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8月22日 あと3日

 月曜日。

 学園祭まであと三日。

 今日も課題テストで時短授業なので、比較的早い時間から校内は設営やらの準備で賑わう。


「そういうわけで、はい」


 学園祭実行委員こと学実の定例会の前に、私は雲類鷲さんの鼻先に一枚の書類を突き付けた。

 先日、次郎ちゃん(仮名)から貰った花火の契約書。

 それに学校長と連名で私のサインを記したものだった。


「おおおおおお、狩谷やるじゃん! サンキュー!」

「思ったよりすんなり貰えた。日ごろの行いの成果かな」


 嘘である。

 本当はこの土日で心炉に相談して、できうる限りの対策を講じての集中決戦だった。

 無茶なお願いを通すには、何よりもまず説得力。

 相手が挙げてくるであろう懸念、心配、渋りどころを、できるだけ先回りして潰しておく。


 説得とは、いかにして相手の断る理由を失わせるかである……というのは、ここ最近の実体験で学んだことだ。

 具体的な内容は心炉に頑張ってもらったけど。


「安全には最大に気を配ること。これ安全対策MAPだから、当日は人員割いて見回り警備するんだよ」

「するする。それくらいならいくらでもする」


 雲類鷲さんが首をちぎれんばかりに振る。

 まあ、喜んでくれるのなら良かったということにしよう。


「ところで、なんでいきなり花火なの?」

「あたし、今年は花火見てないからよ」


 なぜか照れ臭そうに、そう答える。


「……え、それだけ?」

「自分が見たい以外になんか理由いるか?」


 そんな真っすぐな目で言わないでよ。

 私も見れるなら見たいけどさ。

 思えば、今年の夏は夏らしいことをほとんどしてない。

 花火、海、お祭りに浴衣。

 お祭りはあったけど、浴衣も着ずに行ったものをお祭りと言って良いんだろうか。

 ユリもいなかったし。


「まあ……いらないかも。じゃあ、次郎ちゃんによろしく」

「おう。楽しみにしとけよ最終兵器弐号マークツーセカンドツヴァイ」


 安全性に問題がなければいいよ。

 最終兵器弐号マークツーセカンドツヴァイだろうとなんだろうと。

 てか二~三回しか聞いてないのに覚えちゃったよ。

 絶妙に語感がいいな。


「おー。あと狼森にスローガンの清書の進捗聞いといてくれ」


 スローガン……そんな仕事受けてたのか、あいつ。

 なんか「文字書くと言ったらこの人」みたいなポジションに収まってない?


 生徒会役員だから余計になのかもしれないけど。

 そもそも今年のスローガンって何だっけ。

 なんか、北の国からみたいなやつだった気がするけど。


「そんじゃ、よろしくな」

「ああ、うん」


 雲類鷲さんと別れて、廊下にひとり取り残された。

 さて……暇――時間もあるし、アヤセのヤツを探すか。

 今どこにいるのかメッセージで尋ねると、「書道室」という単純明解な答えが返って来た。


 てか、このまま聞けばいいじゃん。

 スローガンどうなってんの――と。

 すると、すぐに返事が返って来た。


――今やってるから来りゃいいよ。


 来りゃいいよって、私は進捗を聞けりゃそれでいいんだけど。

 まあちょっと寄ってから、クラスの進捗だけ確認して帰るか。

 テストの自己採点もしたいし。


 書道室は校舎二階の隅の方にある。

 音楽室や美術室と同様に、芸術選択で取らなければ三年間用事のない生徒もいるけれど、私はユリやアヤセと示し合わせて書道を選択したので比較的なじみはある。

 もちろんアヤセの添削による成績アップを期待してのことだ。


 部屋の前につくと、独特の墨の匂いがツンと鼻先をかすめる。

 外から中の様子を軽くうかがうと、下級生の書道部員の中に混じってアヤセの姿があった。

 制服のうえから着こんでいるデニムエプロンは、彼女の愛用の墨避けだ。他の部員たちもエプロンやら、ツナギやら、ジャージやら、思い思いの格好で自分の書に向かっている。

 こうしてみると、見た目だけなら美術部と同じだな。

 筆持ってるし、墨もある意味絵具だし。

 授業区分が芸術なだけある。


 アヤセは、いつもはふたつ縛りの髪をひとつにまとめて、真剣な表情で床に広げた巨大な板に向かっていた。

 真っ黒に塗られた板に、使っているのは朱墨?

 それとも赤い塗料?

 よく分からないけど、とんでもなく目を引くカラーリングなのは確かだった。

 彼女は迷いのない筆運びでさらさらと文字を連ねると、やがて満足げな表情で深く頷く。

 ひと区切りついたらしいのを確認して、私は扉に手をかけた。


「よーっす。狙いすましたように来たな」


 扉を開けた音で気づいて、アヤセが中から手を振って来る。

 他の部員たちの邪魔にならないようできるだけ静かに締めてから、彼女の元へと向かった。


「終わるまで外で見てたから」

「なんだよそれ。入ってくりゃよかったのに」


 そうは言っても、集中してる人間を前にして邪魔をするようなことはできない。


「書道部は平常運転なんだね」

「これが準備なんだけどな。ウチは書道展開くだけだし」


 今ほかの部員たちが書いてるのが展示用の作品ってことか。

 みんな必死の形相で素晴らしい集中力――かと思えば、突然「うがー!」だの「うきー!」だの叫んで半紙をビリビリにしたり、ぐしゃぐしゃにしたり、なんでか自分の体中に墨を塗りたくりはじめたり。

 なんだろう……正直こわい。


「平常運転なんだよね?」

「正常運転だな」


 アヤセは苦しむ部員たちを前に微笑みながら、とても和んだ様子だった。

 大丈夫?

 感覚マヒしてない?


「あとは野外パフォーマンスくらいだな。そっちは準備らしい準備いらないけど」

「野外って何するの?」

「美術部vs書道部の血で血を洗うライブドローイング対決」


 すごい、イメージできそうでできない。

 ウチの学校の行事はなんでこう、若干頭悪い感じのネーミングセンスが発揮されるんだろう。

 この、おそらく渾身の書で書かれたスローガンだってそうだ。


『個UP我等南~まだ成長してる途中でしょうが!~』


「こんなスローガンだったっけ?」

「こんなスローガンだったぞ」


 北の国からっていうか北の国そのものだ。


「なんか『生徒それぞれレベルアップしようぜ』感はあるけど……字面がどうなの?」

「めちゃくちゃいい字だろ? 自信作だ」

「字はね」


 字体がいいと、どれだけくだらないことが書いてあってもなんか良い感じに見える。


「つーわけで、これ乾いたら運ぶのてつだってくんね?」


 アヤセが髪の毛をいつものふたつ結びに直しながら、二カッと笑った。


「あんた、そのために呼んだのね。それくらい部員に頼めばいいのに」

「頼めるか? 修羅場中のアレらに?」


 流れるような所作で、二人同時に書道部員たちを見る。

 彼女たちはまた「うひょー!」だの「いひー!」だの、言葉にならない奇声を発して半紙を塵に変えると、終いには輪を作ってジャングルの部族みたいな謎の踊りを踊り始めてしまった。


「平常運転なんだよね?」

「正常運転だな」


 やっぱり感覚マヒしてるよね。

 ウンバボーウンバボーと踊るくらいならもう今日はやめちゃえばいいのに。


「仕方ないな……運ぶくらいならいいよ。今日はあと帰って勉強するだけだし」


 力仕事を手伝うくらいだったら、学校長に頭下げるよりも断然マシだ。

 そう思ってたけど、結局持って行った先で看板を吊るすところまで良い感じに労働力として使われてしまった。

 やっぱり帰れば良かったな。

 今度、アイスでも奢らせよう。

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