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10月31日 ハッピー×ハロウィーン

 ハッピーハロウィーンと街が賑わうのは東京くらいのもの。

 地方都市は、閑散とした商店街のコンビニとかの一角に、やたらオレンジと紫のコーナーが設営されるくらいのものだ。

 それでも花の女子高生にとってはバレンタインとホワイトデーに継ぐ合法的にお菓子を食べられる日(別にそれ以外が違法ってわけでもないけど)なので、校内自体は思いのほか賑わっていたりする。


 とは言っても、流石にコスプレ祭りにはならない。

 気合が入ってる人は、校則上唯一オシャレが許されてるカーディガンとか、あとは怒られるつもりでタイツやストッキングをカラフルなハロウィン仕様にしてきたりするけど、校内じゃそれが精一杯だ。

 物足りない人たちは放課後に海外ブランドのお菓子が売ってる輸入雑貨店に寄ってから、カラオケなりで欲望の限りを満たすことだろう。


 私も、先のバレンタイン&ホワイトデーの例に漏れず、みんなで摘まめるお得パックのお菓子を一袋用意して、机の上に「好きに持ってってー」と言わんばかりに広げておく。

 するとクラスメイトがそこからひとつ持ち去って、代わりに自分の持ってきたお菓子をひとつ置いていく。

 あっという間に机の上はハロウィンパーティーだ。

 しばらくおやつには困らないね。


「相変わらず大盛況ですね」


 心炉が私の机の惨状を見ながらため息交じりに呟く。


「心炉も貰っとく? 今回は余分に準備してあるから」


 言いながら、私はぼんやりとホワイトデーのことを思い出していた。

 あの時はお返し貰えるなんて思ってなくって、なんにも用意してなかったけど、今回は大丈夫。

 というかクラスメイトだから、初めから勘定に入ってるし。


「じゃあ、一個だけもらって……私からもこれをどうぞ」


 心炉がくれたのは、一本のドリンクスティックだった。

 お湯に溶かすだけのカフェオレとか、そう言う系のやつ。


「パンプキンチャイです。お湯で溶かしても良いですし、ミルクに溶かすともっと美味しいですよ。お好みで追いシナモンをしても――」

「普通のご家庭にはシナモンパウダーは無いと思うよ」

「え……カレーとか作る時に入れません?」

「むしろ入れるの? シナモン?」


 それはずいぶん本格的なカレーじゃないか。

 ウチは家族揃って市販のカレールウを信じているから、カレーパウダーのちょい足しすら邪道だと思ってるよ。


 でもスパイスから作るカレーって言うのも美味しそう。

 そのうち、余裕ができたらチャレンジしてみるのもいいかもしれない。

 きっと、最終的には「やっぱりルウがコスパが良いな」ってなる気がするけど。


 そんなこんなで、一日お菓子を配ったり貰ったり、貰ったり配ったり。

 お徳用袋がわらしべアソートセットになるころには、すっかり放課後になってしまっていた。

 授業の合間にちょこちょこ摘まんでみたりしたけれど、流石に食べきるようなことはない。

 こんだけ集まったし、今日の放課後勉強会のアテにしても良いかな。

 空気に流されてハロウィンをやってはいるけど、正直この着色料ガッツリな見た目のお菓子ってちょっと苦手だ。

 カボチャとか紫芋とかの自然の色味とかならまだいいんだけど……関係ないけどお芋系のフレーバーのアイスって、まんまお芋食べてる感あって美味しいよね。

 もったりした粉っぽさまで再現してるタイプのとかレベルが高い。


「……今日、なんか集まり悪いね?」


 思わずつぶやいてしまったのは、勉強を始めて一時間くらいが経った時。

 今日は心炉も参加できる日だからと、放課後になり次第教室で机をくっつけて先んじて自習を始めていたのだけど、アヤセもユリもなかなか顔を出さなかった。


「別に部活というわけでもないんですから、そう言う日もありますよ」

「そうだけど、特に連絡もないしさ」


 そうやって連絡があるものだって思いこんでるのも、独りよがりな考えなのかもしれない。

 時間があったら集まろうっていう程度のライトな場だし、参加に義務も強制力もない。


 ただ、私と心炉のふたりだけだとひたすら黙々と自習をするだけで事足りるので、これってわざわざ集まらなくても良いんじゃ……なんて元も子もないことを考えてしまう。

 だって静かだから、余計なことを考える余裕ができてしまうってもんだ。


「よーっす、やってる?」


 とか言ってたら、馴染みの個人居酒屋にでも入るようなノリでアヤセが教室に入って来た。

 彼女は、私たちの返事も待たずに近寄って来ると、流れるように近くの机を動かして島にくっつける。


「部活の打ち合わせが長引いちまってよ。なんか後輩の書展用作品の講評みたいなのする流れになって」

「まだ部活やってるんですか?」

「まーな。たぶん自由登校まで現役」

「自由登校っていつからだっけ?」

「確か、共通テストが終わった一週間後からですよ」


 自由登校ね……たぶん、なんやかんやで学校には来るんだろうけど。

 二次試験に向けて、より勉強をしなきゃいけない時期だし、同じくらい勉強を見てやらなきゃならないヤツもいる。


「そう言えばアヤセ、ユリは?」


 同じクラスの奴が来たってことで、今だ顔を出さないヤツの名前をあげてみる。

 するとアヤセは、ぽかんとした様子で私を見つめた。


「あれ、てっきり聞いてると思ってたわ」

「何が?」

「あいつ、今日、午後イチで早退したけど」

「早退?」


 思わず耳を疑った。

 ユリが早退だって?

 あの子供は風の子を絵に描いたようなユリが?


 ああ、いや、病気だって決めつけるのは早計か。

 私もついこの間、早退したいくらいに重いのを喰らったところだったし……。


「なに? 体調悪かったの?」

「いや、よーわからん。少なくとも帰る時までずっとピンピンしてたけど」


 余計に分からなくなってしまった。

 いったい何だっていうんだ……というか、確かに連絡すらないってのは妙だね。

 自惚れだけど、こういう時は真っ先に私のとこに連絡ありそうなものなのに。


「心配ですね。連絡してみたほうが良いんじゃないですか?」

「してみたほうがって、心炉はしないの?」

「体調悪いなら、複数名から五月雨に連絡来たら逆に迷惑じゃないですか」


 まあ、それもそうだね。


「そういうわけで、ここはユリさん係の星さんにお願いします」

「ユリ係……」


 まあ、そう言う認識だよね。

 傍らを見ると、アヤセが後方彼氏面で穏やかな笑顔を浮かべていた。

 それを望んだのは私だけど、されたらされたで普通にムカつくな。

 あちらを立てればこちらが立たず。

 とはいえ心配は心配だし、言われなくてもメッセージは送るつもりだった。


――早退したって聞いたけどどうした?


 変に心配アピールするより、こんくらい雑な方が良いだろう。

 送信してからしばらくトーク画面を見つめていたけど、すぐに既読がつくことはなかった。

 もしかして、ほんとにぶっ倒れて寝込んでるのかな。

 今の時代、便りが無いのは元気の証なんていうのは古い考えだ。


「連絡、ありました?」


 心炉も素直に心配しているようで、私の表情をちらりと覗き込んでくる。

 私はスマホが画面スリープになったのをきっかけに、そのままセーラーのポケットにしまった。


「わかんない。何してんだろあいつ」

「大事になってないと良いんだけどな」


 病気でダウンしているところが想像つかないだけに、ホントにそうならと私も心配だけが募っていた。


 結局、連絡のないまま勉強会はお開きになって、それぞれ帰路につく。

 まだ返事がないようなら、帰りに家に寄ってくか――なんて思ってスマホを引っ張り出したら、通知が一件入っていた。

 今まで気づかなかったけどユリからだった。

 慌てて開くと、短い無機質なメッセージが、トークルームにぽつんと浮かび上がる。


――お父さん入院した。


「……は?」


 画面を見つめたまま動けなくなってしまったのは、驚きと、心配と、そのほか色んな感情や考えがごちゃまぜになって、頭がパンクしてしまったからだった。

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