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8月26日 今をときめく体育祭

 気象上、雲が空の八割までだったら晴れだという。

 小学校の理科でならったことは今でも疑問があるけれど、それはもう「そういうもの」として覚えておいて。

 今日は五〇%雲の、紛うことなき晴れ模様となった。

 なんとなく吊るしておいたてるてる坊主も、首をちょんぎられることがなくなってホッとしていることだろう。


 そんなわけで体育祭だ。

 全校生徒は学年縦割りでクラス番号そのままに七つの組に分かれてテーマカラーを身にまとい、グラウンドは七色の集団で埋め尽くされる。

 私たち一組連合のクラスカラーは紫。

 服装は自由(といってもほとんどクラスT)なので、統一されているのはハチマキの色くらいだけど、それでもひとところに集まれば一面がラベンダー畑みたいにも見える。


 開会式を経て、午前中は短距離走や障害走などの個人競技を中心に軽いジャブのような種目がこなされる。

 出るのもたいてい各連合の優秀なスポーツマンたちなので、文化部の面々は応援に集中していることがほとんどだ。


 点差はほとんど横並び。

 しかし運動部ガチ勢の大半は文系ということもあってか、文系クラスがいくらかリードしているような状態が続く。


 そうしてお昼前、ようやく文化部面子にとっては最初の花舞台――応援合戦が始まる。


「三組連合のぉ! 勝利をねがってぇ! 三三七びょぉし!」


 グラウンドの中央で、いつだか見た長ラン姿のユリが威勢よく声をあげる。

 その後ろには、兄弟や友人から借りて来たんだろう、長ランとは言わないけど学ラン姿の団員たちが揃いの赤ハチマチをつけて並んでいた。


 リズムよく響く太鼓とホイッスルの音。

 そして、三組連合総勢の手拍子が、それに重なる。

 応援合戦は、何をするにも基本的に自由だ。

 一種の集団演技としての盛り上がりや迫力、統一感なんかが相対的に評価される。


 拍手とともに、三組連合の応援団が自陣に下がって行った。

 入れ違いに、くじ引きで次の順を割り当てられた七組連合のチアガールが飛び出してくる。

 女子校の応援合戦でチアガール……仮にも強豪のひとつとして名を馳せるウチの高校では、あんまり目新しさはない。

 ……と思ったら、中央からひとりの女生徒が歩み出る。

 須和さんだった。

 チアガール姿なのは他の生徒と変わらないけれど、その手にはポンポンじゃなくて、日光を受けて輝くトランペットが握られていた。


「げ……七組のやつら、えげつねぇな」


 眺めていた私の傍らで、雲類鷲さんが顔をしかめる。

 私が「どういうこと?」と尋ねる前に、須和さんのトランペットの一声がグラウンドに轟く。

 演奏、春の応援練習でも散々練習させられるチャンステーマ大進撃。

 もはや今さら声合わせなんてしなくてもビタリと揃う歌声にチア、そして吹奏楽部のエースの演奏が負けじと響く。

 慣れ親しんたチャンステーマに、いつの間にか組み分け関係なく、全校生徒ノリノリで声をあげていた。

 文字通り、須和さんの演奏ひとつでグラウンドがねじ伏せられた。


「なるほど……確かにえげつない」


 これには「あっぱれだ」と笑うしかない。

 この後何をやっても、応援合戦の一位は七組で揺るがないだろう。


「せめて二位、頼むぞ!」


 一組連合の番がやってきて、雲類鷲さんたちにバンバン背中を叩かれながら見送られる。

 約束はできないけど、やれるだけのことはやろう。


 我らが一組連合の応援合戦テーマは「レディース」。

 三組のバンカラに対抗するわけじゃないけど、揃いの藤色の特攻服に、それぞれ好き勝手に選んだ仰々しい四文字熟語を背負ってずらりと整列する。


「姐さん! よろしくお願いします!」


 副団長の生徒の掛け声に合わせて、一同声を揃えて頭を下げる。

 私もその他大勢のレディースのひとりとして、深々と頭を下げた。


 最初のうちは、生徒会長だからということで団長を任されそうになっていた。

 だけど、会長だからって団長ってのは何か違うんじゃないと必死に説き伏せた結果、どうにかお役を免れることができた。

 その代わりにジャンケンで生贄――じゃなくて大抜擢されたのが、我らが副会長・毒島心炉である。


「顔上げ!」

「押忍!」


 心炉の号令に、一同弾かれたように頭をあげる。

 そうして少ない時間で必死に覚えた詩を斉唱した。


――この身ひとつに覚悟を決めて


――不屈の闘志でここに立つ


――ダチの声援背中を押すなら


――咲かせて魅せよう女道


 今どきヤン詩って……心の中ではそう思うけど、大勢で叫んでみれば案外サマになるもんだ。


「てめぇら、社会の道から外れても、心までブスになるんじゃねぇぞ」


 思ったよりノリノリの心炉のセリフで軍団のテンションは最高潮に。

 そのままスピーカーから突然のロックミュージックが流れてテンションを一転。

 キレッキレのパラパラつきで『One Night Carnival』を一番だけ歌って出番を締めた。


「は、恥ずかしかった……何って、時代錯誤すぎて……」

「そ、そんな事ないですよ……きっといい演舞でした」


 自陣にはけてから、心炉とふたり心の傷をなめ合うみたいに語り合う。

 顔が熱いのは、歌って踊って疲れたからかな。

 そう言うことにしとこう。うん。


「完璧! 最高! よくやった!」


 一方の、送り出した雲類鷲さんは、上機嫌でゲラゲラと笑っていた。

 今さらだけど、なんで一番似合いそうなヤツらが出てないの?

 納得いかねえ。


『そういうわけで、本日のメインイベント! 鉄人レェェェス! 実況はワタクシ、視聴覚委員会副委員長の上杉が担当させていただきます』


 午後のプログラムに入り、ついに例の競技が始まろうとしていた。

 私の失言に近い、適当すぎる提案から生まれた今年の目玉競技トライアスロンこと『鉄人レース』。

 競技前のグラウンドでは競馬場のパドックよろしく、勝負水着に身を包んだ参加者たちが、笑顔を振りまきながらコースを歩いて周回していた。


「思ったより傾向は割れましたね」


 心炉のつぶやきに私は無言で頷く。

 鉄人レースは完走点(三種競技それぞれ)と芸術点(ミスコン)でそれぞれ大量得点を狙えるのだけれど、クラスによって完走を目的としたスポーツマンを出場させているところもあれば、完走は二の次で芸術点曲振りを狙ったんだろうなっていう可愛いどころ綺麗どころを出場させているところもある。

 たぶん、他の競技との参加枠の兼ね合いとか、まあいろいろ作戦はあるんだろうけど。


 我がクラスの陸上部の子は南国風の花柄のビキニを身に着けて、ちょっぴり恥ずかしそうに、控えめに手を振っていた。

 派手な水着に控えめな中身……うん、アリよりのアリだ。

 みんなで水着を選んでいる時は、ちょっと攻めてるかなとも思ったけど、他クラスの綺麗どころと並んでみると、これくらいインパクトがあった方がちょうどいい。


 さて、他のクラスは――と視線を巡らせたところで、元気いっぱいに手を振る輩を見つけた。

 スポーティなセパレートタイプの水着を着こんだユリだった。


「げ……あいつ出るんだ」


 ユリは、私と目が合うとひときは大きく手を振ってみせた。

 私は苦笑しながら手を振り返す。確かに、底なしの体力バカにはお似合いの競技だ。

 芸術点は……うーん、私の目からしたら満点だけど。

 これは企画を出した時点で敵に塩を送ってしまったんだろうか。


『本競技は順位を競うものではありませんので、籤で決めたグループごとに順次スタートとなります! まずは、第一グループ走者出そろいまして……今、スタートです!』


 スターターの空砲が青空に響き、つい先ほどグラウンドを周回していた第一グループの面々が一斉にスタートする。

 まずはグラウンド脇のプールになだれ込み、第一競技の水泳へ。

 一〇〇mを自由形で泳ぐことになるのだけど……流石にグラウンドからは何をやっているのかよく分からない。


『見えないので実況もやりようがありません! みなさんしばしお待ちください!』


 実況も匙を投げていた。いきなりグダグダすぎる。

 とはいえ、ばしゃばしゃと頑張って泳いでいるらしい音は遠巻きに聞こえていた。


『おっと、早くも泳ぎ終えた生徒が戻ってきました! 続いての種目は縄跳びです!』


 泳ぎ終えたらしい選手たちがグラウンドに戻って来きて、そのまま中央に用意された縄跳びへと取り掛かっていく。

 先頭集団は流石の体力自慢の猛者たちだ。一〇〇mを泳ぎ切っても余裕の表情である。


『おっと、これは……! なんというか……すごいです! 何がすごいとは言いませんが……すごいです!』


 実況がなんかすごく抽象的なコメントで色めき立っていた。

 確かに、まあ、言わんとしてることは分かる。

 プールで濡れぼそった生徒たちが、息を切らせながらぴょんぴょんと縄を飛ぶ。

 その光景は、なんというかすごく……うん、すごい。

 たぶん、スタイルがいい子がとっても有利……主に芸術点的な意味で。


 選手がグラウンドに戻って来たこともあって、各陣営からの応援も本格化する。


「自分のペース! 自分のペースで!」

「周りに引っ張られないでぇ!」


 完走が得点条件だとは言っても、こう、レース型式になるとどうしても周りのペースに引っ張られる生徒が出てしまう。

 体力を余計に消費するばっかりだし、それだけ脱落の可能性も増えてしまうだろう。


 心配なウチのエースだけど……そこは流石、普段から陸上競技に慣れ親しんでいる彼女だ。

 的確なペースで宙を舞う。

 さて、一方のユリはというと――


「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃー!」


 驚きのハイスピードだった。

 バテないのかな、あれ。

 本人は問題なさそうだけど、それに引っ張られた傍の選手たちはバテバテになってしまっていた。

 可哀そうに。

 あれはちょっとした災害だ。

 台風に巻き込まれたようなもんだね。


『さあ、先頭集団は早くも最終種目に差し掛かっています! 頑張れ、頑張れ! それから審査員一同、美味しいハプニングもお待ちしております!』


 思ったより順当な試合運びに、実況の本音が漏れていた。

 いや、選手たちは必死なんだよ。それこそ最後のランに入るころには流石のユリも息が弾んでるし。

 でも必死になればなるほど、画的には地味だよね。

 芸術点なんていうからどうなるかと思ったけど、蓋を開けてみれば頑張る選手を精一杯応援する、実に体育祭らしい競技になった。

 縄跳びはちょっぴりアレだったけど。


 突然「あっ」と応援席がざわつく。

 ランに入った選手のひとりが、盛大に転んでしまったのだ。


「あれ、ウチのじゃね?」


 クラスメイトがざわつく。

 グラウンドの向こう側で遠巻きだけど、あの派手な水着には見覚えがある。間違いない。

 ウチのエースだ。


「え、だいじょぶ? 思いっきり顔面から行かなかった?」


 彼女はうずくまったまま、なかなか起き上がってこなかった。

 動けないほどの重症?

 大丈夫なの?

 私たちの心配をよそに、走者集団の中からウチのエースに駆け寄る影があった。

 遠巻きだって見間違えない。

 あの影はユリだ。


 彼女は手を差し出して立ち上がるのを助けてあげると、そのまま肩を貸しながら一緒にゴールを目指す。


『あーっと、素晴らしい! ありがとう! 転んだ選手には申し訳ありませんが、正直こういうのを待ってました! 審査員一同大喜びです! 本当にありがとうございます!』


 今日イチのテンションの実況に見守られながら、ふたりは一緒にゴールテープを切った。

 確かに今日一番おいしいところを持って行ったような、大歓声の中でのゴールだった。


「ごめん……みんな」


 自陣に戻って来たエースは、砂まみれになった顔で涙ながらに頭を下げた。


「順位は関係ないから、完走しただけすごいって!」

「きっと芸術点もたっぷりゲットしたから! おいしかったから!」


 クラスメイトが囲んで慰める中で、彼女はふるふると首を横に振る。


「そうじゃなくって……」


 彼女は震えながら自分の足元を見下ろす。

 その視線の先に、赤く腫れあがった彼女の足首があった。


「リレー……無理かも」

「無理しないで! 補欠出させるから! ふんぞり返って見守って!」

「踏ん反り帰りはしないけど……ほんと、ごめんね」


 エースはひょこひょことこっちに歩み寄ると、そのまま私の手を取ってもう一度涙ぐんだ。


「私の代わり、お願いします」

「え?」


 状況を確認するようにちらりと、クラスメイトたちの表情をうかがう。

 みんな、期待に満ちた目で私のことを見ていた。


「あれ……補欠って私だっけ」

「おう。競技数の都合で他に枠なくって、そうなっただろ」


 雲類鷲さんが頷き返してくれて、私はぼんやりと記憶を思い返す。

 そう……だっけ。そうだったかも。

 ええと、確か…そう、補欠でも参加数に含まれるのならって。

 リレーはベストメンバーで選んだし、補欠の出る幕はないだろうって。

 そんな楽勝気分で引き受けた、かも。


「大丈夫だ、アンカーにさえ繋いでくれたらヤツがぶっちぎってくれるから」


 雲類鷲さんが顎でクイッと示した先で、レスリング部の部長さんが、力こぶを作って真っ白な歯を光らせていた。

 ものすごい安心感だった。


 そうして、突然出ることになってしまったリレー競技。

 エースと入れ替わりで入ることになった私は、あろうことか第一走者になってしまった。

 リレーは第一走者とアンカーを三年生、第二走者を一年生、第三走者を二年生がそれぞれ務める。

 第一走者は中でもチームの流れと勢いを決める大事なポジション。

 さっき部長さんのおかげで安心したばっかりなのに、あっという間に不安で押しつぶされそうになる。


「あー! 星だ!」

「げ……」


 ああ、そう。

 そうだね。

 なんか、嫌な予感はしていたんだ。

 この流れはきっとそうだろうなって。


「ユリ……第一走者なんだ」


 引きつった笑みの向こうで、ユリがにへらと不敵な笑みで返す。


「ライバルだね。負けないよ!」


 そんなに意気込まないで。

 こっちは補欠なんだから。

 今日は散々敵陣としての彼女の活躍を見て来たけど、なんだろうこの、味方にいれば頼もしいのに、相手にすると途端に「げ……」ってなる典型的な感じは。

 二年間同じクラスだったから、こんな気持ち初めてだ。ユリ……恐ろしい子。

 こうなったら全力でやるしかあるまい。

 どれだけの実力があるのかもわからない、私自身の全力で――


「――特筆する必要もない、稀に見るフツーの走りだったな」


 自陣に帰ってくると、雲類鷲さんたちが苦笑しながら出迎えてくれた。


「すごかったですね……実にフツーのフォームで、フツーの速度で、追い抜くわけでも、追い抜かされるわけでもなく、見事に真ん中の順位を走りきった……フッツーの結果でしたね」

「心炉、笑うならちゃんと笑いな」


 笑いを堪えながら語る心炉に、私はいつもそうされるみたいにじっとりとした視線で応えてあげた。

 持てる全力を出し切った――と思う私は、心炉が口にした通りの結果で次の走者にバトンを手渡すことができた。

 再三のことだけど、こっちは補欠なんだ。

 頑張った方だと褒めてもらいたい。

 ちなみにユリは、他クラスの陸上部の生徒に並んで二位をキープしていた。

 トライアスロンから少し時間があったとはいえ、なんて体力だ。

 ウチのエースにも、似たようなことさせようとしてたわけだけども。


「とにかく、これで私は全競技終了だよね。疲れた……」


 あとはゆっくり応援してよう。

 そう思って歩き出したところで、雲類鷲さんにガッツリ腕を掴まれる。


「何言ってんだよ。まだ騎馬戦あんだろ」

「……なんで?」

「なんでって、そりゃウチのエース陥落してんだから。数合わせ」


 無慈悲すぎる。

 それ、別に私じゃなくても良いんじゃ。

 そう思っていたけど、見事に騎馬戦も補欠登録されていた。


 分かったよ。

 もう最後までやるよ。

 その代わり、明日ぶっ倒れてても文句を言わないでほしい。

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