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9月1日 すりきれチキンハート

 その日、私は一大決心を持って学校へ登校していた。

 ユリを振り向かせる――そう約束したのはしたけど、具体的に何をしたらいいのか分からなかった。

でも、何か動き出さなきゃ。

 期限の卒業まで半年とない。


 別に、卒業が生涯の別れってわけでもないだろうけど、少なくとも私の進路は県外希望なので、彼女とは離れ離れになってしまう可能性が高い。

 少なくとも、私の目指すレベルとは違うだろうから、大学は別々になるのは目に見えている。

 だからこそ卒業まで。

 大々的にアプローチをかけられるのは今しかない。


 というわけで、さっそく週末にデートへと誘ってみようと思っていた。

 ふたりで遊びに行くことなんて珍しくないけど、いざ目的を持って意識してみると妙にこっぱずかしいのはなんでだろう。

 ユリはもう登校してるかな。

 とりあえず教室へ行ってみようか。

 そんなことを考えていたら、スマホにユリからメッセージが入った。


――寝坊した!

――遅刻するかも


 泣き顔の絵文字付きで悲壮感がすごい。

 そして幸先の悪さに私の悲壮感もヤバい。

 仕方なく「気を付けて急ぎなよ」と返してあげると、すぐに「がんばる」と返事が返って来た。

 泣き顔は三倍に増えていた。

 仕方がない。

 誘うのはお昼休みにしようか。

 さっさと決めてしまおうと思っていた分、肩透かしを食らってしまった。


 で、お昼休み。

 今日は私の教室で、いつものアヤセとユリに加えて心炉も一緒に食事の机を囲む。

 そうだね、お昼って言ったらそうなるよね。


「でね、一度学校の目の前の信号まで来たんだけどね、断腸の思いで家まで戻ったわけさ。せっかく頑張った宿題を忘れたんだもん。忘れましたと言って怒られるよりは、遅刻で怒られる方を選ぶさ」

「それは、どっちでも大差ないのでは?」

「やっぱ、ユリはアホだなあ」


 ユリの遅刻トークに場は良い感じに盛り上がっていた。

 そして盛り上がれば盛り上がるだけ、私はどんどん冷静になっていく。

 いや、言えない。

 こんな状態で「週末ふたりで遊びに行こう」なんて言えない。

 「ふたりで」ってのがネックすぎる。

 だってここには四人もいるんだもん。

 他ふたりを差し置いて出かけようなんて、あまりに不自然な提案じゃないだろうか。


「まあ、遅刻もしなかったんだし結果オーライじゃね」

「登校時間の自己最短記録を更新したね。あと五分は睡眠時間増やせるかも?」

「むしろ、忘れ物を確認できる余裕があるくらい早く起きてくださいよ」


 こんなに会話は弾んでいるのに、「遊びに行こう」のひとことが言えないなんて。

 状況も悪いけど、私ってこんなにチキンハートだったっけ。

 そもそも、今までってどうやって遊びに誘ってた?


 ………………。

 …………。

 ……。


 そう言えば、私から遊びに誘ったことなんてあんまりなかったかも。

 ユリかアヤセの行きたいとこに誘われてくって感じばっかり。

 受け身人生の弊害がこんなところで露呈するなんて。

 いつも誘ってくれるふたりに感謝だね。

 友達ってあったけえ……なんてしみじみしている場合じゃなくて、いったいどうしたもんかな。


「星さん」


 声をかけられて、意識がもどってくる。

 気づいたら、三人みんな同じようにきょとんとした顔で、私の顔を覗き込んでいた。


「呼んだ?」

「なんか心ここにあらずって感じだったので」

「心炉はここにいるけどな」

「下手なダジャレはやめてください」


 心炉がため息をつくと、アヤセは悪びれずにぺろっと舌を出す。


「食欲もないようですし、遅い夏バテですか? 昨日もなんか疲れた顔してましたよね」


 昨日もそんな事言われたっけ。

 なんか、くだらないこと――私にとっては重要なことなんだけど――で心配かけてしまって申し訳ない気持ちになる。


「大丈夫、夏はもう終わったから」

「どうした星、急に詩人か?」

「でも、確かに涼しくなってきたねー」


 ユリがしみじみと頷く。

 確かに、日中はまだまだ暑いけど、朝と夕方は長袖一枚羽織りたいくらいには涼しいと感じるようになってきた。


「今年はプールとか行けなかったね」

「いろいろ忙しかったしな。三年の夏って感じだった」


 プールか……うん、候補としてはありかもしれない。


「プールっていつまでやってるんだっけ」


 探りを入れるように尋ねてみたけど、流石に誰も営業日程までは把握していないようだ。

 仕方なく、自分でスマホを使って調べてみる。


「あ……この間の土日で夏の営業は終わってた」


 一瞬で断念。

 ことごとく運がない。

 屋内プールは年中開いてるみたいだけど、あるのは普通の競泳用の四角いプールだけ。

 波のあるプールも、流れるプールも、浮き輪で乗るスライダーもない。

 流石に行く意味がない。


「珍しいな。なんなん、遊びたい気分なん?」


 アヤセの問いに、私は咄嗟にスマホをスリープにしてポケットにしまう。


「そういうんじゃないけど」

「みなまで言うなって。受験勉強に疲れてきて、息抜きしたいんだろ?」

「むしろ、夏はあんまり勉強できなかった気しかしないから、やりたくてうずうずしてるけど」


 そう言うのって、十一月とか十二月くらいになってから言うセリフでしょ。


「受験っつったら、また進路希望あんじゃん。ユリ、お前そろそろ真面目に書けよ?」

「えー、うーん。そう言われてもなー」


 ユリはこれ以上ないくらいに渋って、腕組みをしたまま動かなくなってしまった。


「ユリさん、普段は真面目に書いてないんですか?」

「ああ……こいつ、知ってる大学の名前を思いついた順に書いてるだけだから」

「それ、何の意味があるんですか……?」


 そんな真面目に返されても、私だって知りたいよ。

 ユリはもうひとつ大きく唸ってから、首をかしげて明後日の方を見上げた。


「なんかなあ、大学生の自分があんまりイメージできないんだよね。大学生ってそもそも何すんの? 高校生と何が違うの?」

「いや、そっからかい」


 ビシっとアヤセのツッコミが飛んだけど、特に笑いは起こらなかった。

 笑いどころじゃないから当然だけど。


「オープンキャンパスとか行かなかったんですか?」

「去年、一緒に近場のに行ったけど。でもユリは学食全部制覇するんだとかいって、そればっかだった気が」

「なにしてるんですか。本分を忘れないでくださいよ」


 心炉はすっかり呆れかえってしまっていた。

 気持ちはわかる。


「でも、心炉の言う通りだね。そろそろ、本当に、真面目に考えなよ。受験は大学選びから始まってるようなもんだし」

「うう、分かったよお……」


 流石のユリもこのままじゃマズい認識はあるのか、しょんぼりしながら大人しく頷いていた。

 ほとんど同時に予鈴が響いて、お昼はそれとなく解散になった。


 解散になった……じゃないよ。結局、遊びに誘えなかったじゃん。

 このままじゃ先行きが不安すぎる。

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