鳥のさえずりや、何かの物音が聞こえたとかそういうわけではなく、自然と目が開いた。
視界に飛び込んできたのは見慣れた勉強机と、少し爪が伸びた自分の手。薄明りの中、もしかして自分は死んだのでは? そんな期待をしながら動かないと信じて手に力を入れて確認してみるが、当然死んでるわけがないから手が動いてしまう。
朝起きて、まだ自分が生きていることに絶望するところから今日も一日が始まる。
絶望をすれば、身体が一気に重くなる。手を動かすのも、口を動かすのも面倒。息をするもの、瞬きをするのも億劫。このまま窒息して死んでしまいたい──なんて思ってしまうほど、私の心は荒み切っている。でも世界は、それを許してはくれない。
あーあ……私が住んでいるところも安楽死が実施されればいいのに。と、今日も無駄な淡い期待をしてしまう。
はぁ、と溜め息をついてから再び目を閉じてみるけど、眠気は一向にやってこない。そうとなれば起きる以外の選択肢はなくて、でも今日はまだ横になっていたかったから、寝る前に見ていたサイトをまた見ることにした。自分に当てはまることばかりで決して気分が良くなるサイトではない。けれど、知っていて損はない。何事も知っておくことは大事だし。なんて自分に言い聞かせて全てを記憶するかのように集中して読んでいれば、あっという間に読み終わってしまった。
時間的にまだ一階に行くまでの時間はあるも、喉が渇いてしまった。
飲み物を取りに行くついでに顔を洗って歯も磨いてしまおう。
大きく息を吸い込み、一度にそれを全て出しきるかのように強く短い息を吐きながら体を起こし、ベッドから降りる。勉強机の上に置いてある鞄の中からお弁当箱を取り出して、足音を絶対に立てないように努力をしながら静かに一階へと向かった。
顔を洗い、歯を磨き終えれば、いつものようにキッチンに続くドアからキッチンへ入る。
外はそれなりに明るいとはいえ、時刻は6時前後。当然、誰も起きてはいないし、起きても来ない。その時間を使って、私はいつもお弁用箱を洗っている。夜よりも朝の方が絶対に誰とも会わないから。
いっそ、この時間帯にお弁当を作ってしまおうかとも考えたことがあったけど、匂いは早々消えてはくれない。換気扇なんてつけたら、すぐに私がここで何かをやっていたことが気づかれてしまう。だから、みんなが仕事や学校に行って暫く家に誰もいない状態の方が、私には都合がいい。
妹を送りに行っている母親が帰って来るまでには、匂いは必ず消えているから。
料理はもうこの世にいない祖母から教わった。いつから料理が出来るようになったのかはいまいち覚えていないけど、幼いながらも早くこの家から出たいと思っていたから、料理以外の生活力も色々と教えてもらっていた。
ここから遠い大学に行って、私は自由を手に入れたい。だから、大学生になるまではこの生活を我慢する必要が私にはあった。
まぁ、そこまで生きてるか分からないけど。
水気を切って、布巾で水を拭き取る。そしてまた、お弁当箱を持って二階へ上がる。
自分の部屋に戻ってきてベッドにではなく椅子に腰を下ろすと、息が漏れると同時に天を仰ぐ。
昨日は帰ってきてシャワーを浴びたらすぐ寝てしまったから、今すぐにでもテスト勉強をしないといけないのに全然やる気が出ない
「はぁ……」
口から数えきれない溜め息が漏れる。
体が、心が重い。日はいつにも増してそれを自覚する。
そして、今日はいつもより学校に行きたくない気持ちが大きい。
何故だろう?
脳裏に浮かぶ〝彼〟のせいだろうか?
昨日のあの姿を目の当たりにしてしまったから。自分と同じではないという自覚を改めてしてしまったからなのだろうか。
本当はちゃんと解っていたのに。同じではないって。だから劣等感を抱いているっていうのに、それを認めたくはなかった。
ただただ、彼に対する嫌いが募っていく。同時に込み上げてくる吐き気を飲み込んで、ごくりと咽喉を鳴らすと、ベッドの上に置いてあるスマートフォンの通知が鳴った。
椅子から立ち上がらずに必死になって手を伸ばしてスマートフォンを手に取る。明るくなっている画面を見れば、一番連絡を取り合っている人物からの[おはよう]というメッセージが届いていた。
こんな時間に送ってくるなんて珍しい。朝にメッセージが届く時は、私が電車に乗っている時なのに。そう思いながらも、私はそれを文字にはしなかった。
[おはようございます]と、それだけの返事をした。
他の人だったら凄く返事がしづらい返しだと思う。
でも、この人は違う。
この人は、とても優しい。何も求めていないふりが出来るから、きっといつもの私と片付けて違う話題を振ってくるだろう。
〝ピコン〟とすぐに通知が届いて、再び画面に視線を落とす。
[随分と早起きだね 今日は空が綺麗だよ ましろちゃんも見てごらん]
ほら。会話を続けようとしてくる。
そんな優しさに、今日も罪悪感が生まれる。
返信はせず、でもトーク画面は開いたまま、閉め切っているカーテンに視線を移す。カーテンはカーテンでも遮光カーテンを使っているため、晴れなのか曇りなのかすらも区別がつかない。
メッセージの相手が空が綺麗と言っているが、私にはその綺麗さが分からない。分かろうと努力をしても、きっと分からないだろう。空など、一度も興味を抱いたことがないから余計。
そんなことも分からないんだという悲しさが襲って胸が、心が痛みを覚えながら私は必死に返事を打った。
[本当だ。綺麗ですね]
そう返事をして、用がなくなったスマートフォンをベッドに投げた。
今日の天気は曇りだった。
画面の向こうでメッセージの相手が「今日は曇りなんだけどなぁ……」と呟いていたことなど、私は知る由もない。