一般的に学園祭と言えば、模擬店舗を出したりイベントステージを開催したり、そういう〝お祭り〟色の強いイベントだと思う。
ウチの学校ではまさに今日の一般招待日がそれにあたる。
基本的に各クラスの出し物と、校内に部室を持ってる文科系部が校舎の中で。
そうじゃない運動部その他有志の出店は中庭やグラウンドといった野外にテントで店を構えるのが通例だ。
校門入ってすぐの特設ステージでは、ついさきほど開会式が行われたばかり。
その流れを引き継ぐように、さっそくチア部がステージでパフォーマンスを披露していた。
ユリはいないし、他にも知ってる顔はない。
きっと、代替わりした下級生チームのお披露目といったところだろう。
そんなお祭りムードの中で、私の最初の仕事と言えば――見回りを置いて他になかった。
こういうとき、初歩的なトラブルはたいてい開会直後に集中する。
運営サイドにとっては一番忙しい時間帯だ。
実行委員たちはさっそく、受付で来場者の対応に追われていた。
受付列が道路に伸びてるからどうにかしろだの、入校証シールの在庫はどこだの、傍目にも大変そう。
そこは管轄ではないので、どうにかこうにか頑張ってもらうとして。
我々生徒会は見回りに集中させてもらおう。
「いざ当日になってみると、あっという間でしたね」
「まあ、まだ始まったばっかりだけど」
心炉とふたり、模擬店の呼び込みでにぎわう校舎をぶらぶらする。
生徒会の見回りもシフト式だ。
みんな自分のクラスなり部活なりの手伝いの時間が必要なので、四六時中こっちを手伝って貰うわけにもいかない。
「でも、こうしてちゃんと学園祭を見て回るのは初めてかも」
「そうなんですか? 去年とか何を?」
「一年目は喫茶店の準備だけ手伝って、当日は図書館で勉強。二年は……何してたっけ。クラスの出し物は劇かなんかだったと思うけど」
「うわあ」
これ見よがしに引かれてしまった。
まあ、今にして思えば自分でもどうかと思うけど。
それが今年は運営側で引っ張りだこなんだから、人生何があるか分からないものだ。
「おやー、おふたりさん見回りですか?」
不意に、迷彩服にグラサン姿の不審者に呼び止められた。
一瞬誰かと思ったけど、声のトーン的になんとなく誰かは理解できた。
「琴平さん……それは呼び込みか何か?」
「ええまあ。良かったら見ていきます?」
そう言って彼女は、携帯していたモデルガンで傍らの模擬店舗の入り口を指し示す。
廊下を完全に遮る形で張られた暗幕に、天井から吊り下げられた看板。
そこにはおどろおどろしい字で『3年理系クラス合同リアル脱出ゲーム~ゾンビハイスクールからの脱出~』と書かれていた。
「いやあ、もともと合同でリアル脱出ゲームをやろうって話にはなってたんですけどね。映画のゾンビメイクが思ったより出来が良かったので、この際取り入れてみることにしました」
「ああ……そう」
さすが琴平さんだ。
苦労を苦労のまま終わらせない。
ちゃっかりしてるな。
「すごいですね。三クラスぶち抜きなんでしたっけ?」
「その通り! 昨日はほとんど徹夜作業でしたよ。グラサンもパンダ目隠しです」
そう言って、彼女がたくし上げたグラサンの下は、どんより真っ黒な隈で覆われていた。
これだけの大作だもんね。
お疲れ様。
「そういうわけでどうです?」
「いや、見回り中だし流石に遊べないよ」
「そうですか、それは残念――おっと、失礼」
話の途中で、琴平さんの腰につけていたトランシーバーがザザッと鈍い音を立てる。
『こちらHQ。間もなく次のグループの入場を開始する。各自所定の位置へ。どうぞ』
「お呼ばれみたいですねえ。それじゃあワタシは、参加者へのインストがありますのでこれで。気が向いたらあとでいらしてくださいねー」
琴平さんは、全く期待してなさそうなトーンで言い残して暗幕の向こうへ去って行った。
「後で行くんですか?」
「いや、たぶんいかない」
頭の中では夏休み中の肝試し撮影のことを思い返していた。
ようはああいうのってことでしょ。
流石に二度目はノーサンキューだ。
「クラスの仕事もあって、部活のもあって、そのうえ生徒会となると、個人的に回る暇はほとんどないですよね」
「クラスは同じだから分かるけど、英語部って何するの?」
「宮沢賢治の英訳を朗読します」
それ、聞いてる方は分かるのかな……まあ、何かよく分かんないけどすごいってのが分かればいいのか。
学園祭のステージ発表は基本的に自己満足の世界だと思うし。
「見に来てくださいとは言いませんよ」
「あ、そう?」
「草葉の陰から見守っててください」
「それ、私死んでる」
私のツッコミに、心炉が冗談めかしてくすりと笑う。
それから、時間を気にするように腕時計に目を落とした。
「星さん、このあとクラスのシフトですよね」
「そうだけど、まだちょっと時間があるかな」
あんまり早く行っても仕方がないし、ギリギリまで見回りをしておこう。
空いてるであろう間に、顔を出しておきたいところもあるし――
「お帰りなさいませ、お嬢様がた――」
そういうわけで、私と心炉は数多のイケメンもといコスプレイケジョたちに出迎えらえていた。
三年三組模擬店舗『ドキッ!? 女子校なのにイケメンパラダイス』は、早い時間だけど実に繁盛しているようだ。
「なんだ、星に心炉もサボリか?」
「アヤセ……いや、客じゃなくて見回りなんだけど。ところでそれは何のコスプレなの?」
出迎えてくれたアヤセの恰好は、ベスト着用のスーツ姿にハット。
男装と言えば素直な男装なんだろうけど、いまいちコンセプトは分からない。
「ええー、どう見たってシカゴマフィアだろうがよー」
ああ、そうなんだ……言われないとちょっと分かんないかな。
「やっぱり葉巻とトミーガンも必要か。ココアシガレットならあるんだけど」
「ずいぶん軟派なマフィアだね」
「というか、未成年なんですから喫煙に見えるのはちょっと」
「うーん、心炉がそう言うならしゃーないか。チュッパチャップスで我慢しとこ」
そう言って、アヤセはシャンパンタワーみたいにテーブルに積まれたチュッパチャップスタワーから一本抜き取って、包みをはがして咥えた。
「何このアメちゃんの山」
「これ? サービスサービス」
アヤセは黒板に書かれたメニュー表を指さす。
「一本百円でアメちゃんを舐めさせる、または舐めさせてもらえるサービス」
とか言ってる間に、ちょうどお席でダウナー系研修医にチュッパチャップスをあーんされてる他校の女生徒の姿を見かける。
なるほど……ううん、やられてる方は幸せそうだ。
すごくきわどい、ギリギリのラインを突いてきたね。
「それで、石油王は?」
「セキユ――ああ、ユリか? それならほれ、あそこ」
アヤセが指さした先で、真っ白いローブみたいな服を着たユリが、たおやかに手を振っていた。
「指名入ってない奴は、壁の花になる決まりなんだ。常にイケメンに囲まれてこそのイケメンパラダイス」
その理論はよくわかんないけど、よく見れば他にも壁際にコスプレした生徒たちが並んでいて、にこやかに愛想を振りまいていた。
「それよか、一組は調子どうなん?」
「どうなんって聞かれても……ねえ?」
「私たち、開始からずっと見回りしてますしね。これから星さんがシフト入ってますけど」
「なるほど」
アヤセは頷くと、何やら考え込むように唸ってから、ユリに向かって手を振った。
「おーい、ユリ! 暇なら他のクラス偵察に行って来ていいぞー! これからこいつシフトなんだって」
「え、マジ? いくいくう!」
「いくいくう、じゃなくて。忙しそうだけどそんな事してていいの?」
「いーのいーの。どうせこれからもっと忙しくなるんだから。偵察するなら今のうちだって」
ヘラヘラと口にして、アヤセが耳打ちするように肩を寄せて来た。
「ここだけの話、客の取り合いになるとしたら一組なんだよなあ。見回りの名目で内情見られといて、こっちだけ情報なしってのはフェアじゃねーよなあ?」
そんなこと言われたって。
それにウチの学園祭は売上を競うようなシステムも特にないのに。
「よーし、それじゃあ行こっか!」
私とアヤセの間に割って入るように、ユリが飛び込んでくる。
さっきまで頑張って石油王っぽく振舞ってたみたいだけど、もうすっかりただのユリだ。
「じゃあ私は銀条さんと合流して見回りを続けますので、あとは星さんよろしくお願いします」
心炉は「我関せず」と言った様子で、笑顔をうかべながらススーっと教室を出て行ってしまった。
逃げたな。
まあ、仕方あるまい。
私はすっかり乗り気になってしまったユリを引き連れて、自分のクラスへ向かうことにした。
三年一組模擬店舗『パブリックショールーム』は、バー併設のダンスホールだ。
バーと言っての出すのはノンアルコールカクテルで、行われるショーはポールダンス。
雲類鷲さんを筆頭に練習を積んだせ専任ダンサーたちが、それぞれの部活のユニフォームに身を包んでダンスを披露する。
どこからどう見ても、ド健全な出展内容である。
私はバースペースの接客担当のシフトだったのだけど、教室につくなり模擬店運営幹部のクラスメイトに泣きつかれてしまった。
「カイチョー! ヘルプミー! じゃなくて、ヘルプアスー!」
「なんなのいきなり」
そのまま腕を引っ張られて、裏の待機スペースへと引っ張り込まれる。
二日前に体育祭で大活躍だったウチのエース(元陸上部)が、拝み倒すように手を合わせていた。
「ごめんね、ごめんね! もっと早く気付くべきだったね!」
「これは、どういう状況なの?」
「いやね、ほら。この子、体育祭で怪我しちゃったでしょ。そのせいで、今日のショーも無理になっちゃってさ」
説明を受ける傍ら、私はエースに視線を向ける。
椅子に座った状態の彼女の右足は、ぐるぐると分厚い包帯で巻かれたままだった。
そりゃ、二日前に捻った足首が昨日今日で治るわけがない。
「それで、プログラムに穴あいちゃったんだよね」
「そうなんだ。誰か代わりにもっかい踊れないの?」
「それが、ちょうどこの時間だけ誰もいないんだよね……だからさ、ね、補欠♪」
「それはない」
めちゃくちゃ軽いノリで迫ったクラスメイトを、有無を言わさず一蹴する。
流石の私も、ポールダンスの補欠を引き受けたような記憶はない。
彼女もダメ元のつもりだったのか、ぺろっと舌を出して申し訳なさそうに頭を下げた。
「ま、そうだよねー。うーん。じゃあここだけバータイムにでもするかあ」
「いいかもね。ドリンク値引きしてとか」
「ふふふ、話は聞かせてもらったのだよ」
クラスメイトたちがダメならダメなりに次の手を考えていたところに、不敵な笑い声が響く。
「ユリ、いたんだ」
「いたよ! ずっといたよ!」
そうなんだ、ごめんね。
なんか緊急要件だったから、連れて来たのすっかり忘れてたよ。
「それで、何の用? 見ての通りこっちはトラブルなんだけど」
「んー? ほら、ね?」
ユリはこれ見よがしな振りで、ビシリと両手で自分を指さす。
クラスメイトたちはみんな、あっけに取られてそれを見ていた。
「ここに、ダンスの得意な健康な生徒がいるよ!」
ああ……やっぱり、そういう事なのね。
恰好が石油王なものだから、まったく説得力がなかったよ。