学園祭でのライブ公演に向けて所属するバンドの練習に励む女子高生・ユリ。
それは、一年前に不幸な事故で命を落とした親友との約束を果たすためのものだった。
しかし、学園祭当日の朝。
泊まり込みの練習をしていた彼女が目を覚ましたら、そこは謎のゾンビウイルスに汚染された平行世界の地球の上だった――
『聞いた話をまとめると、ユリはこことよく似た別の世界から来たってことになるけど……』
『そう言ってるよ! だって元の世界じゃセイは……』
廃墟のようになった街で、学校に立てこもっていたのはユリを含むバンドメンバーたち。
そこには、元の世界では死んでいるはずの親友、セイの姿もあった。
一行は頑丈扉で守られた放送室を根城にしていたが、食料も底を付きかけた極限の状態に。
このままではらちがあかないと、ユリは元の世界へ帰るために行動を起こすことにする。
『そんなアホみたいな話に乗れるか。あたしはあたしで好きにさせてもらう』
元の世界でのベーシスト・ルカはこの世界ではたまたま行動を共にすることになってしまっただけの孤高のヤンキーだった。
ユリの話を信じることができない彼女は、自分の命は自分で守ると言い残して、ひとりでどこかへ行ってしまう。
『とにかく手がかりを探そう! こうして学校にいるのには、きっと意味があるんだよ!』
ユリは仲間の力を借りて、ゾンビのはびこる校内の調査に出かけるのだった。
『確か、コンちゃんが生前、家庭科室に武器を集めてたはずなんだ。残ってりゃいいんだけど』
ドラマー・アヤセの提案で、コンちゃん(技術家庭科教師)の忘れ形見を手に入れるため、家庭科室を目指す面々。
しかし、廊下には既に大量のゾンビが蔓延っていた。
『セイ、セイ、教室からも来るよ!』
『おうおう、雰囲気あっていいじゃん。USJのアトラクションみたい。行ったことねーけど』
ユリとアヤセを筆頭に、ゾンビの群れを切り抜けようとする。
しかしその中にアヤセは、生徒会の後輩たちの姿を見つけてしまう。
『ミワ、ユヅル、そんな……』
『アヤセ危ない!』
僅かに気を取られた隙に、ゾンビにたかられてしまうアヤセ。
ユリたちはどうにか彼女を助け出して、その場を切り抜ける。
『帰ったらあっちの私に伝えてくれ……最高にロックなライブを頼むぜ……って』
傷だらけのアヤセは、そう言い残してこと切れてしまった。
ユリは亡骸を弔いたいというが、いつゾンビかしてしまうかも分からないとセイたちに説得されて泣く泣く亡骸を見捨てていくことになる。
家庭科室にたどり着いたのは、ユリ、セイ、ココロの三人だけ。
それまでと違って静まり返った室内に、逆に緊張が高まっていく。
『…………さい』
掠れるような声とともに、セイの足首をひたりと掴む人影。
ゾンビと化した後輩のカオが、足元からずるずると上半身めがけてよじ登って来る。
『ごめんなさい……ごめんなさい……』
『ひいいいいい』
『セイさんなにぼーっとしてるんですか!』
すっかり怯えて動けないセイの代わりに、キーボード・ココロがカオを引きはがす。
気づくと、いつの間にか辺りは同じように床を這いずるゾンビで埋め尽くされていた。
『武器さえ手に入れば道は拓けます! ここは私に任せて先へ!』
『ヤだよ、ココロちゃん、そんなの……!』
『ダメだよユリ! もう助からない……!』
自ら囮になって、ゾンビの群れに飲み込まれるココロ。
『セイさん……私の……キーボード……』
それがココロの最後の言葉だった。
『絶対に怖いはずなのに、叫び声も上げずに、ひとりで……ココロちゃん……』
『ユリ……いくよ』
断腸の思いでココロを見捨てて、ふたりは武器の拳銃を手に入れる。
そうして唯一の手掛かりとも言える、ユリがこの世界へとやって来た場所――生前のバンドの想い出が詰まる音楽室を目指す。
音楽室もまた、家庭科室同様にひっそりと静まり返っていた。
先のことがあるので、ふたりは物陰のゾンビに注意しながら先を進む。
その時、奥の個人練習室の扉が鈍い音をたてながらゆっくりと開いた。
『ホ……ホナミちゃん……』
驚きを隠せないセイの目の前で、その後輩であるホナミが無言で駆け出す。
ウイルスのせいで物言わぬクリーチャーと化していた彼女は、冷酷な殺人マシーンとして立ちはだかっていた。
振り下ろされた日本刀を、セイは手あたり次第のもので命からがらに防いでいく。
ユリも手に入れた拳銃で応戦するが、慣れない武器では有効打を与えられる様子もない。
やがてセイは、壁際まで追い詰められてしまう。
トドメを刺されるかというその時、何者かがホナミを横から突き飛ばす。
それまで単独行動をとっていたルカだった。
『決めろカリヤ!』
体制の崩れたホナミに、セイは咄嗟に掴みかかる。
そのまま小さな腰に回した腕を締め上げて、美しい放物線の背面投げを決める。
『ノーザンライト・スープレックスだああああ!!』
ユリとルカが、声を揃えて歓声をあげた。
強敵を退けて、セイも思わずガッツポーズ。
だが、その一連の騒がしさが、結果として学校中のゾンビを三人のもとに集めてしまう結果となった。
『ヤベェ! 逃げるぞ!』
『逃げるったってどこに!?』
『屋上! 屋上ならきっときっと大丈夫!』
ユリの咄嗟の提案で、彼女たちは追い込まれるように屋上を目指す。
気を抜けば瞬く間にゾンビの群れに飲み込まれてしまう。
派手なクライマックスの緊張感の中で、ようやく、半ばもつれ込むように、屋上へと逃げ込むことができた。
『もういいよ、ユリ』
『セイ……?』
『あなたの世界の私は死んでいる。つまり、私が生きていること自体が世界にとってはイレギュラーなことなんだよ。それを正したら、きっとすべてが元通りになる』
これ以上はもう逃げ場もない。ギリギリのギリギリのところまで追いつめられて、セイが出した結論がそれだった。
『うう……できないよ。星を撃つなんて』
『だったら、あたしか代わりに撃ってやる。これで今までの分は全部チャラってことにしといてやるよ』
ユリから銃を奪い、代わりに構えるルカ。
それを再びユリが取り返そうとして、ふたりはもみくちゃになる。
『星を殺すのも、この世界がなくなっちゃうのも、それはそれでなんかヤだ!』
『んなこと言ったって、他に何ができるって言うんだよ!』
『セイも死なずに、この世界を平和にしてみせる!』
堂々と啖呵を切るユリだったが、この状況においては詭弁以外のなにものでもなかった。
終わりの見えない口喧嘩のさなか、セイがおもむろに笑う。
その手にはいつの間にか、ユリの銃が握られていた。
『やっぱり、どの世界でもユリはアホだね……バイバイ』
銃声が響き、セイは崩れ落ちる。
ユリが慌てて駆け寄ろうとするが、次の瞬間、その足元がぐにゃりと大きく揺れ動いた。
目が覚めると――ユリはもとの世界へと戻っていた。
準備で泊まり込んでいた音楽室で、目覚めた彼女をバンドメンバーが出迎える。
そこには当然、セイの姿はなかった。
『大丈夫か。うなされてたけど』
『ううん、大丈夫』
アヤセに心配されて、ユリは静かに首を横に振る。
ひどい悪夢を見ていた気がする。
だけど大事なステージの前に、もう一度あの親友の顔を見ることができた。
それは彼女にとって、きっと「いいこと」だったと言えるだろう。
『いこっか、ステージへ』
そう。
この世界の、約束を果たすために――
「星さん、映画終わりますよ」
心炉に声をかけられて、私ははっとした。
学園祭三日目の文化祭。
講堂を使って催される、在校生オンリーのステージイベントだ。
その演目のひとつとして、夏休みに必死に撮影を行った生徒会企画の映画が上映されていた。
「大丈夫。寝てない。寝てないよ」
「誰もそんな事行ってませんが……」
心炉が呆れた様子で答える。
スクリーンでは、無駄に長々とエンドクレジットが流れていた。
弁明するようだけど、本当に寝てはいない。
ただぼーっとしていただけだ。
体育祭で酷使された疲れのせいもあるだろうけど、一番はたった今上映された映画のせい。
私は今、何を見せられていたんだろう。
当事者気分で映画を観るのなんて初めてなもんだから、感情のやり場に困っていた。
恥ずかしいわけでも、誇らしいわけでもなく……なんだろう、無。
そう、きっとこれは無の心だ。
諸行無常。
「いやあ、おかげ様で大盛況です。ありがとうございます」
主催者である文化祭実行委員長、兼、視聴覚委員長、兼、監督、兼、脚本、兼、カメラマン、兼、編集、兼、そのたもろもろ数え切れず――な琴平さんは、いつもの胡散臭い笑顔を浮かべながら上機嫌な様子だった。
「ほんと盛り上がったね……ノーザンライト・スープレックス」
「え、そこ?」
しみじみと語るユリに、思わず素で返してしまう。
確かに、決まった瞬間には客席みんな揃ってガッツポーズだったけど。
そんなに好きか、ノーザンライト・スープレックス。
「伝説ですよ、大相撲夏場所の奇跡」
さらりと補足してくれた琴平さんに、私はぎょっとして恐る恐る振り返った。
初耳なんだけど。そんなことになってんの……?
「歴史に名を刻みましたねえ」
「不本意すぎる……」
「いやいや、でももっと良いシーンあっただろ。ほら、屋上に駆け込む時にさ」
不意に、アヤセがそんなことを口にした。
屋上のシーンって……何かあったっけ。
ぼーっとしていたせいか、いまいち画をハッキリと覚えていない。
撮影現場のことなら覚えてるんだけど。
「屋上って……あ、あれは良いシーンって言っていいんでしょうか」
心炉が、なにやら複雑な表情で視線を逸らした。
いや、逸らしたっていうか、何かをじっと見つめている。
私の……スカート?
アヤセがしみじみとした様子で頷き返す。
「バッチリフィルムに収まってたな……星の真っ白なパ――おっと、これ以上は言えねえや」
「んな……!」
咄嗟に、両手でスカートの裾を押さえる。
それ以上言わなくたって、何を指しているのかバッチリと伝わってしまった。
「な……え……ウソでしょ?」
またまた琴平さんの表情をうかがう。
彼女は下手くそな口笛を吹きながら、これ見よがしにそっぽを向いた。
「な、なんてことを……!」
「まあまあ、そうカリカリなさらず~。在校生向けのサービスですので。明日の一般向けには全年齢版で公開しますので」
「私のパンツは十八禁じゃない! あ、パンツって言っちゃった」
自分で口にして、自分でツッコんでしまった。
居たたまれなくなって、そのまま悔しさを飲み込むように歯を食いしばる。
ぼーっとしてないで、ちゃんと映画観て確認しておけばよかった。
明日のは、ほんとにちゃんと、消してよね。
ああ、くそ、五七五だ。
「おっとー、そろそろクレジットが終わるので準備お願いしますね」
それから琴平さんは、素知らぬ顔で次の段取りへと移っていた。
ここでごねたって会の進行を邪魔するだけだ。
仕方なく私は、ステージ裏に立てかけていたベースを肩にかけた。
「よーし、それじゃあガールズバンド・オブ・ザ・デッド。略してガルバデの旗揚げ公演だね」
「何その安直な略称。あと旗揚げって演劇とかで使うんじゃないっけ」
「あれ、そうだっけ? まあなんでもいいや。頑張ろうね!」
意気揚々と答えたユリに、私もひと息ついてから、覚悟を決めて頷く。
「ま、今日は身内相手に練習って感じだな。本番は明日の後夜祭だ」
「ほんとにやるんですね……私、今さらながら心配になってきました」
アヤセと心炉も、それなりに緊張した様子でそわそわと客席を覗き見る。
やめてよそういう事言うの、こっちも緊張してくるじゃないか。
そんな、文字通り初心者感丸出しの私たちを前に、見かねた雲類鷲さんが小さく咳ばらいをした。
「まあなんだ……とりあえず円陣でもしとけ。多少は楽になると思うから」
「円陣! いいね! やろう!」
ノリノリのユリと共に、促されるままバンドメンバー四人で円陣を組む。
がっしりと肩を寄せ合って、頭を突き合わせると、なるほど世界がぐっと狭まったような気がして、不思議と緊張が和らいだような気がした。
「あ、そう言えば掛け声とか決めてなかった!」
「流石に煩くするのはまずいだろ」
「え~、じゃあ小声で。みんな『オー』で答えてね」
すっかり主導権を握っていたユリに、私を含む三人は無言で頷く。
それを確認して、ユリはこっそりと囁くように、だけど気持ちは声高らかに叫んだ。
「ガルバデぇ……ファイッ!」
「オー」
あっ……これはなかなか。
思ったよりも、頑張れる……かも。