カラッと晴れたいい天気だった。
日差しはあるけど、じっとりとした暑さはない。
屋外施設ばっかりの遊園地という立地において、ベストな季節は春と秋だと思う。
その実、夏は長期休暇があるにも関わらず客足が伸び悩むようで、たいていはプール営業施設なんかを併設してどうにかこうにか凌いでいる施設がほとんどだろう。
「あとひと月早かったら、プールって手もあったんだけどなあ」
アヤセが、今は閉館されているプールゾーンを見上げる。
県内一を誇る大型ウォータースライダーを抱えて、夏場は大勢の親子連れやカップルで賑わうこの遊園地だけれど、こうして期間外の閑散とした姿を見てしまうとどこか廃墟のようにも感じてしまう。
「学園祭に部活にと、高校生の夏は忙しいですからね」
「だからこそ学園祭の後! そして新人戦の前! ここが唯一の遊び時!」
やる気十分な金谷さんに対して、銀条さんもばっちり動きやすいパンツコーデで決めて意気込みは十分みたいだ。
これが例えばディズニーランドとかなら、ひらひらふりふりの別の意味で気合を入れた服装でも楽しめるようにできているけど、地方の遊園地は何というかアトラクションが荒々しいので、スカートなんてものを履こうものなら危険がいっぱいだ。
あの宙づりになるコースターとか、どんな惨事を引き起こすか分からない。
「見てみて星!」
入園するなりどこかに姿をくらましていたユリが、ぶんぶん手を振りながら向こうから駆けてくるくるのが見えた。
「お花みたいなスナック!」
「ああ、それが」
彼女の手には飾り気のない透明なビニール袋に詰まった、爆弾菓子みたいな食べ物が握られていた。
「おお、出たな。マカロニみたいなやつ」
アヤセが懐かしむように頷く。
お花なのかマカロニなのかどっちかにして欲しいんだけど……袋の中に見えるのは、確かにお花みたいなマカロニみたいな謎のお菓子だった。
パスタスナックって言うのかな。
西洋版かりんとうみたいなの。
貝殻とかリボンとか車輪みたいな形してるやつ。
見た目あれに近いんだけど、見たままの食感ではたぶんもっとサクサクふわふわした、薄揚げせんべいの親戚か何かだろうなっていうおやつだった。
「なんか、駄菓子っぽい」
「そこがいーんだよー。はい、おたべ」
差し出されるがままに袋に手を突っ込んで、何片か手のひらの上に貰う。
試しに口に放ってみると、見た目通りの何の遊びもない食感と塩味が口の中に広がった。
これ、飲み物欲しいな。
そういうお店の作戦かな。
「なんだろう。駄菓子っぽいせいだと思うけど、あれ食べたくなる。紅花せんべい」
「また星はシブいとこ突いてきたな。気持ちは分からんけど、久しぶりに食べたいのは分かる」
「あまじょっぱくて美味しいよねー。小さい時よく食べたけど、あれどこで売ってるんだろう。物産館とかかな」
紅花せんべいは、それこそ三角形の薄揚げせんべいみたいなのを、蜜か何か、とにかく甘くてべたべたしたタレに漬け込んだ、甘くてべたべたしてちょっと脂っぽいお菓子だ。
祖父母の家とかにいくと、よくお茶請けに出てきた記憶がある。
「おーい、そこの三人娘いくぞー」
しっかりタイミングを見計らってついてきたウチの姉は、すっかり引率者気分で一行をぞろぞろと先導する。
むしろあんた、おまけなんだけど。
そのへんの身の程を弁えて貰いたい。
それから、しばらくの間はみんなでぶらぶらと散策するように園内を歩き回りながら、好き好きアトラクションに足を運ぶ。
昔ながらの遊園地というやつは、入園料とは別に園内でアトラクションチケットなるものを購入して利用する。
一応、フリーパス的なのもあるのだけれど、そう広くない園内かつ、有名な遊園地と違って並ぶ必要もないとくれば、乗りたい乗りたくないの好き嫌いははっきりと分かれるもので。
それだったらフリーパスじゃなくても良いんじゃないかという話になっていた。
それにフリーパス自体が思ったより高かったというのもある。
高校生の身分で、前々からの計画もなしに気軽に出せる金額じゃない。
「はい、じゃあスーパーコースター乗る人!」
先導する姉がアトラクションの前に着くたびに意見聴取をして、興味のある人はそれに乗る。
そうじゃない人はそれを見てるなり、近場のベンチや露店で休むなり、隣のアトラクションを見に行ってくるなりご自由に。
大体そんな感じ。
ちなみに当の姉は、今朝「全アトラクションを制覇する!」と息巻いていた。
おまけが一番張り切ってるのはいかがなもんだろうか。
私は、絶叫系は苦手ではないけど、体力がないので二回に一回と固く心に誓っていた。
そして直前にバイキングで無重力体験をしたばっかりなので、今回は一回休みだ。
「遊園地に来てジェットコースターに乗らないとは何事さ!?」
ユリに思いっきり怒られてしまったけど、そこは固く譲らなかった。
私も大人になったのだから、自分の体力の割り振り方というやつを弁えている。
「もういっこのは乗るから。スパーコースターの方はパスで」
「むう……仕方ないなあ」
しぶしぶと言った様子で、ユリも納得してくれた。
というのもここの遊園地にはコースターが二種類(メルヘンエリアのものも合わせると三種類だけど)あって、ざっくりと「長いけどそこそこの絶叫のやつ」と「短いけとやばい絶叫のやつ」。
今からみんなが行くのは「短いけとやばい絶叫のやつ」の方なので、そっと身を引く。
そうやってみんながアトラクションの待機列に飲み込まれていって、柵の外に残されたのは、同じく今回は待機を選んだ宍戸さんだった。
まさかここでふたりっきりになるとは。
微妙に気まずい気持ちの中に、それでも今日は来てくれて良かったという安心した気持ちも溢れる。
「絶叫系、苦手?」
「え……あ……はい。あんまり……」
そう答える彼女は、まあ何というか、見るからに苦手そうだろうなという感じはしていた。
思えば、ここまでそれ系のアトラクションはひとつも乗ってないような気がする。
そうは言っても、他の人も「これは好き」「これは苦手」っていうのはあるようで、彼女がひとりぽつんと柵の外に取り残されるようなことはなかったけれど。
「今は手前の方だから目立つ絶叫系が多いけど、奥の方に行ったらもうちょっと優しいのもあるから。コーヒーカップみたいなのとか、ミラーハウスとか」
「ミラーハウス……いいですね」
宍戸さんはいくらか興味を持ってくれたようで、ニコリと小さな笑みを浮かべた。
「ちなみに、ミラーハウスの隣にはお化け屋敷があるみたいだから……そっちは行くなら誰かと楽しんできて」
「ああ……あはは」
ミラーハウスは私も好きなんだけど、ほんと真向いくらいの位置にソレがあるものだから、子供の時は怖くて近づくこともできなかった。
もしくは、ミラーハウスに出入りする時だけ目をつぶって全速力でエリアを抜け出していた。
今は流石にそこまでじゃないから、もう遠い過去の笑い話だ。
「遊園地、楽しみだった?」
「え? あ……はい、そうですね」
私の質問に、宍戸さんはちょっぴり戸惑ったように息を飲んでから、ゆっくりと頷く。
「わたし、なんだかんだでここは来るのは初めてで。だから、楽しみではありました」
「じゃあ、乗りたいものは全部乗ってったらいいよ。もう二度と来ないかもしれないくらいの気持ちで」
「二度と……ですか?」
「まあ、私の場合は順当に行けば来年には家を出てるから。ほんとにこれが最後かもしれないけど」
なんて話をしていたら、なんだかしんみりしてしまった。
まずいな、そう言うつもりじゃなかったんだけど。
口を開けば一か十かみたいな、極端な言い方しかできない自分の口が恨めしい。
「確かに、そうですね。また、がもうないって考えたら……何でもしなきゃって気持ちになりました。これからのことくらいは、せめて……」
だけど、宍戸さんはそう笑顔で答えてくれた。
迷いはあるけど、彼女なりになんとか前に進もうともがいている。
言葉から、そんな気持ちが感じられた。
誰だって、立ち止まっているのが良いことだなんて思わないだろう。
倒れそうになったら足を前に出さなきゃ。
人間の身体はそういうふうにできている。
姉の「アトラクション全制覇」を成し遂げるべく、どんどん先へと進んでいく。
子供のころは広いと思っていた園内も、大人になってみたら思ったより狭い――と思っていたのは最初のほうだけで、スポットを蛇行するように歩き回ると時間はたっぷりかかるものだ。
途中、お土産を見ながらご飯休憩なんかを挟んで、そのころには団体行動も散漫になってそれぞれ好き勝手に方々へ散ったりして。
そうして最終的に合流したのが、中央にある観覧車乗り場だった。
「どうしてこうなるの!?」
そして姉の悲痛の叫びが響いた。
「どうもこうも、ジャンケンで負けたからでしょ」
それ以上でもそれ以下でもない。
観覧車は四人乗りだけど、基本的に「大人四人」は想定されていない。
というか大人が四人も乗ったら身動きがとれないくらいに窮屈だ。
この四人って言うのは、両親と子供ふたり、そういう想定での人数計算。
だから大人だけなら向かい合わせにふたりずつ乗るくらいがちょうどよくて(もぎりのおじさんもそう言ってた)、厳正なるジャンケンの結果組み合わせは以下の通りとなった。
金谷さんと銀条さん(すごく順当)。
心炉とアヤセ(まあ無難)。
ユリと宍戸さん(ジャンケンなら仕方ない)。
私と穂波ちゃん(下手な相手より安心)。
余った姉ひとり(ざまあみろ)。
「こうなったら、誰かのところに無理矢理おしかけて三人で乗ってやる……」
なんて姉が恨み節を言い始めたので、仕方なく誰かがもう一周つきあってあげるという話で納めることにした。
それも後でジャンケンで決める。
ユリと宍戸さんがふたりで乗ることになったのは、ちょっぴり心が痛んだけど、公平に決めたことだから文句は言わない。
今日はみんなで遊びに来たんだし、ちゃんとみんなで楽しかった。
「今日はいっぱい遊びました」
子供みたいにゴンドラの窓に張り付いて、穂波ちゃんが楽しそうに言った。
ちょっと小高い丘のうえにあるせいもあってか、ゴンドラは思ったより高い位置まであがっていた。
遠く広がる街並みの向こうに、たぶん自分の家とか、学校とか、駅とかがある辺りまで、ジオラマみたいに広がって見えた。
「この後、ユリがジェットコースターのリピートするって言ってたけど」
「ほんとですか? もちろんいきます」
穂波ちゃんは勢いよく振り返って、小さく鼻を鳴らす。
ほんとに子供みたいだなと思ったけど、本人の手前、心の中にしまっておくことにした。
「そう言えば、ひとつ相談……というより、お願いしたいことがあるんですけど、いいですか?」
不意に、彼女はそう前置いて腰かけていた椅子に座り直した。
なにやら改まった様子に、私も軽く姿勢を正して向き直る。
「まあ、内容によるけど」
「それはもちろんです」
なんだろう。
正直なところ、何かお願いをされるような心当たりはないんだけど。
すると彼女は、なんの憂いもない綺麗な瞳でまっすぐに私を見つめて、まっすぐな言葉で「お願い」を口にした。
「星先輩、私の応援者になってくれませんか?」
はじめは何のことか分からなくって、私はうんともすんとも言えず、固まったみたいに目も口も動かせずにいた。
かろうじて瞬きはできるくらい。
だけど次第に頭が回ってきて、この時期にそのお願いを口にする意味というやつが、おぼろげに腑に落ち始める。
だけど理解すればするだけ、飲み込むにはあまりにも大きすぎる「お願い」だった。
「私、会長選挙に出てみようと思うんです。だから、私の後ろ盾になってください」
ぼんやりと理解し始めていたことが、穂波ちゃんの口から改めて、はっきりとした覚悟になって弾ける。
どうやら私の生徒会長としての仕事は、まだ終わっていないみたいだ。