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10月2日 はしっこアンサンブル

 今日は久しぶりに元バイト先を訪れていた。

 目的は穂波ちゃんと一緒に天野さんに会うこと――だったのだけど、あいにく彼女は今日、中番でガッツリシフトが入っていたので、その休憩時間に打ち合わせをという話になった。


「休憩時間にまで、すみません」


 本来、天野さんにはそこまでする義理はないはずなのだけど、ここまで力を貸して貰ってしまっては、謝罪とお礼くらいはしないといけないなと思う。

 彼女は「気にしてないよ」と言いたげに首を振って、自分のスマホを私たちに差し出した。


「いろんな筋を当たって情報集めてみたんだけど、これ、良いんじゃないかなと思って」


 そう語る彼女が見せてくれたのは『商店街クリスマスコンサート』と銘打たれたイベントのWEB募集サイトだった。


「商店街に、ちょっと大きめの楽器屋さんあるの分かるかな?」

「ああ……私は分かりますけど。穂波ちゃん、分かる?」

「見たことあるようなないような、です」

「タイル張りのちょっとした広場があってね。そのすぐ隣にあるんだけど」

「なるほど。なんとなく分かりました」


 商店街の中ではちょっと目立つ立地だから、通りがかりに目に付いたことくらいはあるだろう。

 もちろん店自体に用事はないけれど、通りに面したガラス張りのショーウインドウの中にピカピカの楽器が並んでいるのが見えるので、楽器店というやつは比較的記憶には残りやすい。


「企画運営はその楽器屋さんなんだけどね。商店街のイベントだから、市民なら誰でも出演OK。一応、軽い選考はあるみたいだけど、応募して落ちたって話は聞かないかな」

「なるほど」


 穂波ちゃんは、天野さんの話を聞きながら、画面に表示された参加要項をつらつらと眺めていた。

 私も横から覗き込むように見ていたけれど、開催日のところでふと目が止まった。


「二十四日……クリスマスのドンピシャリなんですね?」

「クリスマスが平日の時は、その前の土日辺りで開催されることが多いんだけどね」

「そっか。今年は二十四、二十五って、バッチリ土日なんだ……」


 つい昨日、クリスマスの話をしたばっかりだっていうのに、肝心の日程を見落としていたなんて。

 例年、その辺りはとっくに冬休みに入っているから、学校は休みなんだろうなっていう感覚はあったのだけど。

 微妙にコメントに困っている私の心中を察してか、天野さんはくすっと小さく笑った。


「日程が日程だから、もし誰かと過ごす予定が既にあるなら、また別の良さそうなイベントを探してくるよ」

「私は大丈夫です。確か、部活も終業式と一緒に稽古納めだったと思うので。歌尾さんの予定は聞いてみないとですが……」

「宍戸さんも、そういう予定はないと思うよ。毎年家族と過ごすことにしてるんですっていうなら別だけど」


 宍戸さんの想いを知ってるからこそ、今のところ予定はないと言い切れる。

 もっと言えば、ユリの予定を私が先に奪ってしまったから、これから生えるなんてこともないだろう。

 そう考えると、なんだか大人げないことをした気分になってしまった。

 恋愛にフェアプレーなんてないものだろうけど、微妙にしこりはのこる。もともと開催がいつだろうと、私は応援に行くつもりではいたけど。

 ちょうどクリスマスに重なったっていうなら、ユリを連れて陣中見舞いにいくのもありかもしれない。


「コンサートが決まったのは一歩前進だけど、一番の問題は宍戸さんが参加するモチベを与えることだよね」


 そして、それが一番難しい。


「とりあえず今夜にでもさっそく、コンクールに出てみたいって話はしようかと思ってますけど」

「ううん……今日は、ちょっとだけ待ってもらっていいかな?」


 早いところ動き出したくてうずうずしている穂波ちゃんには悪いけど、もうひとりだけ先に相談しておきたい相手がいる。


「スワンちゃん――須和さんにも、先に話だけしておきたいんだ」

「あ、そうですよね。力を貸して貰えるんですよね」


 名前を出したら、穂波ちゃんも納得した様子で、はやる気持ちを抑え込んでくれた。


「須和さんっていうのが、例の吹奏楽部の?」

「はい。トランペットパートのべらぼうに上手い子です」

「ああ、あの綺麗な子だね。学園祭の公演聞いたよ」


 ちょっと前の記憶を懐かしむように、天野さんは頷いた。

 私たちのバンドの公演だけじゃなくって、そっちも聞いてくれていたのは驚きだったけど。

 改めて考えてみたら、学園祭に足を運んでくれた彼女が、南高校吹奏楽部の公演を逃すわけはないよなと納得する。


「個人的な興味で会ってみたいね」

「はあ。まあ、知り合いがそんな事言ってたよって伝えることくらいはできますが」

「ほんと? それはぜひぜひ――っと」


 天野さんは腕時計の時間を確認すると、やや慌てた様子でスマホをしまった。


「そろそろ戻らないと。ごめんね、中途半端な時間しかとれなくて」

「いえ、こちらこそありがとうございました」

「ありがとうございました」


 穂波ちゃんとふたりで頭を下げて、バックヤードに戻って行く天野さんを見送った。

 残された私たちは、とりあえず飲み物がなくなるまでこのままゆっくりしていくことにした。


「ところで穂波ちゃん、楽器は何やりたいとか決めてるの?」


 私の問いに、穂波ちゃんは目を丸くして、まるで「盲点だった」とでも言いたげに口をぽっかり空けた。

 それだけでバッチリ伝わったので、私は苦笑しながら視線を外した。


「それも須和さんに相談してみようか。素人が変な知恵絞るより、専門家に聞いた方が良さそう」

「そうですね。でも……」


 そう言って、穂波ちゃんは記憶を掘り起こすように宙を見上げる。


「金ぴかの金管楽器はカッコいいと思います」


 たぶん冗談じゃなくって、本気の素人の憧れとしてそう言ったんだろう。

 でも、ひとが音楽を始める理由なんて、案外そんなもんなのかもしれないなって、キラキラする彼女の目を見ながら思ったものだった。

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