どうしてこういう状況になるんだって、小さな二人掛けテーブルの向こうに座る続先輩を見ながら心の中で呟いた。
彼女は、カップに半分ほど残った紅茶にレモンシロップを垂らすと、ティースプーンでかくはんするようにかき混ぜる。
「ウチの姉たちはまだ買い物してるんですかね」
恨み節のように口にすると、彼女はクスリと笑みを浮かべた。
「明は他学科の知り合いも多いから、みんなにお土産買ってるんだと思うよ。そういうところ律儀だし」
「先輩は買わなくていいんですか? それとも友達いない……?」
「ひどいなあ。私は沖縄土産を買ってて、昨日のうちにもう送ってるの。出発前にバタバタしたくないしね」
ついでに旅の荷物もすべて送ってしまっているんだろう。
二ヶ月近くの帰省から東京に帰るというのに、彼女の荷物はちょっと街に出かける用の肩掛けポシェットひとつだけだった。
今日は、姉が東京に帰る日。
春と違って今回はルームシェアをしている続先輩と一緒の新幹線で発つようで、この駅で待ち合わせることになっていた。
私も見送りなんて来たくはなかったけど、母親は出立の前にみんなで美味しいご飯を食べに行くのを定番にしたいらしく、今回も昼食時に駆り出されてしまったというわけだ。
で、食事を終えて駅で先輩と合流。
時間があるのでお土産でも買うかと行き当たりばったりなことを言い始めた姉にお財布代わりの親が付き合い、帰るに帰れず続先輩とふたり駅構内にあるベーカリーのイートインで時間を潰すことになったのが、ざっくりとした今の状況だ。
「先輩も姉の買い物手伝ったら良かったんじゃないですか」
「どうせ手あたり次第に籠に入れて、後でどれを誰にあげようか考えるだろうしね」
確かに、姉のお土産センスは基本的に量で勝負なところがある。
卒業旅行の時も箱一杯の化粧品を買って寄こしたくらいだし。
「だから、私の手伝いが必要なのも今じゃないかなって」
「なるほど」
「だったら、星ちゃんとゆっくりお話ししてた方が良いし」
「それはちょっと分かんないですね」
私は首をかしげて、自分のコーヒーに口をつけた。
先輩のと同じでまだ半分くらい残っているけど、一気に飲もうと思えば飲めそうな人肌くらいには冷めてしまった。
ほんと、いつまで買い物してるつもりなんだアイツは。
「それに、約束のこともちゃんと催促しておこうかなって」
さらっと突然ぶっこんで来たので、流石にどきっとしてしまった。
私は平静を装ってカップをテーブルに置くと、精一杯のやせ我慢の笑みを浮かべて頷いた。
「自分で言ったことなのに、忘れるわけないじゃないですか」
「そうだね。でも、あんまりゆっくりしてると残りの高校生活は短いよ」
分かっちゃいる。
こんな時間ももう長くは続かない。
忙しいだなんだって言うのは単なる言い訳にすぎない。
「次に帰って来る時までには、何か進展の報告があって欲しいな」
「次っていつのことですか」
「東京に残らなきゃいけない用事がなければ年末かな。そうじゃなかったら、二月の春休みに入ったら――って、そこまで引き延ばしちゃったらもう結果が出ていて欲しいよね」
「約束は卒業までに――卒業式当日までは有効でしょ? 先輩だってそうしたんだし」
「それは確かに」
彼女は頷いて、彼女は腕時計に視線を落とした。
「うーん、流石にそろそろ迎えに行こうかな。荷物が多そうなら手伝わなきゃ」
「そうしてやってください」
吊られるように、私も自分の身支度を整える。
財布とスマホを上着のポケットに突っ込めば済むくらいのものだけれど。
季節はすっかり秋になって、シャツ一枚で出かけれるのはもう過去のこと。
身体は少し重たくなるけれど、余計な鞄を持ち歩かなくていいのは一長一短といったところ。
個人的には暑いより寒い方が得意なので、秋冬の方が夏よりも一歩リードする。
「あ、そうだ」
これで話も終わりだと思って、気を抜いて風花雪月をありがたがっていたところへ、割り込むように先輩の声が響く。
「何ですか?」
「いや、大したことじゃないんだけど」
彼女は身支度を整えながら、本当に取るに足らないことのように口にする。
「吹奏楽部のことで、なんだか後輩の子に負担かけちゃってるみたいじゃない?」
いきなり何の関係もない部活の話をされて、虚を突かれてしまった。
けどすぐに、宍戸さんのことを言ってるんだろうなってことに気づく。
ぼかしたのは彼女なりの気遣いのつもりなのか。
それとも仔細は知らないってことなのか。
どっちともつかなかったので、私も曖昧に頷き返す。
「え……ええ、まあ、そういう事もなくはないですが」
「良かったら、白羽ちゃんのことも頼ってあげて」
「スワンちゃ――須和さんを?」
「あ、もちろん、無理に巻き込めっていうんじゃないの。力が必要だなって思ったら、ね。頭の隅っこにでもいいから、留めておいてくれると嬉しいな」
「はあ」
返事もまた、曖昧な感じになってしまった。
それでも先輩は納得したのか、ニコリと満足そうに微笑む。
「可愛い後輩のことだから、何とかしたいじゃない? 白羽ちゃんも、その子のことも」
「あの……」
「うん?」
思わず声をかけてしまったけれど、特に何か言い返す言葉があったわけじゃなかった。
たぶん、気持ちを整理するためになんでも良いから声をあげたかった。
それだけのこと。
「いえ、何でもないです」
「ええ、気になるよ」
「ほんとに何でもないです」
どうにか丸め込んで、話はそれで終わりにしてもらった。
今日からしばらく、また家の中は静かになる。
次にまた賑やかになるころには、私の進退も定まっているんだろうか。
いや……まだ、早いかな。