須和さんのことも頼って欲しい――それが先代吹奏楽部部長こと続先輩の置き土産だった。
先輩として後輩を、しかも同じコミュニティに属していた後輩を心配する気持ちは分かるけれど。
でもだからと言って、何をどう頼ったらいいのかが分からないというが、私の正直な感想だった。
そもそも誰かを頼るっていうのが苦手なせいもあるだろうけど、そもそも音楽のことなんてよく分からないし。
だから相談しやすくて音楽の教養もある天野さんに相談したわけだけど、そこで須和さんの方を頼ったほうが良かったってこと?
いや、こういう場合にどっちが良かったかなんて考えるのは不毛な議論だと思う。
私は、頼るならより身近な相手をとったというだけで、それは人間として当然の取捨選択というやつだ。
強いて言えば、この件に関してはできるだけ宍戸さんから遠い人間に相談するべきだろうと考える頭があったくらいで。
その点で考えれば、須和さんはあまりに渦中の存在すぎた。
「おや、また白羽ちゃんをいじめに来たんですか?」
理系教室に入ったところで、琴平さんに声をかけられた。
またどっから現れたんだろうと思ったけど、手に教科書やノートを抱えているところを見ると、どっかの移動教室から帰って来たところのようだった。
ちょうど見かけたから声をかけたっていう感じ。
「だから、そんなつもりはないって」
「すみません、今回も言葉のアヤってやつです」
そう言うのが彼女なりの挨拶のしかたなんだろうと割り切って、それ以上ツッコんだりすることはやめる。
内心ではなんか、RPGのまだ行っちゃいけない道に行こうとしたときに立ちふさがる村人みたいな、そういうもんだと思い込んでおくことにした。
「どっちかと言えば相談に来たんだけど」
「白羽ちゃんにですか?」
「そう。むしろこっちが、下手に出てお願いする立場」
多少大げさだったけど、頼りに来たんだから間違ってはいないだろう。
あと琴平さんに対してはこれくらい大げさに言っておいた方が、話がすんなり済むだろうなっていうのも、ここ数ヶ月でついた知恵だ。
案の定、彼女は納得してくれた様子で、先に教室に戻っているという須和さんを呼び出してくれた。
「おまたせ」
須和さんは私の顔を見るなり、あいさつ代わりに口にした。
実際、待ってはいないのだけど、半ば条件反射的に「大丈夫」と返しておく。
「相談って?」
「宍戸さんのことなんだけど」
「関わらないって言った」
「それはそうなんだけど」
この場合、なんて切り出したらいいんだろう。
流石に無策すぎたなと反省もするけど、流石に「続先輩から頼まれて来た」なんて本音を話すわけにもいかない。
須和さんのことを思ってというよりは、私自身が、思い通りになってるみたいで嫌だったから。
「むしろ、関わって欲しいかもっていう状況というか……ああ、もちろん、宍戸さんの負担にならない程度に、様子を見つつだと嬉しいんだけど」
何が言いたいのか話がまとまらなくて、不格好な説明になってしまった。
だって、単純にただ「もっと関わって欲しい」なんてお願いしたら、加減を知らない彼女が何をするか分かったもんじゃない。
それに気づいた傍からフォローしようとした結果の不格好さだ。
でも結局、伝わらなかったら意味が無くて。
須和さんは不思議そうに首をかしげていた。
「どうしたらいいの?」
「そうだよね、私もわかんない」
たぶん、一番素直な気持ちがそれだった。
そうやって根本的なところを自覚してみると、何をすべきかよりも、何をしたいかの方がはっきりとしてくる。
「結局のところ、私は宍戸さんにまた演奏ができるようになってもらって、それで成果を出して貰いたいんだと思う」
何かを〝持っている〟人が、その分野で力を発揮できないっていうのが見ていられなかった。
私が宍戸さんを気にかけていたのも、単なる生徒会の後輩だからとか、関わってしまったからとかいうだけじゃなくて、それが一番芯にあるもの。
きっとある意味での嫉妬も込みで、実力があるなら報われてくれよっていう乱暴な応援なんだ。
そこには「私の代わりに」っていうある種の諦めも含まれているのかもしれない。
「私にそれができていたら」
それほど間を置かずに、須和さんが口にする。
「こうはならない」
「それはそうかもしれないけど」
そんなこと言われたら、ふたり並んでただへこむしかできないじゃないか。
穂波ちゃん以上に表情の乏しいどころか蝋人形みたいな彼女が内心へこんでいるのかどうかは、私には判断がつかないけれど。
少しでも責任を感じているのなら手を貸してよ――なんて気持ちもないわけじゃない。
でも今日は責めに来たわけじゃないし、責めないって琴平さんとも暗に約束をしている身だ。
私としては、彼女がその気になってくれるのを期待して、祈るしかない。
廊下でふたり並んで、ぼんやりと雲が流れていくのを眺めていた。
それで答えが出るわけじゃないけど、下手な気遣いをしてまた不格好で支離滅裂なことをになってしまうくらいだったら、須和さんの意見かチャイムがこの時間を終わらせてくれるのを待ちたいと思ってしまった。
「明日」
須和さんが、ぽつりとつぶやくように言う。
「時間ある?」
「それは、本人に聞いてみないと」
「本人に聞いてる」
会話が噛み合ってないような気がして、一瞬黙って考え込む。
それからようやく合点がいって、私は自分を指さした。
「私のこと?」
「放課後」
肯定するように話を続ける彼女に、私は特に予定なんてないことを思い返しながら頷き返した。
「宍戸さんも呼ぶ?」
「いらない」
「あー……琴平さんとか呼ぶ?」
「なんで佳織?」
「いや、なんとなく」
とりあえず、私ひとりだけで十分らしい。
いったい何をさせられるのか気が気でないけど、それで話が先に進むのなら、誘いを断る理由はなかった。