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9月8日 ムズカシイ顔

 気が付けばあっという間に木曜日で、週末ってやつが近づいてきた。

 受験生の一週間っていうのは思っているより貴重だ。

 共通テストまであと二〇週弱。

 気が付けばあっという間に年末になって、本番が目と鼻の先になる。

 学園祭を終えて、クラスメイトたちもみんな受験に向けた追い込みを始めた。

 それは全国津々浦々どこの受験生だって同じで、ちょっとうかうかしていたら私の二年間のアドバンテージなんてすぐに追いつかれてしまう。


 勉強にもある程度才能ってやつはあると思う。

 もちろん知識は物量でしか補えないけど、理解力とか記憶力とか、そういう方面での才能だ。

 一般的な言葉で言えばIQとか。

 あれはあれで、また別の才能を数値化したものだったと思うけど。


 要するにこれから先は、私より足の速い奴が後ろから追いかけて、追い抜こうとしてくるっていうこと。

 それに対抗するための二年間の助走であって、その差を維持し続けるためには、私も私で全力で走り続けるしかない。

 それでも差はちょっとずつ埋まって来るから、本番で一歩でも私がリードを守っていたら私の勝ち。

 これはそういう戦いだ。


「星~、なんかムズカシイ顔してるよ?」


 突然、眉間を突かれて反射的に目を閉じた。

 突かれたところを押さえながらゆっくり目を開けると、ユリがコロッケを咥えながら私のことを覗き込んでいた。


「まーまー、そっとしといてやれよ。部活ロスみたいなもんだろーから」


 アヤセの言葉に、ユリは納得したみたいにコクリと頷く。


「あー、わかるよ。胸にぽっかり穴が開いた十八の夏……」

「もう秋だけどなー」

「勝手に人をセンチメンタルに巻き込まないでよ」


 私は眉間を指先で捏ねるように撫でてから、ため息ついでにパックの野菜ジュースを啜った。


「てか、アヤセは打ち合わせとかしないの? 心炉は今日、銀条さんのとこじゃないっけ」

「ウチらはわりとメッセで日ごろからやり取りしてるから、その延長って感じで。面と向かって話すより履歴とか残って良いしさ」


 それは確かにだけど、この現代っ子め。

 だけど、学年も違えば生活スケジュールも違うわけで、その方が楽っちゃ楽なんだろうか。

 逆に、学年が違うからこそちゃんと顔を突き合わせて話した方が良いという考えもあるだろうし……心炉たちはたぶん、そういう考え。

 私もどっちかと言えばそっちのタイプだ。


「んな堅苦しい話より、週末の話しようぜ」

「週末の話って何?」

「つい一昨日のことも覚えてねーのかよ……生徒会の打ち上げ的なのしようって話してただろ」


 そうだっけ……?

 なんか、他にも考えることばっかりで全然記憶に残ってなかった。

 記憶力の才能は、少なくとも私にはないみたいだ。

 あと、たぶん注意力も。


「それで、何するんだっけ。またカラオケ?」

「遊園地」

「やったー!」


 ユリがもろ手を上げて喜んでいた。


「なんでユリが喜ぶの?」

「え!? だって遊園地だよ!? むしろ喜ばない要素がどこに?」


 そんな「当然でしょ?」って顔で言われたって。


「あんた生徒会じゃないでしょ」

「えー、あたしだってガルバデの一員なんだから十分の一くらいは生徒会役員みたいなものでしょ」


 十分の一くらいでいいんだ。

 思ったより謙虚だね。


「それとも、あたしだけのけ者にするつもり!? 遊園地なのに!?」

「謎の逆ギレしない。分かったよ、みんなに聞いとくから」

「やったー! 星、大好き!」

「てか……あんた受験生の自覚ちゃんと持ってる?」

「遊園地行ったら頑張れそうな気がします!」

「気がするんじゃなくて頑張れ」


 私の欲しい好きはそれじゃないんだけどな。

 けど、今はそういう気分じゃない。

 せっかく遊びに出かけられるのに、微妙に心が踊らない。行ったら行ったで楽しめるのかな。

 なんだか、いろんな焦りがぐるぐるとお腹の中を駆け巡ってるような感じだ。


「まーた難しい顔してるぞ星。ナプキン貸す? それともタンポン?」


 そんなことを口走りながらアヤセはごそごそと鞄を漁り始めた。


「生理じゃないし、そんな『ご飯にする?』みたいなノリで言わないでよ……てかどっちも持ってんの?」

「時と場合によりけり? 集中したいときなんかはタンポンの方が……って何言わすんじゃい」

「ふたりとも、ご飯の時の会話じゃないよ~」


 ユリに窘められてしまった。

 そりゃ、もうしわけございませんでした。

 アヤセもスクールバッグのチャックを閉めながら、「スマンね」と拝むように手のひらを立てた。


「つっても、こんなん日常会話じゃんか」

「TPOがあるんだYO。ご飯は美味しく食べようYO」


 突然の謎のラップ調歎願だったけど、まあ百理ある。

 女子校出身の人間が大学に行って感じたこと堂々の一位は「ノリが合わない。主に羞恥心の振れ幅が」らしい。

 いくら今は当たり前でも、何事も染まりすぎるってのは良くないことだろう。


「最近は涼しくなって来たし、外で遊ぶにはちょうどいいね。久しぶりだなあ。あのよく分かんないお花みたいなスナックまだ売ってるかな?」

「あー、わかる。あれだろ。なんかマカロニ揚げたようなやつ」

「そうそう。塩味でさ。じゃがいもなのか小麦粉なのかよく分からない味がするやつ」

「なにそれ、知らないんだけど……」


 いや、見たことはあるのかな。

 あるとしても記憶には全くない。

 やっぱり私に記憶力の才能はない。


「えー! じゃあ、食べなきゃ! あのチープなのに良い値段する味わいがクセになるんだよ!」

「全くそそる要素がないんだけどそれ」


 ユリのそれは、プレゼンとしてどうなんだ?

 とは言え、そこまで言われたらひと口くらいは食べてみたいような気もする。

 まるまるひとり分はいらないから、分けて食べるならちょっとくらいは。


 遊園地、宍戸さんも来るのかな。

 生徒会の打ち上げってことで決まったなら、来ないってことはないだろうけど。

 彼女も穂波ちゃんも、そして私も、ここらでうまく気晴らしが出来たら良いなと思う。

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