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第3話



 電車に揺られながら、窓の外の景色が次々と変わっていくのを今日もぼーっと眺めていた。


 この速さだと、飛び込んだ人がぐちゃぐちゃになるもの当然だ。未だかつて人身事故に遭遇したことはないけれど、毎日のように人身事故はどこかで起きている。そう思う度、私の最期はどういう感じになるんだろう? と。最期は本当に走馬灯が見えるのだろうか? と疑問に思ってしまう。


 電車に乗って、意味もなく一瞬で流れていく景色を見ては毎回のように同じことを考えてしまう私は、死にたがりではない。もう、ただの異常者。


 そんな私のことをよく知りもしないくせに敬う人たちが大勢いる。



「あ、ましろちゃんだ……」


「お前、挨拶してこいよ。ちーっすって」


「そんなの無理に決まってんだろ! 嫌われるって」


「大丈夫だよ。あっちはお前の名前すら知らねえから」



 後ろの方からボソボソと私のことを話す声が今日も聞こえてくる。


 今日も始まってしまった。

 私が望み、そして望まれた私を演じるのが。



 名前が聞こえたら、私は微笑んで声が聞こえた方に振り向かなければいけない。


 幼い頃から笑みを浮かべることはダメなことだと教え込まれていた私には、微笑むことが未だに難しいところがある。けれど作り上げてしまった偽りの自分を演じるためにも、私は髪を耳にかけながら微笑んで後ろを振り向いてあげた。


 私の価値は顔だけ。

 顔だけが私の武器で、好かれるところ。


 それを私はきちんと理解しているつもり。



「おはようございます」


「お、おはよう……!」


「あ、うっす……」



 数秒前まで自分は興味ないみたいな態度をしていた奴すら、緊張気味に挨拶を返す。彼と同じような奴らは沢山いて、そして彼のように結局は震え声で挨拶を返すその事実が可愛いなぁって思う。


 その反面、結局お前も顔なんだって軽蔑をする。



 ただ微笑みながら振り向いて、挨拶をするだけ。それだけだというのに、嬉しそうにする人たちが電車を降りれば増えていく。


 芸能人でもないただの一般人に、どうして敬うことが出来るのか不思議で仕方がない。私は若菜ちゃんと違って顔だけで、決して口には出せないことを常日頃から思っているような人間だというのに。



「いつ見てもましろちゃんは綺麗だよな」


「高嶺の花なんだから当たり前だろ」



 ──高嶺の花

  これが学校で呼ばれているあだ名。


 だから私は、家を出た瞬間から両親や妹と同じように感情を表に出してはいけなかった。


 元々容姿だけは褒められることが多かったから更に身だしなみを整え、私を見た時に不快感を与えることはないように努力をし続けてきた。そうすれば、高嶺の花という名前をもらうのは意外と簡単だった記憶がある。



 これで私も若菜ちゃんと同じようにみんなから人間扱いを、誰かが私を必要としてくれるんだって思っていたのに、私はもっと無価値な人間になっていた。


 私が誰かの中心にいたいがために始めた事だけど、すぐに劣等感を抱いてしまうような人間が彼女のようになれないことなど分かり切っていた。それを自覚する度、また一つ心が軋む音が聞こえて、負の感情に流されそうになる。



 ただ真似をすればいいだけなのに。

 簡単なことなのに、それが私には出来ない。


 そのもどかしさに、自嘲の笑みがこぼれる。



 彼女は自分の意見をきちんと言いながらも、自分の意見を無理に押し付けてはこない。何でも受け入れてしまうような人でもない。きちんと嫌なものは嫌だと言える勇気も持ち合わせていた。それでも嫌われないのは、彼女の人柄。


 そんな彼女とはあまりにも正反対だったが、今更築き上げてきた自分を変えることは出来ない。


 本来の自分を少しでも出したら、勝手に幻滅して離れていくに違いない。私を見る目がきっと変わってしまう。そう思うと頭に浮かんだ言いたいことをグッと飲み込むことの繰り返して生きづらさを毎日のように感じるけど、変に価値のある人間になるくらいなら、今の無価値な人間でいる方が楽ではあった。


 なにより、家にいる時よりもよっぽど息がしやすい。



 あとは〝彼〟の存在がなければ完璧なんだけど。



 彼の存在を思い出しては眉間にしわが寄る。そんな眉間を隠すように指で触れれば、目的地の駅に到着していた。

 電車を降りて、改札を出て、出口へと向かう足をほんの少し速める。


 挨拶をしてくる人がいれば挨拶を返すし、目が合えば少し首を傾げて微笑む。それを教室の自分の席に座り、友人たちが来るまでそれを続けないといけない。


 微笑んでいる私をみんなが望んでいる。それを自分で作り上げたとはいえ、それが私の使命だから必死になってそれを続けてるけど、ずっと気を張っているわけだから当然疲れが出てくる。ようやく教室に着いて自分の席に座った瞬間に、口からふぅ……と無意識に短い息が漏れていた。


 授業で使う物と小説を机の中にしまい、貴重品が入った鞄をロッカーにしまいに行く。


 再び席に戻ってきたけど、まだ友人たちの姿は見えない。ポケットから出したスマートフォンで時間を確認する。いつもだったらあと5分後には教室に入ってくる。その前に私はGoogleを開いて、若菜ちゃんの遺書に書かれていた〝白い服 契約〟と入力して検索をかけてみた。



「あなたは選ばれし者です……?」



 一番上に出てきたサイトの見出しに〝あなたは選ばれし者です〟という文字が目に留まり、何故かひゅっと息を呑んだ。


 それだけではない。普通なら100万件とか、1000万件の中から検索がヒットするが、今回は1件しかヒットしなかった。


 明らかにおかしいし、見てはいけない。恐怖の中ちゃんとした判断が出来ていながらも、興味本位で恐る恐るだがそのサイトをタップしてしまった。



 真っ白な背景に、パソコンの初期からあるフォントで大きく〝あなたは選ばれし者です〟と表示されているだけだった。



 下にスクロールが出来るのかと思えば出来なくて、初めてホームページを作ることが出来た人が消すのを忘れたみたいなサイトに、先程まで恐怖を覚えていたことが馬鹿馬鹿しく思えた。


 画面を左端から中央に向かってスワイプをし、変わらないと分かっていながらも、もう一度検索をかけてみるが、やっぱりこのサイトしかヒットしない。不気味だなと思いながらも、私は一応そのサイトをお気に入り登録をしておいた。お気に入りに登録する必要なんてどこにもないけど、何となく一応。


 若菜ちゃんの遺書といい、このサイトといい、なんだか胸騒ぎがする。この胸騒ぎが当たらないことを願いながらスマートフォンを強く握りしめた時、手元に影が落ちる。



「なーに見てるの?」



 頭上から声が聞こえて顔を上げると、友人の凪沙と絵麻と目が合う。私はニコッと笑みを浮かべながら、慌てることなく平静を装いながら電源ボタンを押して画面の明かりを消した。



「おはよう」


「おはよう。それで、何見てたの?」


「タイガーブレッドを作りたいなぁって思って見てたの」


「なにそれー?」


「パンだよ」


「美味しいんだよ。でも、キッチン使っちゃダメって言われるだろうから……」



 分かりやすく目を伏せれば、凪沙が目の前の席に座って私の頭を撫でだした。



「今日も可愛いね」


「慰めてくれるのかと思った」


「慰めてるつもりだけど」


「あはは。慰めてくれてありがとう」



 きっと傍から見れば、ただの褒め言葉にしかきこえないだろう。

 でも私は、今日も素直にそれを嬉しいとは思えなかった。



「ましろ見て! 今日もましろを一目見ようと廊下にみんな集まってるよ」



 私たちの会話に入りたかったのか、絵麻は後ろから私に抱きついてきて廊下を指差した。


 絵麻は言ってしまえば、妹みたいな性格をしている。自分の感情のまま話す子。でも妹とは違う。妹と大きく違うところと言えば、そこに高確率で悪意が含まれているところだろう。


 今回はそういう悪意的なものを感じることはなかったが、反応してしまうと私は廊下に視線を向けなくちゃいけなくて。面倒なんだから余計なことをするな、という気持ちたちはグッと堪えなくてはいけない。ぎこちなく見えないような笑みを浮かべながら廊下に視線を向ければ、私の顔だけを見に来る人たちがちらほらいた。中には茶化すような人たちもいるけれど、電車で会ったあの彼にしたように嫌な顔をせず微笑んでやれば気まずさが生まれるのだろう。苦笑いをしながら足早に自分の教室へと戻って行った。それを毎日、一日に何十回と起これば当然腹が立つけど、それらは私からしたら可愛いもんだった。


 私を道具としか思っていない友人らと、自分より明らかに下だと見下されているあいつに比べたら。


 友人と呼んでいるが、そう呼んでいるたり思っているのはきっと私だけ。

 二人にとって友人なんて形だけで、私の存在は上に立つための道具にしかすぎない。


 きちんと頭では理解をしていても、容姿だけで存在価値を決められているこの感じが昔から苦手だった。でも〝それでしか〟私はこの世界では生きていけないから、この問題だけは死ぬまでずっと我慢しないといけない。地獄だけど。



「あ、キーホルダー汚れてる」



 スカートのポケットからハンカチを取り出して、絵麻の鞄についているキーホルダーを拭いた。



「ましろのハンカチが汚れちゃうよ?」


「気にしないで」


「ましろって本当優しいよね。大好き!」


「ありがとう」



 本当は汚れていなかった。

 嫌な思考から逃げたくて、咄嗟に嘘をついてその行動に出た。


 Emaとアルファベットシールが貼られているハートのキーホルダーは、私と凪沙とお揃いの物。クリスマスプレゼントとして凪沙が去年くれた物で、オーダーメイドで作ってもらったと言っていたからきっと高かっただろう。


 このキーホルダー自体は可愛い。これを貰えたことも素直に嬉しかった。けれど、このキーホルダーは私にとって呪いでしかない。



「ましろ、そんなことしなくていいんだよ」


「ダメだよ。凪沙が私たちにプレゼントしてくれた大切な物なんだから」


「ティッシュで拭けばいいんだよ。わざわざハンカチなんか使わなくても」


「ましろの優しさを否定しないでよ! 本当、凪沙ってそういう優しさがないよね」


「毎日登校時間を合わせてあげてる私には、優しさがないって?」


「嘘嘘! 嘘に決まってんじゃん! 凪沙が世界で一番優しいよ」



 友人たちの会話を聞きながら、口角が徐々に元に戻っていくのが分かる。

 いつも楽しそうで羨ましい。笑って、怒って、また笑って。もうすぐテストだってあるというのに、テスト勉強もせずに遊び歩いていて。今日もどうせ親からお小遣いの催促をしたであろう友人たちに劣等感を抱いていた。


 私はこんな性格だから、毎日のように劣等感を抱いている。

 この二人には勿論、私を敬う人たちにも、先生にも、街で見る知らない人にも、妹にも常に劣等感を抱きながら生きている。


 自分の立場というものは理解しているんだし、何もかも諦めてしまえば楽になるというのにそれが出来ない。

 出来ない理由も、私はちゃんと理解している。



 私が今、妹よりも劣等感を抱いている人物のせいだということを。



「そろそろ鞄置いてきたら? ショートホームルーム始まっちゃうよ?」



 私の言葉に被せるようにガラッと教室のドアが開き、一気に騒がしくなる教室。

 そして一瞬にして胸が重くなる。



「あ、もう一人の人気者の登場だー」



 そんなこと言われなくても、ドアの方を見なくても教室が一瞬にして騒がしくなる理由なんて嫌でも分かる。


 ただ歩いているだけで注目され、彼の話題になるとみんなして耳を傾ける。クラスの、そして学校の中心的存在の一人である天王寺てんのうじ玲青れおが入って来た、と。



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