目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

10月4日 私の親友

 昨日の夜にメッセで軽くアクションをかけたところ、アヤセからは部活の前にちょっとだけ話をする時間を作って貰えた。

 書道部は今週末に書道パフォーマンスの地区大会を控えているそうで、なんだかんだで今は忙しい時期のようだ。

 それでも時間を取ってくれたことをありがたく思う一方で、クラスが別々なのはこういう時に不便だよな……と、改めて教室の隔たりみたいなものを感じてしまった。


「要するに、歌尾のために一計講じようってことだろ?」

「まあ、そうなるね」

「すげー、ストレートな意見だけど、なんか回りくどいことしてんなあ」


 それは私も思う。

 でも、まっすぐな方法で解決できるんなら、春の時点でとっくにすべて丸く収まっているはずだ。

 あの時に宍戸さんは、音楽をやりたいと言った。

 きっと、彼女自身もいろいろ手を尽くして来ただろう。

 私たちが宍戸家にお邪魔した時に、歌尾ママと一緒に練習をしていたように。


 でも、それじゃダメだったからこその一計。

 回りくどいかもしれないけど、そうするしか今は考えられなかった。


「でもいいんじゃね? 復活の舞台を用意してもらえるっていうのは、アーティストにとってはありがたいことだと思うし」

「そう言って貰えるなら良かった」

「これ、ガルバデのメンバーはみんなに話したん?」

「いや、とりあえずアヤセだけ。ユリはホントに勉強に集中しなきゃヤバいし、心炉は私と同じで難関大希望だから、あまり負担掛けたくないし」

「それ、また発足当時の狩谷会長になってね?」


 ズビシと鼻先を指さされて、私は思わずより目になって見てしまう。

 それってどれのことだ。


「人は頼れっつっただろー。また何でも自分で決めて解決しようとすんだからさ」

「え……そうかな。そう見える?」


 今回、いろんな人に頼りまくりだと思うんだけど。

 むしろ私はなんにもできることなんてなくって、後方カレシ面するのが精一杯なのはむしろどうなんだって、そんな気持ちでいたくらいだし。


「やれるかどうか、やりたいかどうかを決めるのは私らだろ。それを話も知らなきゃ、判断することすらできないし……あとやっぱ、言って貰えないって寂しいじゃんか」

「いろいろデリケートな話っぽいし、星が慎重なのはよく分かるが」


 そう言ってアヤセは、腕を組んで考え込む。


「あんまり大勢で応援したり関わったりすると、そいつらに迷惑かけるんじゃないかって縮こまっちゃったりするもんな。歌尾とかまさしくそういうタイプだろうし」

「だからアヤセの言う〝慎重〟なんだと思う」

「なら、協力するのは少なくとも歌尾の顔見知りの連中だけのが良いだろうな。そういう意味だとガルバデのメンバーと、まあスワンちゃんも、悪くないと思う」

「けど、みんな今忙しい時期じゃない。アヤセだって大会があって、その後すぐに入試でしょ?」

「まあな。ちなみに私、入試本番は来週末で、その次の週にもう発表だ。正直、気が気でない」

「うわ、そんな時にごめん」

「いいってことよ。むしろそこで決まってくれたら、月末以降は晴れてフリー」


 アヤセは、ひらひらと両手を振る。


「つうわけで良いよ。コンサート手伝っちゃる。ドラムで良いん?」

「良いの? ホントに?」

「仮に落ちて一般入試までもつれ込んでも、どうせ私立専願の二~三科目勝負だから余裕はあるしな」


 大したことないように笑う彼女が、めちゃくちゃカッコいい存在みたいに見えて、私は思わずぎゅっと抱きしめてしまった。

 信頼と勢いのハグ。


「サンキュ、アヤセ」

「報酬はこれで前払いってことで」


 アヤセも冗談めかして言いながら、バシバシと背中を叩き返してくれた。

 やがてどちらからともなく離れて、私はふと気になった疑念を口にする。


「ユリや心炉にも相談した方がいいかな」

「うーむ」


 アヤセもちょっと悩んだ様子で、しかめっ面を浮かべて虚空を見上げる。

 しばらくそうしてから、にへらと笑って私のことを見つめ返した。


「しない方が良い、って思ったんならそれでいいんじゃね?」

「でも、さっきは頼れってさ」

「気を遣って頼らないのと、頼らない方が良いと決めたのとじゃ違うだろ」

「そうかな?」


 いまいち違いが分からないけど……覚悟の違いってやつ?

 消極的な判断じゃなくて、積極的な判断としてってことなのかもしれない。

 積極的に頼らないことを決めた。

 なるほど、確かに気分的にはちょっと違う気がする。

 それがプラスかマイナスかは、私の判断力次第ってわけだ。


「それにさ。それでも私のことは頼ってくれたって、なんか嬉しいいじゃん」

「それはまあ、アヤセなら推薦があるし年末が暇な可能性あったから」

「恋人ができてクリスマスは埋まってるかもとか、そういうことは考えないんかい」

「その心配だけは微塵もなかった」

「なんでだよ!」


 ツッコミと共に、頭を小突かれてしまった。

 そうだった。

 ユリがいないでふたりのときは、私がボケでアヤセがツッコミなんだっけ。

 不本意だし認めないけど。


 なんか重荷に思っていたものが、すっと軽くなったような気がした。

 協力してもらえたからというよりも、単純に彼女に話を聞いてもらえたからってだけのことかもしれない。

 そんな親友に隠してしまっている一番の秘密――ユリへの想いは、このままずっと言えないままなのかもしれないけれど。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?