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9月13日 開戦

 戦いの火蓋は、いつだって静かに切られる。

 例えば、試合場の開始線から互いににらみ合ったとき。それまでどれだけ仲のいい相手であっても、一転して試合――死合う相手となる。

 というのはもののたとえであって、実際はそこまで殺伐としたものではないけれど。

 ただ今この生徒会室の中においては、各陣営が席に着いた会議用の長テーブルが、試合場の開始線だった。


「噂は本当だったんですね」


 はす向かいから、心炉の冷えびえとした声が響いた。

 いつもなら作業しやすいようにと中央に寄せられている会議テーブルも、今はロの字型に開かれて各辺にそれぞれの候補者一派が座る。


 部屋の一番奥には選挙管理委員会の委員長とその他関係者。

 彼女たちから見て左に銀条さんと心炉。右に金谷さんとアヤセ。

 そして選管の向かいの席に穂波ちゃんと私。

 これが今回の会長選挙で争う三陣営だ。


「まさか、もう一度この場で心炉と顔を突き合わせることになるとは思わなかった」

「それはこっちの台詞です。そもそも昨年のあなた方の出馬がなければ、今年もこんな状況にはなっていなかったでしょうね」

「まあまあ、そう後援組でいがみ合うなよ。主役たちが縮こまっちゃってるじゃん」


 アヤセが間に割って入って私も心炉も一旦言葉をおさめる。

 三人の候補者たちは確かに縮こまってる――というか、単純に緊張しているだけだと思うけど。

 だけど、この感じなんだか懐かしいな。

 生徒会発足時の私たちみたいだ。


「ええと……それでは、これからの流れについて打ち合わせを初めても良いでしょうか?」


 ずっと話すタイミングを計ってたんだろう、選管委員長がおずおずと手を上げながら私たちの様子を伺った。

 こっちとしても話の腰を折るつもりはないし、そのまま選挙活動に関する日程や注意事項の確認に移ってもらう。


 私も、去年はこの候補者たちみたいに緊張してびくついていたんだろうか。

 いや……もうちょっと悪役じみた登場だったような気がする。

 今回も、突然乱入してきたヒールポジションなのは変わらないだろうけど。

 これが漫画なら、金谷さんと銀条さん、心炉とアヤセが手を組んで、穂波ちゃんと私をやっつけるストーリーだ。


 流石にそうはならないだろうけど、突然湧いて出た第三勢力であることには変わらないだろう。


「それでは、写真撮影を行いますので。候補者と応援者の方々は一端外でお待ちください。順番にお呼びしますので」

「写真撮影? 去年はそんなのなかったけど」

「昨日、委員会で話し合って急遽決めました。選挙ポスターみたいなものだと思ってください」


 選挙ポスター……なんだか物々しいじゃないか。

 あんまり大事にならない方が、こっちとしてはやりやすいんだけど。

 この選挙戦において、私は奇襲作戦以外の術を知らない。

 候補者および応援者の面々は、追い出されるように生徒会室を後にする。

 廊下で待ちぼうけにされている間に、中ではガチャガチャと撮影のための模様替えが行われているみたいだ。


「今年の選管はやる気十分だな」


 アヤセが、扉についた小窓から部屋の中の様子をうかがう。

 たぶん、やる気はなかったんだけどな、昨日までは。


「穂波ちゃ~ん! まさか謀反とは~!」


 金谷さんが、目をうるうるさせながら穂波ちゃんの手を取った。

 穂波ちゃんはその勢いに気圧されるように硬直したまま、ぷるぷると首を横に降った。


「ご、こめんなさい……でも、出馬しなきゃいけない事情ができてしまったので」

「そうだよ、美羽。一年生で出馬なんて並の覚悟じゃできないんだから諦めな」

「そんなこと言ったって、チーム金谷は始まる前から解散だなんて……」

「それを言うなら、こっちだって同じ。八乙女さん。宍戸さんは、八乙女さんのお手伝いに引っ張ってっていいから」

「ありがとうございます。でも、良いんですか?」

「きっと、人集めも大変でしょう。私たちは既に手伝ってくれそうな人たちがいるし」

「そういうことなら、ありがたく」


 穂波ちゃんは遠慮することなく頷いた。

 私としても宍戸さんが手伝ってくれるのは大賛成。

 穂波ちゃんも、彼女が側にいたほうがいくらか肩の力を抜けるだろう。


「それよりも、問題は応援の狩谷先輩……突然現れて昨年の選挙を掻っ攫って行った前歴を思えば、警戒してしかるべき」

「本人を前に言う事じゃないと思うけど……」

「牽制も兼ねてますので。選挙戦はもう始まっているわけですから」


 銀条さんは澄ました顔でそう言った。

 想定外の事態ではあるんだろうけど、彼女は思ったよりも平常心だった。

 すっかり狼狽えてしまった金城さんとは対照的に見える。

 もしかしたら、心炉あたりが事前に入れ知恵をしていたのかもしれない。

 何があるか分からんぞ、と。

 当の心炉本人はというと、すっかり臨戦態勢で腕組みこちらを睨んでいる。


「どういう風の吹き回しかわからんけど、こうなったら一週間、正々堂々と戦い抜こうや」


 一方のアヤセはのんびりとした様子で手を差し出して来たので、私は握手で応える。


「最初で最後の本気の喧嘩をしようや」

「ほんとにそうならいいけど」

「おい、不吉なこと言うなよ」


 アヤセが冗談めかして笑っていると、生徒会室の扉が開いて選管の子が顔を出した。


「撮影はじめまーす。お若い順に、八乙女候補と前会長からいきますか」

「お若い順……」


 そう言われるとなんか棘を感じるけど、まあいいか。

 穂波ちゃんとふたり部屋に戻って、アイドルの宣材みたいに部屋中のものを使っていろいろと写真を取られた。


「候補者にひとつ、今の意気込みをどうぞ」

「意気込みですか?」


 突然のの取材めいた質問に、穂波ちゃんはしばらくぼんやりと宙を見上げて考える。

 それからぐっと拳を握りしめて、力強く答えた。


「歴史を変えてみせます」

「お、いいね。じゃあそれで」


 何が「それで」なんだろう。

 というか、穂波ちゃんはまだわかるけど私が写真を撮られる意味は?


「最後におふたり並んでお願いしまーす! 身長差があるので隣よりは前後に……あっ、狩谷先輩、八乙女候補の肩に手とか……あっ、いいー! いいですねー! じゃあそのままで!」


 昨年と違う流れに戸惑いながらも、どうにかこうにか顔合わせは終わった。

 銀条さんも言っていた。

 選挙戦はもう始まっている。

 来る決戦の演説会は二十二日。

 それまでどれだけ感心を集められるのか。

 なりふり構ってる暇はあまりないみたいだ。

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