は何故か微笑んだ。不思議というか、不気味に思った私は、思わず彼から目を逸らしてしまった。先輩たちが近くにいるというのに。


 誤魔化すように髪を耳にかけ、反抗して中学の時に開けたピアスの穴に触れて目を伏せた。行かないと言ってくれと願いながら。



「じゃあ、僕も行く」



 どんな返事が返ってくるなんて大体予想はついていたというのに、いざその言葉を聞いたらどうしてここまで腹が立つのだろう? どうしてここまで胸が重くなるのだろう? どうしてこんなにも胸騒ぎを覚えるのだろう?


 嫌いではなく無関心になりたい。

 無関心になれば彼の行動や言葉にいちいち反応しなくてもよくなるし、腹を立てる必要もなくなる。


 一人くらいそういう奴がいても本物の人気者は何も困りやしないし、何かが変わることなんてないだろう。毎日のように溢れ返る愛の中心で生き続けてるんだから。



 そんな事を考えている私の横顔を、陽斗先輩が見ていたなんて私は気づきもしなかった。



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