目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
9月5日 みにくいあひるのこ

 宍戸家にお邪魔した週末が開けて、再び登校日が始まった。

 宍戸さんはちゃんと学校に来るかなと心配もしたけれど、朝イチに穂波ちゃんから「きてますよ」という報告のメッセージを受け取ったのでひと安心だ。

 彼女の話では、宍戸さんは普段通り――学校に来なくなった前と同じ通りに過ごしているという。

 クラスメイトも単純に夏風邪をこじらせただけだと思っているようなので、下手な圧力もないようだ。


 私自身は、今日は顔を出すことはやめておいた。

 ただでさえ一年生の教室を三年生がうろつくのは目立つし、通りがかっただけとかならまだしも特定の生徒を訊ねてきただなんてもってのほかだ。

 明日、今期生徒会最後の集まりがある。

 顔を合わせるのはその時でいいだろう。


 とはいえ、私も今回の件は静観できない。

 いくらかは自分のせいだという責任感はあるし、今本当の意味で宍戸さんの味方になれるのは、私と穂波ちゃんしかいないのだから。


 そういうわけで、私は単身七組の教室を訪れていた。

 すべての発端であるスワンちゃんこと須和さんを呼び出してもらうためだった。

 彼女はすぐに呼び出しに応じて出てきてくれた。

 相変わらずの無感情で無関心なポーカーフェイスだった。


 ひと目のあるところで語る話題でもないので、そのまま廊下の奥まったところまで移動する。

 正直、彼女に宍戸さんの状況を話すかどうかは、呼び出す瞬間まで迷っていた。

 あまり他言するような者ではないと思うし、宍戸さん自身もそう願うだろう。

 でも、今の状態の彼女に万が一変なアクションをかけられるよりは、先んじて耳に入れておいた方が良かったと思ったんだ。


「――そういうわけで、今、彼女のことはそっとしておいてほしいんだけど」


 私の話を、須和さんは静かにじっと聞いていてくれた。

 全部聞いてから最後に、「そう」と短く返事をする。


「勘違いしないで欲しいけど、責めるとかそういうつもりは全くない。吹奏楽部が全国大会に行けなかったことは素直に残念だと思うし、スワンちゃん自身も今は切り替えの時期だと思うし……でも状況が状況だから」


 空気に耐えかねて、つい言い訳口調になってしまった。

 須和さんは特に機嫌を損ねた様子もなく、淡々と相槌をうつ。


「わかってる」

「ならいいけど」


 相変わらず言葉が少ないから、何を考えているのか判断しかねる。

 その分、僅かに口にする言葉は信頼がおけるのだけど。

 それですっかり話は終わった気になっていたのだけど、須和さんはじっとその場から動こうとしなかった。

 私も教室に戻るに戻れず、互いを牽制し合うみたいに見つめ合う。


「……何か?」

「私は気にしてない」

「は?」

「宍戸歌尾さん……彼女がいてもいなくても、きっと結果は変わらなかった」

「そんな言い方――」


 思わずむっとしてしまうと、須和さんは私の言葉を遮るように首を横に振る。


「彼女のいるいないが、ダメ金の直接的な原因ではないということ」

「ごめん、違いが良くわからない」

「誰かのせいだと言うのなら私のせい」

「それは……部の幹部だからってこと?」


 彼女は、頷いたような、首を横に振ったような、曖昧な反応で視線を落とした。


「私は、優秀なプレイヤーではあったかもしれないけど、優秀なリーダーにはなれなかった」


 そう語る彼女の表情には、ハッキリと自責と後悔の念があるように見えた。

 狙っていた全国を逃して気を落とすのは当然のことだろうけど、それでも、彼女がそんな表情を見せるとは思いもよらなかった。


 かける言葉が見つからず、私はため込んでいた息を吐いて、そして新たに飲み込む。

 事情はよく分からない。

 けど、何かに敗れた人間の気持ちならよく分かる。

 どんな言葉も必要としてないことも。


 いつの間にか須和さんは、いつもの無表情に戻って私を真正面から見据えていた。

 今までのことが嘘みたいな、見事な仏頂面だった。


「もう、宍戸さんには会わないから」

「ああ……うん、わかった」

「よろしくも言わなくていいから」

「それもわかった……」


 わかって、いいのかな。

 判断力がすっかり鈍ってしまった気がするけど、今はそう答えるしかなかった。

 私が頷いたのを見て、彼女は満足した様子で自分のクラスへ帰って行った。


「ワタシの友達を、あんまり苛めないであげてくださいね」

「うわ」


 突然声をかけられて、心臓から声が出た。

 胸を押さえながら振り返ると、琴平さんが手を振りながら立っていた。


「脅かさないでよ……てか聞いてたの」

「ご想像にお任せします」


 飄々と答えながら、彼女も踵を返してクラスへ戻って行こうとする。


「いや、苛めてたわけじゃないから」

「ああ、大丈夫、心配してませんよ。言葉のアヤってやつです」


 だったらいいんだけど……せめてその、心臓に悪い立ち回りはどうにかならないんだろうか。


「でもまあ、白羽ちゃんはこっちに任せて、そちらはそちらのやるべきことをどうぞ」


 またひらひらと手を振りながら、彼女は去って行った。

 やっぱり聞いてたんじゃん。

 誰かに言いふらすような人ではないと思うけど。


 確かに、須和さんのことまで考えるのは私のやるべきことじゃない。

 ただ、彼女でもああいう事があるんだって、ちょっぴり驚いただけのことだ。


 これで、余計な心配はもうしなくていい……はず。

 今の私にできるのは、明日の生徒会に宍戸さんがちゃんと来てくれるよう願う事だけだ。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?