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10月3日 三銃士…?

「クリスマスコンサート」


 言葉の響きを確かめるように須和さんが呟いた。

 音楽室の奥にある個人練習室は、相変わらずの気密性だ。

 私と穂波ちゃん、そして須和さんと人が三人も集まればずいぶん狭くも感じられる。


「知ってる?」


 尋ねる私に、須和さんは静かに頷く。


「吹奏楽部も出る」

「そうなんだ」


 そりゃそうか。

 地元の音楽祭的なイベントに、ウチの吹奏楽部が参加しないわけがない。


「それで、楽器も決まってないんですけが。ふたりなら何が良いと思いますか?」

「定番はピアノ」

「ピアノ……」


 穂波ちゃんが、練習室の傍らに置かれた縦型のピアノを見る。

 穂波ちゃんがあの前に座って鍵盤を叩く姿は、想像できるようなできないような。

 想像できたとして、コンサートというよりは発表会感があるなと思ったのは黙っておこう。


「でもふたりじゃないから」

「え?」


 穂波ちゃんが、そして私も、きょとんとして首をかしげる。


「サックスとトランペットがいるなら、トロンボーンもいい」

「トランペットって、もしかしてスワンちゃんも出る気?」


 須和さんは、さも当然のことのように頷いた。


「約束した」

「そりゃそうだけど、この時期にそこまでしてもらわなくても……てか、それなら吹奏楽部で出るんじゃないの?」

「吹奏楽部はもう引退した」

「ああ、そう」


 じゃあ、我が物顔でこの練習室を占領してしまっていていいんだろうか。

 別に学校内の施設だし、吹奏楽部しか使っちゃいけないってこともないんだろうけど。


「トロンボーンって、長い鼻みたいなのを伸ばしたりひっこめたりするやつですか?」

「ジャズの定番」

「ジャズ……なんかカッコいいです」


 そう、眩しそうに語る穂波ちゃんは、その実あんまりよく分かってなさそうだった。

 須和さんの視線が、ふと私へと流れる。


「私がピアノをやる手もある」

「そう言って、なんで私を見るの?」

「ドラムやベースもジャズに厚みを持たせる立役者」

「……やれないよ?」

「残念」


 まったく残念じゃなさそうに彼女は答えた。

 やっぱり、私も巻き込もうとしていたようだ。


「学園祭の演奏」

「ああ……聞いてたんだ?」

「良かったから」

「良かったですね」


 須和さんにつられるように、穂波ちゃんも頷く。

 そんな眼差しを向けられても、無理なものは無理ってもんだ。

 年末の、共通テストまであと一ヶ月を切っている追い込みの時期に向けて、コンサートの練習も並行でやるなんて……そもそも学園祭の二曲ですら、ひーこら言いながらなんとかやり遂げたっていうのに。


 それを言ったら須和さんだって同じじゃないかっても思うけど、私よりも安定して学年上位をキープし続ける彼女と同列に語るっていうのも、微妙にはばかられるものだ。


「その口ぶりだと、ガルバデみんな欲しいみたいじゃん」

「サックス、トランペット、トロンボーン、ギター、ベース、キーボード、ドラム――全部揃ってたら立派なジャズアンサンブル」

「確かに、スウィングガールズとかそんな感じだったのは知ってるけど……」


 本音を言えば、私なんかの参加で励みになるなら、いくらでも協力したい。

 そりゃ、ガルバデはどうにか成功させたとは言え、音楽なんてやっぱり自信はないし。

 力を貸すどころか足を引っ張るんじゃないかって心配もある。


 だけどそれ以上に、受験っていう大きな山場を前にして、他のことに時間を取られてる余裕なんてホントはないんじゃないかって――そういう自制心みたいなものが一番に働いてしまう。


「星先輩も人生が掛ってるんですから無理はしないでください。その分、私が頑張ります」


 穂波ちゃんは、天野さんに最初に相談した時と同じ意気込みで、力むように拳を握りしめた。

 人生がかかっているというのは、誇張でもなんでもない、その通りのことだと思う。

 だからこの判断は間違ってないはずなのに、モヤモヤしてしまうのは何でだろう。


「ごめんね。本当に応援しかできなくて」


 正しいのに言い訳みたいに聞こえてしまうのは、私自身が言い訳なんだと感じてしまっているからだろう。

 結局は口だけなのかっていう、どこか情けない気持ち。

 コンサートと受験と、どっちを「できない」言い訳に使っているのか、自分でも分からなくなってくる。


「あ……でも、歌尾さんを誘うのだけ、手伝って欲しいです」

「それはもちろん。あと、スワンちゃんにも手伝って欲しいんだけど」

「無理」


 まさかの即答。

 須和さんは、もう一度確かめるように首を横に振って答える。


「説得は向いてない」

「そっちの無理ってことね」


 びっくりした……大丈夫。申し訳ないけど、その点に関しては最初からあてにはしていない。

 春のあれも目の当たりにしているし。


「ちょっとショック療法的なところもあるかもしれないけど……」


 ぶっちゃけ出たとこ勝負なんだけど、私たちだけで向き合うよりも、説得力が全然違う。

 なんならそこに居てくれるだけでいい。

 彼女の存在感からすれば、むしろ言葉を発しない方が有利まであるものだ。


「いつ?」


 尋ねる須和さんに、私はちょとだけ考える。


「明日って言いたいところだけど、ちょっとだけ待ってもらえる?」

「いいよ」

「星先輩、何かあるんですか?」

「何かあるっていうより……まあ、一応声はかけてみようかなと思って」


 私は無理でも、他のガルバデのメンバーならどうだろうか。

 心炉は似たようなもんだと思うし、ユリもコンサートなんて言ってないで勉強させなきゃいけないけど、例えばアヤセとか。

 推薦狙う彼女なら、年末は案外時間があるんじゃない?


 頼るからには宍戸さんのこともある程度話さなきゃいけないけど、アヤセなら口は堅いだろうし……そういう意味でも、こういう時になんだかんだ頼れるのあいつなんだよなって、そんな思いもこみ上げる。


 今日、帰ったらざっくりメッセで送ってみて、それから明日もう一度詳細を話してみよう。

 どんな反応をされるのか、たぶん二つに一つだと思うけど。

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