生徒会が解散した翌日、次期生徒会長選挙の要項が告示された。
管轄は選挙管理委員会。
期間中は忙しいながら、一年のうちにこの時期しか活動がないからと、それなりの人気委員会だ。
立候補の募集期間は登校日換算で四日間。
来週の月曜日が締め切りとなる。
規則として、ウチの学校に他推枠は存在しないことになっている。
実質他推に近い形の立候補でも、その申請をするのはあくまで自分自身であって、誰にも強制されないのがルールだ。
金谷さんと銀条さんは、とっくに願書を提出しただろうか。
今年は共に前幹部を後ろ盾にした出馬だけど、その前例を作ったのはほかでもない私自身だ。
確かに要項の中では「応援者は在校生に限る」とはあるが「前任者の助力を禁ズ」とはない。
ただ、なんとなく通例として前任者は手伝を出さず、応援者も信頼のおける同級生から出さなかった。
ある意味での公平性の担保って意味もあるけど、ほとんどは「自分たちの時代は自分たちで作る」みたいな意識の高さからくるものだろうと勝手に思っている。
しかし、何事にも全力を尽くす先代(今はもう先々代)生徒会長の手に掛かれば「違反じゃないのにどうして最善手を打たないの?」という話になり。
そこに「私の時代なんて別にいらない」という立候補者(私だけど)の意識の低さが合わされば、ご覧の有様である。
正直なところ、よくない前例を作ってしまったのかなという気はしている。
でも、これから何代か先の後輩たちが「やっぱり先輩の力を借りるとかしゃらくせえぜ」と一念発起すれば、勝手に昔の通例に戻るだろう。
要するに、今は一時の派閥ブームってことだ。
そんな中でもお声がかからなかった私は、呑気に選挙と投票の行方を眺めるのみである。
アヤセにおちょくられた時は、「二年生のどっちかが会長になってくれるならよかった」とだけ思っていたけど、時間が経ってみればいくらか寂しい気分もある。
私も人間なら、頼られなかったという事実はそれなりに侘しいものだ。
だから、校舎を歩いている時に声をかけられれば期待を持って振り返ったりもする。
顔には極力出さなくてもだ。
だがそれが期待しているものではないと分かると、どっと方から力が抜ける。
「ごめんなさい。急に呼び止めちゃって」
内履きのラインの色から、相手が三年生であることはすぐにわかった。
けど、記憶の片隅で見覚えがある。
ふわふわした髪と印象の女生徒。
ええと……確か――
「料理愛好会の」
ユリの誕生会の時に、間接的にお世話になってしまったんだっけ。
「あの時は知らず知らずにお世話に……それで、何か?」
「ああ、そんなに警戒しないで。なにもお礼に愛好会を部に昇格してくれってんじゃないから」
彼女はニコニコと微笑みながら、手をナイナイと横に振る。
そんな事微塵も警戒してないけど……しかも部の前段階である同好会をすっ飛ばしてるし。
「仮に昇格してくれって言われても、私にはもう何の権限もないけど。会長だったのも昨日までだし」
「ああ、それは勿体ないことしたなぁ。せめて同好会にくらいしてもらえばよかった」
さっきのは間違いじゃなくて意図的かい。
案外図々しいなこの人。
「というか、あなたも三年だし、もう引退してるでしょ」
「ううん、もともと活動も少ないし、良いストレス発散になるしで、なんだかんだ卒業まで在席する子がほとんど。部長自体は後輩に引き継いでいるけど」
「そ、そう……それで、何か?」
話が進まないので改めて軌道修正を図る。
すると彼女は、いくらか言いにくそうに苦笑してから、声をひそめた。
「歌尾ちゃんのことなんだけど……」
ああ……そうか。
それなら邪険にするわけにもいかないなと、ひとまず場所を変えることにした。
場所を変えるとは言っても、私にはもう便利な生徒会相談所は存在しない。
預かっていた鍵も顧問に返してしまったし。
だから校舎裏の適当なベンチで並んで話をすることにした。
「ごめんね。料理愛好会なら何かおやつでも準備しろって思ってるかもしれないけど、たまたま通りがけに声をかけただけだったから、何も持ってなくて」
「そんなこと微塵も思ってないけど……」
図々しい人は、相手も図々しいもんだと思っているらしい。
それで目くじらを立てることはないけど、失礼しちゃうというもんだ。
「それで、宍戸さんが何か?」
思えば、彼女は宍戸さんの部活の先輩だ。
多少なり事情を知っていたりするんだろうか。
「最近元気が無さそうだから、大丈夫かなって……ほら、先週もずっと学校を休んでいたみたいだし」
その言葉に、勝手に張りつめていた緊張がふっと抜ける。
まあ、そうだよね。
宍戸さんは、穂波ちゃんにSOSを発するギリギリまでため込んでいたわけだから、それ以前に他の人に相談をしていたとは考えにくい。
「吹奏楽部のこと気にしてなければいいんだけど……」
思ったより鋭い。
まさにその通りなんだけど……流石に知っているままを話すわけにはいかないので、曖昧に頷いてだけおいた。
「流石に知ってるんだ。吹奏楽部のこと」
「本人から聞いていたからね。吹奏楽部に誘われているってことと、迷ってるってこと。私は歌尾ちゃんのしたいようにしたらいいよって話はしていたんだけど、それで余計に気を遣わせちゃったんじゃないかなって心配だったんだ」
「そんな……少なくとも、私から見て今の部活に気を遣ってるようには見えなかったけど。楽しそうに通っているみたいだったし」
「そう、ならよかった」
彼女は心底安心したように胸をなでおろす。
「ほら、ウチの学校って基本的に兼部はダメじゃない? でも辞めるにやめられなくって、ホントは転部したかったのにできなかったんじゃないかなとか」
初耳だった。
ウチ、兼部ダメなんだ。
「たぶん、それも彼女は気にしていなかったと思うけど……」
「どうかな。料理愛好会は部員が少ないから……今年は歌尾ちゃんが入ってくれて存続していられるけど、来年、私たち三年生が卒業してしまったらどうなるか分からない。それは、歌尾ちゃんも知ってると思うから。ほら彼女、妙なところで責任感強いし」
妙に責任感が強いってのは、なんとなくわかる。
というより律儀というか、ある意味で頑固って言うか。
だからこそため込んじゃうんだろうけど。
「でも、そっか。気にしてないなら良かった……っていうことにしておこうかな」
この人はどこまでわかってるんだろう。
もしくは、どこまで気づいているんだろう。
案外鋭いのは確かなんだろうけど、どこまで本気か分からない。
私が一番苦手な、琴平さんタイプ。
「歌尾ちゃん、選挙のお手伝いをするんだよね。昨日、メッセージを貰ったから」
「二年生の銀条さんの手伝いをするみたい」
「それじゃあ、選挙が終わるまでは部活は気にせず頑張るように伝えておくね」
「そうしてもらえると助かるよ」
それで満足したのか、彼女は校舎へと帰って行った。
私は、本当につくづくなんにも分かってなかったみたいだ。
自分の学校の校則も把握してなかったくらいに……元生徒会長なのに。
いや、会長になるときに必要性に駆られて目は通していたのだけど、興味のある部分以外はすっかり忘却の彼方に葬り去ってしまっていた。
部活とか最も興味のない分野だったし。
ひとり残されて、誰にも見られてないのをいいことに、大きな、大きなため息をついた。
自分に何ができて何をしたいのか、すっかり分からなくなってしまった。