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9月20日 忘れな月

 台風一過で肌寒いくらいの空の下で、突発的ながら企画されたお茶会は開催された。

 ただし、一応は選管に開催の許可を訊ねたところ、「一陣営だけが著しく有利になるイベントは好ましくない」ということ。

 ならいっそのこと「選管主催で三陣営合同での開催にしよう」ということで承認された。


 お茶会そのものに関しては選管も割と乗り気で、今回の選挙の関心度が上がるのならと好意的だった。

 そして、突然イベントに巻き込まれた他二陣営に関しても、アピールの機会が増えるならと参加に快諾してくれた。


 開催形式に関しては、以前の合コンイベントとそれほど変わりはない。

 というか、合コンイベントを模す形を取れたから、これだけ急でも開催にこぎつけられたと言った方がいい。

 とは言っても十分な準備をする時間はないので、提供するのは飲み物だけ。

 そしてその簡素さを補うように、テーマも「お月見会」と設定された。


「お月見と言っても、肝心の月が出ていないですが」

「まあまあ。月があってもなくてもありがたがるのが日本のいい所ってことで」


 歯に衣着せない心炉の感想に、アヤセが書道家らしい(?)視点で言い返す。

 十五夜をとうに過ぎたこの時期は、月の出の時間もすっかり遅くなってしまった。

 ネットで調べたところでは、月が出るのは早くて夜中の零時半ころ。

 高校生がお月見をしようものなら一発で補導される時間だ。

 日の入りも早くなったから六時も過ぎればすっかり辺りは暗くなる。

 だからまあ下校完了時刻までの間、お月見ならぬ〝お星見〟くらいなら楽しめるだろうと思う。


 そんなことより、この面子で顔を突き合わせるのも、候補者顔合わせの時以来――というか、心炉と顔を突き合わせるのがそれ以来だ。

 もちろんクラスが一緒だから教室で挨拶くらいはするけれど、昼休みも今は準備にかかりきりだし、そう言う意味で久しぶりと表現するのは間違ってないだろう。

 ちなみに、仮にも応援者としてこんなとこでのんびりしていていいのかって話だけど。

 参加してくれた一般生徒たちの質問攻めにあっている候補者たちの姿を見たら、今はこうして見守る時間なのだと思う。


「銀条さんの陣営は、ずいぶん余裕そうに見えるけど、これも作戦?」


 これまで校内での呼びかけもなければ、ビラの一枚も見たことがない。

 手の内を見せない相手ほど、やりにくいものはない。

 そんな私の牽制を、心炉はにこりと笑顔でいなす。


「ご想像にお任せします」


 それ以上余計なことを口にするつもりはない、という鋼の意思を感じた。

 徹底した秘匿戦法だ。

 選挙期間は今日を除けばあと二日あるとはいえ、演説会&投票は明後日の午後なので、実際のところ当日の朝までが宣伝の限界時間だろう。


 その間に集中して何かをしかけてくるのか。

 それとも演説会だけに焦点を絞って準備をしているのか。

 答えが出ないのなら考えても仕方がないことだけど。


「そんなに心配しなくても、すぐにわかりますよ」

「どういうこと?」

「私たちはただ、今年の選管のノリというやつを見定めていただけですから――」


 ずいぶんともったい付けた口ぶりに耳を傾けていたら、突然背中に衝撃が走った。

 どんと、体当たりされたような感覚。

 完全に油断していたせいもあって、転げそうになりながら、ドタドタと数歩歩いて踏みとどまった。


「うわっ、ごめん! ちょっと強かった?」


 振り返ると、ユリが慌てた様子で両手を拝むようにこすり合わせていた。

 アヤセが、冷や汗を拭いながら苦笑する。


「お前の体幹で突撃したら、誰だってそうなるだろうよ」

「土俵で死線を乗り越えた仲だからつい……」


 えへへ、とユリが頭をかく。

 そりゃ相撲の立ち合いならまだ堪えられるけど、不意打ちを食らったらこうなるよ。

 あと、地味におととい部活に顔を出したときの筋肉痛が足腰に響いている。


「で、あんたもお月見しにきたの?」

「うん! って、まーそれもあるんだけど――」


 ユリは、集まった顔ぶれをきょろきょろと見渡してから「おっ」っと声を上げる。

 気になって視線を追うと、その先に同じくこちらに気づいて「あっ」っと口を丸くした宍戸さんの姿があった。


「よかったー。ここに来ればいると思ったんだよね」


 ユリは手を振りながら彼女の元へ駆けて行く。

 何事かと、私も後を追う。


 突然迫られたようになって、宍戸さんも目を白黒させながら、誰かに助けを求めるようにわたわたと視線が定まらなかった。

 それがいくらか目立ったものだから、人込みの渦中にいた穂波ちゃんも事態にふと気づく。

 お構いなしに近づいたユリは、鞄から綺麗にラッピングされた袋を取り出して、宍戸さんの半先にポンと差し出した。


「はい、ハッピーバースデー!」

「え?」

「え?」

「え?」


 私と、穂波ちゃんと、そして宍戸さん本人と。

 三者三様の「え?」が飛んだ。

 単純に理解が追いついてない私と違って、穂波ちゃんはすぐに目を大きく見開く。


「あ……ああっ!」


 珍しく慌てた様子で声を荒げる。

 穂波ちゃんの周りに集まっていた生徒たちも、何事かと首をかしげる。

 そして渦中の存在である宍戸さんは、ちょっぴり遅れてから状況を理解したみたいで、嬉しいような恥ずかしいような――とにかく頬を真っ赤に染めながら袋を受け取った。


「あ、ありがとうございます……とっても嬉しいです。でも、どうして私の誕生日を……?」

「歌尾ちゃん、あたしの誕生日祝ってくれたでしょ? 受けた恩を忘れないのがユリズムなのである!」


 違った意味に取られかねない造語を口にしながら、ユリはえへんと胸を張った。

 宍戸さんは、感謝するようにぺこりと頭を下げて、貰った袋をぎゅっと抱きしめた。


「誕生日って……穂波ちゃん知ってた?」


 こそりと、当事者たちに聞こえないように傍で尋ねる。

 すると穂波ちゃんは、みるみる顔を青ざめさせて頷いた。


「知ってました……知ってたのに……」


 その様子を見るに、きっと選挙のあれやこれやが忙しくてすっかり忘れてしまっていたのだろう。

 そして私は、単純に今日が誕生日であることを知らなかった。

 しまったな。

 ユリも教えてくれたらいいのに――と、無責任なことを思っても、そう言えば選挙戦が始まってからこのかた、ユリと顔を合わせるのも久しぶりだったことに気がついた。

 ダメだ私、いろんなことがお座なりになってる。


「みなさん、少しだけ良いですか? 選挙管理委員会の方々も話を聞いてもらえると」


 不意に、落ち着いた涼やかな声があたりに響いた。

 銀条さんだった。

 いくらかざわついた様子の会の中で、そのひと声で一度に周辺の視線を集める。

 私はつられず、代わりに心炉のことを見た。

 彼女もまた私を見返して、どこか挑戦的な笑みを浮かべた。


「来る二十二日の演説会に向けて、この場を借りてひとつ提案したいことがあります」

「え、なに? ゆづちゃんどうしたの?」


 親友でも、何も聞かされてなかったんだろう。

 周りの生徒たちと一緒になって驚く金谷さんをよそに、銀条さんは凛として声を張った。


「今年は三名もの候補者が集い、それに伴い応援演説も三名分となり、演説会の長時間化が予測されます。それは有権者たちの集中力の低下を招き、同時に先に演説を行った候補者ほど有利な選挙になるとも言えるでしょう」


 彼女視線がちらりと選管委員長へと向く。

 委員長は少しだけ考えるように俯いてから、静かに頷いた。


「確かに、そういう傾向はないとは言い切れないですね」

「その懸念を失くすための提案です」


 銀条さんは、畳みかけるように言葉を続けた。

 それが銀条さんと心炉が仕込んでいた選挙戦の一手であり、かつ伝家の宝刀であることは疑いようがなかった。


「私、銀条ゆづるは、選挙演説会を各候補者、そして応援者によるディスカッション方式で行うことを提案します」

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