お昼休みに、私たちの選挙チームは剣道場に集まって、ご飯を食べながら今後の作戦を練っていた。
「あの、とりあえず、追加のビラです」
宍戸さんが厚手のクリアファイルに挟んだビラを差し出してくれる。
私はそれを受け取って、小さく微笑んだ。
「ありがとう。ごめんね、雑用みたいなことばかり頼んじゃって」
「い、いえ。わたしこそ、朝は何もお手伝いできなくて……」
「あの家から通ってるんだから仕方ないよ。いつも始業ギリギリでしょ」
「そのぶん、ビラも作ってもらったし、こうしてプリントもしてきてくれてるし、十分助かってるよ」
「なら……良かったです」
宍戸さんは、いくらか安心した様子でぎゅっと手を握りしめる。
私と穂波ちゃんは視線を交わし合って、どちらからともなくほんのり笑みを浮かべた。
宍戸さんに選挙を手伝って貰うにあたって、穂波ちゃんは出馬の理由を直接は明かさないことにした。
部活動が兼部できるようにすることはマニフェストのひとつではあるけれど、あくまで生徒の間で求められている声があってのこと――というていにしている。
それ自体は本当のことだし、今の宍戸さんに変に気負わせることもしたくなかった。
「でも、本当に選挙、してるんだね。一年生なのに生徒会長だなんて……穂波さん、すごい」
「まだ受かってないよ。それに、なんだか挑戦してみたくなって」
「挑戦……?」
首をかしげる宍戸さんに、穂波ちゃんはコクリと小さく頷いた。
「私、今とてもやる気に満ち溢れているので。何か新しいことに挑戦したい」
「新しいこと……」
力強く語る彼女に、宍戸さんは目をぱちくりさせる。
驚きが半分、感心がもう半分。
台詞を当てはめるなら「すごいなー」っていう、そういう感じの反応だ。
実際、穂波ちゃんも嘘は言ってないはずだ。
新しいことへの挑戦。
その結果として友達に新しい道を示すことができる。
友人のため、そしてひいては自分のため。
そう言うところは穂波ちゃんらしいなと思う。
「あ、あの、やっぱわたしもビラ配りとか手伝えたら」
宍戸さんが、精一杯の力を振り絞っていう。
思い立ったらすぐ行動できる穂波ちゃんと違って、彼女にとって何か行動を起こすっていうのはひとつひとつが大きな決断だ。
だから、私としては宍戸さんには色んなことを経験してもらいたい。
何かを決めるとき、自分の経験に勝る安心はないから。
「来週になったらお昼も放課後も宣伝活動になるから、その時に手伝って貰おうかな。あとは連休明けくらいに、もうちょっと何かアピールできるイベントとか起こせたら良いのだけど」
そう、経験則からアドバイスはできるのだけど、策は残念ながらまだ思い浮かんでない。
戦略は分かってるけど、具体的な戦術に乏しい。
それでも何かもう一手、他の候補者を出し抜けるような何かが欲しい。
「……お茶会でもしますか?」
そう提案したのは、驚いたことに宍戸さんだった。
私も穂波ちゃんも、その「お茶会」という単語にいまいちピンときてなくて彼女を見つめ返してしまう。
ふたりぶんの視線にさらされた宍戸さんは、恥ずかしそうに俯きながら、それでもぽつりぽつりと説明してくれた。
「あの、六月のお茶会がとても楽しかったので……あれならたくさんの人に、穂波さんのこと知ってもらえないかなって」
「ああ、確かに。政治家とかもパーティするもんね」
「穂波ちゃん、急に生い感じに捉えるのはやめようか」
「あっ、ごめなさい。つい」
穂波ちゃんはハッとして、口元でチャックを閉めるようなジェスチャーをする。
まあ、目的としてはその通りなんだろうけど。
広く存在を知ってもらうのも大事だけど、根強い支援者を集うのも大事なことだ。
私の当選だって、もとはと言えば続先輩ファンの力があってこそだったと思う。
そう言う意味じゃ、パーティ――じゃなくてお茶会は悪くない案かもしれない。
「そうは言っても、時間と告知がギリギリかな。選挙が木曜日だけど、どんなに頑張っても水曜日……できれば火曜日に打てる手ならと思っていたけど」
「そう、ですよね……六月のお茶会も準備大変でしたし」
「ああ、いや、案自体はすごく良いと思うんだけどね」
宍戸さんがしょんぼりしてしまったので、私は慌ててそう言い添えた。
「わかりました。じゃあ、火曜日にやりましょう」
そして穂波ちゃんは、あっけらかんとしてそんなことを口にした。
「大丈夫……? やるのは構わないけど、人集まるかな?」
「もちろん、できる限りで告知もしますけど……ようは目に付くところでやればいいんです。校門のとことかで、お花見みたいに」
「桜はもう咲いてないけど……」
「じゃあ、ビアガーデンですね。時期的に」
「お酒はダメだからね?」
「もちろんです」
すっかりやる気になった穂波ちゃんがぶんぶんと首を縦に振る。
これでいいのかちょっと不安があるけど……本人が乗り気なら、まあ良いか。
私としては、何か一手、生徒たちの記憶に残る策が打てればそれで良い。
「あの、お菓子とか良かったら料理愛好会で準備します。もともと三連休に何かしようって話をしていたので、ついでに」
「それはすごく助かる。部活で作ったものなら賄賂感も薄れるし」
そもそも賄賂のつもりはないけれど。
それでも、あまりに票を買うような行為として目をつけられたら、それはそれでイメージダウンになってしまう。
程よく押さえなきゃいけないと考えたら、部活で作ったものというのはいい線を突いてると思う。
「あ、部活と言えば……」
穂波ちゃんが思い出したように声をあげた。
「明日、選管の方が例の取材に剣道部に来るんですが、星先輩も顔出せそうですか?」
「え……明日?」
思わず口ごもってしまう。
別に勉強する以外の予定はないけれど……部活に顔を出すって言うのは少々気が引ける。
既に代替わりして知り合いがいないのは分かっていても、行きづらいということに変わりはない。
「ダメそうですか……?」
穂波ちゃんは、いくらか寂しそうに眉を下げた。
そういう顔をされてしまうと、それはそれで心が痛む。
自分の心労とある種の見栄か、後輩の大事な勝負の手助けか。
量りに掛けたら、どっちが重いかなんて言われるまでもない。
私は踏ん切りをつける意味でちょっとだけ間を置いてから、静かに頷き返した。
「分かった。私からアピールの口添えもできるかもしれないしね」
「ありがとうございます」
穂波ちゃんが嬉しそうに笑った。
やるべきことは全部やる。
あとで後悔するくらいなら、今この瞬間に全力を捧げて結果も出す。
牧瀬式青春術は著しく身を削るけど、やる〝べき〟ことかどうかの判断が明確なぶん、実は私に向いているメソッドなのかもしれない。