「よろしくお願いしまーす!」
「よろしくお願いしまーす!」
朝の昇降口に投票を呼び掛ける声が響く。
時に交互に、時に後を追いかけるように、時に折り重なるように。
昨日は私たちだけだったので若干浮いてるような空気もあったけど、こうして対抗馬同士で並べば選挙戦らしくもなってくる。
「だからと言って隣でやらなくてもいいのに」
「そう言うなよ。これも作戦のうちなんだからさ」
私の小言に、アヤセは隣で悪びれる様子もなく笑う。
作戦……かあ。
そう言われてしまえば、確かに効果的だ。
選挙とはすなわちイメージ戦。
誰がより生徒会長に相応しい人間であるのか、という印象勝負だ。
そう言う意味では一年生でちょっと背伸びした感じの――実際、身長的にもいっぱい背伸びしている――穂波ちゃんと、二年生で心に余裕もある金谷さんとが並ぶと、どっちがより会長に相応しく見えるかは一目瞭然だ。
「そんなに気になるなら、そっちが移動したらいいだろ?」
「この昇降口はビラ巻きの絶好ポイントだから、それはない」
「じゃあ、真っ向勝負しようじゃないの」
悔しいけど、あちらにとって有利でしかない状況なら当然の結果だ。
だけど、この昇降口入ってすぐの廊下という良い感じに狭くてビラも配りやすい場所をみすみす手放す理由はない。
次点のポイントとして校門前もあるけれど、フィールドが広い分、ビラ配りの効率も悪い。
ここは多少不利でも、並んで呼びかけをするほかない。
それに悪いことばっかりじゃない。
改めて二年生候補と並んでみることで、〝唯一の一年生立候補者〟という印象はより強く生徒たちの記憶に残るはずだ。
きっと意味はあるはず。
それよりも問題なのは、配っているビラの質だ。金谷さんたちが配っているのは、文庫本くらいのサイズの小さなビラ。
その中心ででかでかとした筆文字で「愛」と書かれていて、そこに連なるように手書きのペン字で「される生徒会へ 金谷美羽」と自分の名前が記されていた。
このインパクトはずるい。
間違いなくアヤセの差し金だろう。
彼女の書は、今年の生徒会スローガンだったり、学園祭スローガンだったり、それこそ学園祭でライブドローイングとかもやってたみたいだし――とにかく、今の代の生徒たちにとってはいたるところで目にしてきた安心感と安定感がある。
応援者のイメージと人気を後ろ盾にしたいと言っていた金谷さんの作戦は、見事にハマっているといって良いだろう。
こっちも手書きで一生懸命さはアピールしてるけど、ここは一歩譲っておこう。
「選挙新聞見たけど、大きく出たなあ。〝歴史を変えます〟とは」
「それくらいの意気込みがあった方が良いでしょ。実際、一年生で生徒会長なんて歴史に残るだろうし」
「既に勝った気とは余裕だな」
「それこそ意気込みの問題だから」
ぶっちゃけ、私たちのポジションは基本的に「負けて元々の挑戦」と見られてるはず。
それを払拭するためには、本気で会長の座を獲りに来ていると言う姿勢を見せ続けなきゃいけない。
穂波ちゃんはもちろんそのつもりでやっているし、彼女の体当たりな感じもひたむきな感じも、そう言う意味では良い感じにプラスに働いてくれるはず。
初日から動いたのだって「イロモノ枠じゃない」っていう意思の現れだ。
「みなさん選挙活動お疲れ様です~」
とかなんとか話していたら、生徒のひとりに話しかけられた。
「ええと……確か、今年の選管の」
委員長じゃなくて、そのわきに居た人。
「そうですそうです。朝から声かけお疲れさまです。今年はなかなか注目度が高いので、こうして盛り上げて貰えるのはありがたいです」
「盛り上げるためにやってるわけではないのだけど……」
まあ、結果的に盛り上げないといけないことではあるけど、それ自体が目的じゃない。
「わざわざ労いに来たってわけじゃないだろ? 何か用事?」
アヤセの問いに、彼女はこくこくと首を縦に振る。
それからスマホを取り出して、何やら画面を操作していた。
「ええと、たった今言ったように今回は選挙の注目度が高くてですね。我々もしっかりバックアップできるようにといろいろ考えているところでして」
「いろいろというと?」
「この間の写真でポスター作ったり、あと選挙新聞もvol.2を企画してるんですが、それの相談でした」
vol.2って何を書くんだろう。
そんな私の戸惑いというか、不信感的なのが伝わったのか、選管の子は「心配ないですよ~」とでも言いたげにひらひらとスマホを持った手を振った。
「そんな大したものではないです。もうちょっと候補者の方々のアピールになる記事を出せればと思ってるくらいで……それで相談なんですけど、簡単な取材とかさせてもらっても大丈夫ですか? インタビューとか、部活とか。あ、もちろん今すぐでなくて、今週中くらいにどっかで」
「私は大丈夫ですよー」
ビラを配ってた金谷さんが、二つ返事で答えた。
「私も大丈夫です」
穂波ちゃんも続いて首を縦に振る。
「ということで、問題ないみたいです」
本人がOKというなら私が異を唱える意味はない。
アヤセも隣で同意を示す。
「じゃあ詳しい日程は追ってグループで連絡しますね。また写真とか取らせてもらうと思うので、〝こういうシーン撮って!〟とかあったらどんどん言っちゃってください。では!」
言いたいことだけ言って、彼女は登校する生徒の波に紛れて行った。
それを見送って、アヤセは感心したように小さく唸る。
「今年の選管は、ほんとやる気あるなあ。去年はこんなことしなかっただろ」
「まあね。続先輩のせいで話題性自体はあったみたいだけど」
「あったあった。掟破りの応援演説とか言われてたわ。星の演説自体も伝説の演説ではあるけど」
「やめてよ……あれはあれで、作戦ではあったんだから。たぶん」
黒歴史とまでは言わないけど、あまり思い返したくない記憶ではある。
それでも正攻法では勝てないからと思って、いろいろ考えた結果の独裁宣言じみた昨年の候補者演説だ。
「まあ、今年は立候補者は穂波ちゃんだし。正々堂々正攻法でいくよ。内容そのもは、ね」
「なんか含みのある言い方だな……それより心炉のとこは動いてないのな?」
アヤセがちらりと辺りを見渡して、私もそれに釣られる。
見たところ私たちみたいなビラ配りのようなことはしていないようだけど。
「姿が見えないっていうのは、不気味ではあるね」
「まー、あいつらのことだから変なたくらみはしてないだろうけど」
それに関しては全面的に同意する。
心炉は変化球じみたことは嫌うほうだし、銀条さんもそっちのタイプだからこそ心炉を応援者に選んだところがあると思う。
そんな彼女たちが、一番の正攻法である地道なビラ配りをしていないのは……なんだろう、微妙に寒気すら感じる。
この戦い、思ったより面倒なことになるのではなかろうか。