目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
8月28日 これで見納め学園祭(後編)

 そうして――ユリは本当に、ウチのステージに出ることになってしまった。

 他クラスの生徒だし、流石にみんな渋るかと思ったのだけど「プログラムに穴をあけるよりは」と、ほとんど二つ返事だった。


 というわけで、私はバーカウンターでシャーリー・テンプルを作りながらぼんやりとユリの飛び入りステージを眺めていた。

 流石に石油王衣装で踊るなんてことはなく、かといってチア部の衣装も準備していない。

 どうするんだろうと思ったら、エースの陸上部のユニフォームを借りての参戦だった。

 これは思わぬレアユリ姿。


 クラスメイトたちからは「持ち時間を埋めてくれたらいいから」とだけ言われていたようだけど、見よう見まねで案外うまくやるもんだ。

 笑顔、客席へ向ける視線、指先足先まで芯が通ったような演技。

 三年間、チア部で培われて来たものってことかな。


「いやあ、ほんと助かったわあ。流石は野生児」

「まあ、野生のパフォーマーなのは確かだね」


 すっかり安心した様子のクラスメイトに、私はほんのり笑みをこぼす。

 どーよ、ウチの体力バカはすごいでしょ。

 自分のことじゃないのに、なんだか少し誇らしい。

 世の中の親バカの気持ちが少し分かったような気がする。


 そうやって持ち時間たっぷりパフォーマンスを繰り広げて、ステージを降りたユリがパタパタ駆け寄って来る。


「どうだった? やれるだけやってみた!」

「うん。すごかったし助かった。流石ユリだね」

「でっしょー? えへへ、もっと褒めてもよいぞ」


 ユリは得意げに胸を張って鼻の下をこする。


「で……偵察は果たせたの?」

「うん、なんかすごかった! あと、めっちゃ気持ちよかった!」

「そりゃよかったよ」


 楽しいならそれでさ。

 こっちは特に競い合うつもりもないしね。

 争いは憎しみ意外何も生まない。


「そういえば、星はいつまでシフト入ってるの?」

「お昼の二時までだけど」

「その後は生徒会?」

「いや、一時間くらい休憩で開けてるけど」

「ならよかった! 一個行きたいとこあるの! 一緒いこ!」


 満面の笑みでユリが口にする。

 私は押し切られたみたいに、一も二もなく頷かされていた。

 勢いでOKしちゃったけど、もしかしてこれ……文化祭デートかな?


 そう思ったら、時間までどうにもそわそわしてしまった。

 もちろんシフトの時間はちゃんとこなしていたけれど、次の子への引継ぎはちょっと食い気味になってしまった気がする。

 急かした感じになってしまったのは申し訳ない。


 それで、ユリと待ち合わせをして向かったのは一年生の教室だった。

 入口まで向かうと、エプロン姿の穂波ちゃんがぼんやりと客引きをしている姿が目に付いた。


「あ……こんにちわ」

「遊びに来たよ!」


 元気よく答えたユリに対して、穂波ちゃんはワンテンポ遅れてはっとする。


「もしかして、遊びに来てくれたんですか?」

「そう言ってるけど……穂波ちゃん疲れてる?」


 なんか心ここにあらずというか凄く眠そうだ。

 私が声をかけると、彼女はすごーくゆっくり、にこぉーっと表情をほころばせた。


「昨日、寮でみんなで遅くまで準備してたので……寝不足です」

「そうなんだ。あんまり無理しないでね」

「ありがとうございます……二名様ごあんないですねー」


 そのまま、ぽやぽやした穂波ちゃんに仲間で案内された。

 教室の中は、とても素直な学園祭の喫茶店というつくりだった。

 勉強机を合わせてテーブルクロスを引いた客席に、コーヒー、紅茶などの定番のメニュー。

 よくも悪くも、一年生初学園祭の出店という感じ。

 ただひとつだけ違うのは、壁に寄せて並べられた机の上にずらりと本が並んでいた。

 小説、漫画、絵本から実用書のようなものまで内容は多種多様だ。

 席につくと、案内の穂波ちゃんと入れ替わりに、同じくエプロン姿の宍戸さんが接客についてくれる。

 彼女はちょっと恥ずかしそうにしながら、ぺこりと頭を下げた。


「い、いらっしゃいませ……あの、来てくださってありがとうございます」

「なんのなんの。遊びに来るって約束してたしね」


 ユリがイケメンスマイルでぐっと親指を立てた。

 なるほど、そういうことだったのね。

 いつの間にそんな約束――なんて思いもしたけど、せっかくの学園祭だ。

 可愛い後輩のお店を覗いておくのも悪くない。


「これは、いわゆるブックカフェってやつなのかな」

「あ……はい、そうです。今回はあまりシフトに入れる人がいなくて……あ、その、みんなやる気ないとかじゃなくて、部活のお店の手伝いとかが忙しいみたいで……」

「大丈夫、わかるよ」

「はい……それで、あんまり忙しくなり過ぎないようにって……回転率? を下げるために、ブックカフェをしようってことになったんです」


 宍戸さんは、相変わらずたどたどしく、だけど一生懸命に出店の経緯を教えてくれた。

 確かに店内は、ウチやユリのところと違ってゆったりと、スローペースな空気と時間が流れているように感じる。

 学園祭の模擬店舗と言えば勢い任せでパリピな感じが多いので、こういう本当の意味でゆっくりできるところは貴重かもしれない。


「それで……ご注文はどうしましょうか?」

「あたしアイスティー! ミルクとガムシロつけてね」

「私はホットコーヒー。ミルクだけ。あとせっかくだし、何かおすすめの本あったら貸してもらえるかな」

「お、おすすめの本ですか……?」


 宍戸さんが、ちょっと困った様子で首をかしげる。

 ちょっとムチャ振りだったかな。

 実際、普段から貸し借りしてるならまだしも、本をすすめるって難しいよね。


「じゃ、これをどうぞ」


 話を聞いていたのか、いつの間にか背後に回っていた穂波ちゃんが、一冊の本を差し出してくれる。

 その表紙を見て、ユリが身を乗り出す勢いで食いついた。


「藤沢周平! いいね! 最高だね!」

「私が提供した本です。短編のやつなので、ぜひ」

「そう、じゃあ、せっかくだし……」


 時代小説か……あんまり読まないんだけど、「おすすめを」って言ったのは私の方だし。

 ものは試しという言葉もある。

 本を受け取ると、穂波ちゃんはまたにこぉーっとゆっくり表情をほころばせた。

 いいけど、あんまり無理しないでね。


「星いいなー。あたしも何かおすすめの本ほしいなあー」


 ユリがダダをこねはじめた。

 たった今本を提供してくれた穂波ちゃんは、申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめんなさい……わたし、これしか持ってきてなくて。あとおすすめできるものが……」

「あ、あの、じゃあ、私が持ってきた本で良ければ……」


 宍戸さんがぱたぱたと本棚にかけて行くと、一冊の絵本を持って帰って来る。


「えっと、ごめんなさい……その、絵本なんですけど」

「わあ、絵本大好き! ありがとう!」


 ユリが笑顔で本を受け取る。

 宍戸さんは安心した様子で、ほっと胸をなでおろしていた。

 どんな絵本かと、私も表紙を覗き込む。


「あ、なんか子供のころ読んだことあるかも。流石に内容は覚えてないけど」

「あ……そう、なんですね。わたし、その絵本作家さん大好きで……ウチにシリーズ全部あります」


 それはすごいな。

 絵本の好き嫌いとか、子供のころはまだしも今になって考えたこともなかったから、絵本作家も全然詳しくないけど。

 そもそも、絵本を買ってもらうことがなかったかも。

 そういうのは姉のおさがりで大量にあったから、わざわざ新しく買う必要もなかったのが大きい。

 代わりに読むものには困らなかったけど。


 それからユリとふたり、のんびりと本を読んで過ごした。

 というか、ユリとこういうまったりとした時間を過ごせるのってめちゃくちゃ珍しい。

 レアユリ姿も見れたし、今日はなんだかレアなこと続きだな。

 学園祭、最高かよ。


 時間はあっという間に過ぎて、学園祭は四日間のフィナーレを飾る後夜祭を迎える。

 後夜祭はなんというか、もう、何でもありだ。

 基本は正面の野外ステージでのパフォーマンスがメインにはなるけれど、思い残すことがないように時間いっぱい好きにやってくれって、そういうノリの集大成みたいな時間。

 空もすっかり夕暮れで、ほんのちょっぴり哀愁も感じる。


「というわけで、昨日がリハで今日が本番だね!」


 ステージ裏で、私たちの急造バンド『ガールズバンド・オブ・ザ・デッド』こと『ガルバデ(もうこれで正式名称でいくらしい)』は、出番くるのを今か今かと待っていた。

 楽しみって言うよりは、早く終わってくれって気持ち。

 少なくとも私は。


 たった二曲披露するだけなのに、なんでこんなに緊張するんだろう。

 きっと、そもそも人前に出るってことが、あんまり得意じゃないんだよ。

 引きこもりインドア派だから。


 他の人たちはどうなんだろうと思って様子をうかがうと、アヤセが何やら真面目な表情で考え込んでいた。


「思ったんだが、これってつまり解散ライブか?」


 考えてることは全く真面目じゃなかった。


「解散しても、あたしたちはいつでもひとつだよ」

「ユリ……」


 なんかふたりで青春スイッチフルスロットルになって、ひしりと抱き合っていた。

 そういうのについていけない私と心炉は、緊張を紛らわすように手のひらに人の字を書いては飲み込んでいた。


「よーし、じゃあ円陣やっとくべ」


 ひとしきり青春ドラマを楽しみ終えたのか、アヤセがいつもの調子にもどって両手を大きく広げた。

 私たちはそれぞれ頷き合って、がっしりと肩を組むように円陣を組む。


「なんだかんだで、慌ただしく過ぎた一ヶ月だったな」

「後出し後出しの要素が多すぎるんですよ。ちゃんとここまでこれたのが奇跡だと思います」

「でも、楽しかったね。終わるのがもったいないくらいだよ」


 そうだね。

 終わりよければすべてよしって言うし……楽しかったって言えるんじゃないかな。

 ちゃんと終われば。


 ユリの言葉に、いくらかしんみりというか、しみじみとした時間が流れる。

 だけど、私たちにそう言うのはびっくりするくらいに合わなくって、誰からともなく噴き出したように笑ってしまった。


「よーし。じゃあ、あとはあと星がシメろ」

「え、何で私が……」

「生徒会長だろ。こういう時こそ生徒を引っ張ってくれよー」


 生徒会長関係ないと思うけど……まあ、アヤセの無茶振りはいつもの事だ。

 流石に三年間で成長したぞ。

 もう、これくらいで動じる私じゃない。


「じゃあ、まあ……それぞれ思うところはあるかもしれないけれど。おちついて、練習通りの演奏をしよう。一二〇%は目指さなくていい。一〇〇%。練習はきっと、裏切らない」

「星はマジメちゃんだなあ。でも、そうだな。一二〇%はいらん。一〇〇%勇気だな」

「なんで乱太郎なんですか」

「いい曲だよねえ」


 シメようとしたのに、締まらなかった。いいよもう。

 それも私たちってことで。


「はい。じゃあユリ、掛け声」


 それでも締まらないと先に進まないので、無理矢理テンションを先へ先へと持って行く。

 ユリは力強く頷いて、今回は大きく大きく、息を吸い込んだ。


「ガルバデぇ……ファイッ!」

「オー!」


 昨日とは違って、今日は本当に全力の声出し。

 叫びと、吐息と一緒に、緊張がすっと口から抜けて行ったような気がした。

 ここが私たちの――いや、私自身の集大成だ。

 学園祭の、生徒会長としての、最後の仕事がここにある――

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?