明日から学園祭――とは言っても、明日は通常通り授業があって放課後から前夜祭の開幕ということになる。
それでも校門は美術部特製のイラストで飾られて、正面の駐車場にも野外ステージが組み上がって。
いつもなら生徒会スローガンが掲げられる昇降口のスペースも、今年の学園祭スローガンの看板に差し替えられている。
こういう非日常的な学校の姿を目にすると、嫌でも地獄の四日間が始まるんだなって思い知らされる。
今年はまだ役員の数も多いから良いけれど、生徒会が幹部+心炉しかいなかった去年は、姉も毎日遅くまで準備にかかりきりになっていたような気がする。
「それぞれのクラスのシフトと被らないように、生徒会の見回りシフトを組んでおいたので、それぞれ確認しておいてください」
久しぶりに役員全員が揃った生徒会室で、件の心炉の凛とした声が響いた。
「見回りと言っても、出店に関することは実行委員の方に任せて問題ありません。生徒会の仕事は、来場者の方々にトラブルがあったときの対応がメインです。例年、そんなに大きなことは起こりませんが、迷子対応とか立ち入り禁止エリアに入られてしまったりとかはたびたびあるようです」
「校舎古いですもんねー。分かりづらいっていうか、どこ見ても同じ景色というか」
そういう金谷さんの気持ちはよくわかる。
私も入学したてのときは、移動教室のたびに戸惑ったものだ。
「古いのに加えて、老朽化に伴う増改築も繰り返してるらしいから。それで余計に、だろうね」
「ですよね! 東棟の二階と西棟の三階がほとんど同じ高さですし! なんなら渡り廊下繋がってますし! 迷わないために、最初のころはいちいち一階に降りて、校舎を移動してから目的の階まで登り直してました!」
金谷さんが拳を握りしめて力説する。
流石にそれはめんどくさそうだけど、気持ちは分からないでもない。
街中だけど山際にあるせいか、やや高低差の激しいのは特徴のひとつかもしれない。
すると、穂波ちゃんがぽつりと付け加えた。
「ショートカットしてる感じで、私は好きですよ」
「あ、分かるわ。なんか得した感あるよな」
同意するのはアヤセだった。
残念ながら、私にその気持ちは分からない。
「わたし……今でも迷ってしまうので、移動教室は穂波さんがいないと遅刻しそうで怖いです」
「歌尾ちゃんはまだ一年生だし、しゃーない。二年になればわかるようになるよ」
「案内掲示とか、あるといいですね」
銀条さんが、すっと手を挙げて答える。
案内掲示か……確かに、あると便利のような気はする。
迷ってる人の案内の機会もいくらか減るだろうし、仕事の負担削減にも繋がるかもしれない。
「凝らなくていいなら、今からでも作りましょうか。ワードで打って、資料室で印刷するだけですし」
「そうだね。とりあえず各学年の教室と、移動教室系で出店する部があればそこは押さえておきたいかも。アヤセ、パンフレットのサンプルって貰ってたっけ」
「あるぜー。サンプルどころか、どかっと束である」
「じゃあ、それをベースに心炉……じゃなくて、銀条さんにお願いしようかな」
「わたし、ですか?」
銀条さんは、目をぱちくりさせてちょっと驚いた様子だった。
「言い出しっぺだしってのもあるけど、せっかくだから心炉から作り方聞いといて」
「わかりました。副会長、よろしくお願いします」
「そんなに難しいことないので大丈夫ですよ」
そのままふたりは、生徒会のノートPCに向かって作業をはじめる。
「あと金谷さん、時間があったら宍戸さんを連れて巡回ルートの確認しといて貰える?」
「もちろん、了解です! じゃあ、歌尾ちゃんはあとで一緒に回ろうね」
「は、はい……よろしくお願いします」
突然のことで宍戸さんはおっかなびっくりだったけど、金谷さんとふたり、パンフレットの地図片手にルートの確認をはじめた。
「どしたよ星。急に生徒会長っぽいじゃん」
「いつも生徒会長だけど……」
アヤセの振りは軽く流す。
なんだかずっと、忘れていることがあったような気がして気持ちがそわそわしていたけど。
久しぶりにこうして役員の揃った生徒会室の風景を眺めていたら、いくらか気分が落ち着いたような気がする。
生徒会長っていう肩書が、自分に一本芯を通してくれているような。
少なくとも、単なる生徒Aでしかないような私の高校生活に、立場と居場所を与えてくれたのは確かかもしれない。
「そろそろちゃんと、引継ぎのことも考えなきゃいけないなと思ってさ」
そう言うと、アヤセもからかいモードからほんのり真面目な空気になって目を細めた。
「解散も目の前だもんな」
解散――具体的なそのひとことで、ぐっとその時が使づいてきたように感じた。
「解散っていつになるんですか?」
穂波ちゃんが尋ねる。
「正式には九月の会長選挙の告示までだけど、仕事としてはほとんど八月いっぱいで終わりかな」
「そうなんですね」
穂波ちゃんはぼんやりと宙を見上げて、何か噛みしめるように答える。
それから、はっと何かに気づいて、また私のことを見つめた。
「私に引き継ぐことはないんですか」
穂波ちゃんに引き継ぐことか……うーん。
「穂波ちゃん、なんでもそつなくこなせちゃうから、特に心配することないかも」
「それはそれで、嬉しいですが」
銀条さんには単純にお仕事回りを。
宍戸さんは、まだ他の役員とうちとけきってないような気がするから、その辺に強い金谷さんに。
穂波ちゃんはもともとしっかりしているし、心配するという気持ちが、私の中でそもそもなかった。
何か引き継ぐこと……引き継ぐこと……。
「あ、じゃあ生徒会長でも引き継ぐ?」
「いくら星先輩でも、真面目に考えてください」
真っすぐな目で怒られてしまった。
それなりに真面目には考えていたんだけどな。
この中の誰かが引き継いでくれるなら、私もなんの憂いもなく後を任せられるんだけど。
仕事の引継ぎとか、ほとんど必要なくなるし。
「じゃあ穂波ちゃんには、アヤセ先輩から活動日誌の付け方を伝授しよう」
「ほんとですか?」
穂波ちゃんはぴょこんとアヤセの方を振り返ると、そのままずりずりとパイプ椅子を隣に引きずって寄せた。
次の組織図がどうなるか分からないけど、八乙女書記……そういうのもアリかもしれないね。
なんだか語感もいいし。
慌ただしい一ヶ月の最後に、ほんのちょっとだけゆっくりできた時間。
いよいよ、学園祭が始まる。