二学期の中間テストが近づいてきて、校内はまた浮ついたような、ピリピリしたような、独特の空気を纏う。
もっともそれは下級生に限ってのことで、三年生の教室に関しては、あまり変わった様子はない。
とっくに教科書の範囲なんで終わってしまっているし、今回のテストも各担当教員お手製の模試のようなものだ。
多少ピリついているようにも感じるのは、受験に向けた単純なボルテージの高まりであって、まだ膨らみかけの風船でしかない。
それはそれとして、今日はひとつ大事な用があって生徒会室を訪れていた。
会長選挙の結果を受けて、新生徒会が本格的に始動する前に、最後の引継ぎが行われる。
「副会長は美羽。書記はこちらの能登洋子さんにお願いします」
銀条さんの紹介と共に、傍らに座った二年生の子が会釈する。
私も会釈を返すと、銀条さんのもとへ視線を戻した。
「私たちから反対することはないので、あとは総会で生徒からの承認を求めてください」
「分かりました。総会の進行としては、会長就任挨拶の後に役員の承認、その後に役員所信表明で問題ないですね?」
「例年その進行ですので問題ありません。生徒会のPCに昨年の資料類をまとめたファイルがありますので、参考にしてください」
心炉が鍵付き書架に収められたノートPCを見る。
書架の鍵も既に先代役員の手を離れて、今は新会長の預かりとなっている。
「ありがとうございます。助かります」
「役員は現行のメンバーで行くの?」
「そうですね。当面はこのメンバーで行い、新年度に改めて募る予定です」
私の問いかけに、銀条さんは現行メンバーを見渡しながら答えた。
穂波ちゃんや宍戸さんも加入時期が早かったぶん、今では生徒会の仕事にもすっかり慣れてくれたし、役員として板にもついた。
仕事ぶりに関してそこまで心配するようなことはない。
ただ私が今の二年生たちに無理を言って役員に入ってもらったのもこの時期だったので、増員を考えるなら今がチャンスだよっていう、それだけの確認だ。
「イベントとして大きなものも十一月の創立祭と、二月の冬のクラスマッチくらいなので、問題はないと考えています」
「なら、いいんだ」
ちょっと老婆心が過ぎたかな。
でも、あっちも気を悪くしたわけではなさそうだ。
それからいくつかのちょっとした項目を確認して、引継ぎは無事に終了した。
基本的には、会期中は一から十までその生徒会の思う通りにやっていい。
だから引き継ぐことなんてそもそもないのだけれど、取っ掛かりというか、最初の総会の進め方くらい経験則でレクチャーするのがせめてもの置き土産というわけだ。
「それじゃあ、私は部活があるのでこれで」
新書記(暫定)の能登さんは、敬礼するように挨拶をして真っ先に部屋を出て行ってしまった。
「彼女も弓道部?」
「いえいえ、彼女は登山部です。次の連休に、新人戦に向けた合宿があるそうで、準備がいろいろと」
金谷さんの説明に、私はなるほどと頷き返す。
登山部の大会って何を競うんだろう。
登る速さとか?
そう言えばウチの担任が登山部顧問だったな、なんてことを思い出すけど、わざわざ聞きに行くほど興味がある話題でもない。
「部内でも記録係をしてるので適役だと思って。それとも何か気になりますか?」
「そんなことないよ。むしろ切り替え上手そうだから、生徒会向きだと思う」
「なら良かった!」
ホッとした様子で金谷さんは笑った。
なんとなくだけど、新生徒会の色みたいなものが既に見えてきたような気がする。
「グータラな私らの代に比べたら、キビキビした生徒会になりそうだ――なんて思ってんだろ」
「まさしく」
心のなかを読んでるのかってくらいバッチリ代弁してくれたアヤセに、思わずロバート・デニーロみたいな相槌を売ってしまった。
「言っとくけどグータラなのはお前だけだったからな」
「そうかな?」
そうかも。
やる気に満ち溢れてたわけじゃないのはその通り。
それでもよくやってたもんだと自分で自分を褒めてやりたいくらいではあるんだけど。
「八乙女さん」
一息ついたところで、銀条さんが穂波ちゃんに声をかけた。
「選挙戦を戦った者同士だけど、これからも生徒会の力になってくれると嬉しい」
「もちろん、そのつもりです」
「ありがとう。宍戸さんも、改めてよろしく」
「はい……その、頑張ります」
後輩たちの関係も、悪くはないようで安心した。
これで本当に引継ぎ完了ってところかな。
私の視線に気づいたのか、穂波ちゃんがこっちを見て、それから小さく頭を下げた。
「大丈夫です。銀条先輩をしっかりサポートしていきます」
そう語る彼女に、無理をしている様子はない。
そもそも負けたことを根に持つようなタイプではないだろうし、その点の心配はなかったけれど。
気にかかってしまうのは〝作戦〟の進め方のほうだ。
宍戸さんに先生になってもらって、穂波ちゃんと一緒に、何かの発表会的なものに出る〝作戦〟。
今のところ、まだ宍戸さん本人にそのことは伝えていない。
肝心の発表の場が決まってないのと、そのうまい口実が見つかってないから。
いきなり発表会に出ようなんて言ったって、戸惑われるばっかりで、ノッてくることはないだろう。
特に宍戸さんの場合は。
だから宍戸さん自身が出場するうまい口実――もしくは、宍戸さんが自分から出たくなるような何か。
須和さんに協力して貰える今、期待するのならその部分なんだけど。
いましばらくの間は、いつも通りに過ごしていてもらおう。
いろいろと行き当たりばったりなことも続いたけど、長かった選挙戦もこれで終わった。
この学校にも新しい一年間がやってくる。