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8月21日 退路なき包囲網

「ライブしようぜ!」


 学校での音合わせのさ中、ユリが突然そんなことをのたまった。

 といってもつい昨日似たような話を天野さんのマンションでしたばかりなので、唐突というほどではないのだけど。


「いいですね、やりましょうか」


 一方で、そう安請け合いした琴平さんの返事は恐ろしいくらいに唐突だった。

 慌てて、割って入るように言葉を挟む。


「ちょい、もう少し考えてモノ言お」

「そうですね、ちょっと考えましょうか……よし、やりましょう」


 時間にすれば、効果音でポクポクポクチーンで終わりそうなくらいのシンキングタイムを経て、結局同じ返事が返って来た。

 それ、完全にポーズだけだよね。

 今のやり取りの意味とは。


「私はいーぞ。せっかく練習したのにもったいないしな」

「アヤセまで……てか、あんたいつの間に練習してたの?」

「夏休み中もほぼ毎日部活で来てたからよ。そん時に、軽音のヤツに部室借りて」


 そう語るアヤセは、まだ書道部の部員を続けていた。

 夏休み前に幹部の世代交代自体は済ませたようだけど、推薦入試と秋の書道展を控える彼女は、まだまだ現役の部員だ。

 彼女に限らず文化部の生徒の中には、コンクールを控えていてまだ現役を続けている生徒は多い。

 そうは言っても大会への参加は強制ではないので、受験に集中するために二年生の秋を最後の舞台と決めている人もいる。

 その辺の割り切りができているのを見ると、仮にもウチが進学校だということを思い出す。


「心炉もなんか言ってやってよ」

「なんで私にふるんですか」


 キーボード担当の心炉が顔をしかめた。

 その後すぐに、何か思いついたような顔をして小さく頷く。


「良いんじゃないですか。こんな機会もう無いかもしれないですし、みんなで思い出を作りましょう」

「うわあ、なにその最高に似合わないセリフ」

「失礼ですね。私だって、自分なりに学園祭を楽しむつもりでいますよ」


 彼女はジト目で見つめ返してきてから、ツンとすまし顔でそっぽを向く。


「最近、誰かさんに雑用を押し付けられてばかりなので仕返しです」


 う……別に押し付けているわけじゃなくて、優秀な参謀にお任せしているつもりなんだけど。

 私は私で見回りとか、トラブル対応とか、やることやってるし。

 仕返しされる謂れはないし。


「外堀から埋めようとするから痛い目見るんです」

「そんなつもりじゃないんだけどな」

「まったく、気を遣ってるんだか遣ってないんだか」

「じゃあ、みなサン満場一致ってことで」

「琴平さん、電子辞書なら貸そうか?」


 満場一致の言葉を調べてみようか。

 まあ、こうなったら私が折れる以外の道はないんだろうけど……確かに心炉が言うみたいに、味方を増やそうとしてしっぺ返しを食らうパターンは多い気がする。

 今後は少し気をつけよう。


「でも、ライブやるったってどこで」

「そんなの、学園祭に決まってんじゃんねー」


 ユリがさも当然のように口にする。


「じゃんねー、じゃないよ。もうステージのプログラムなら組み上がってるんだから」


 学園祭のステージ系の演目は、講堂を団体ごとに時間割を組み立てて開催される。

 一般招待日は一日限りだから、とっくに朝から晩までスケジュールはキチキチに組まれている。

 今さらねじ込むようなスペースもない。


「とりあえず文化祭のほうでどうですかね。こっちは時間の制約ほぼないですし」 そう、琴平さんこと文化祭実行委員長は語る。

「実は、思ったよりバンドの仕上がりがよいので、上映とタイアップで生バンドもありかなとは考えていたんですよね」

「そこまで大層なものじゃないと思うけど」

「いえいえ、一ヶ月で良く仕上げてくださいました。なんだかんだ言って、真面目ですよねえ会長サン」

「なんだもかんだもなく真面目だよ」

「それは失礼」


 いつもの狐みたいな顔で、彼女はへらへらと笑う。


「一般招待日も、後夜祭ならイケるんじゃないですかね。後で流翔ちゃんに聞いてみましょうか?」

「やったー! よろしくマネージャー!」

「ご期待に沿えるように頑張りましょう」


 あっという間に話はまとまってしまった。

 いつの間にやらマネージャーに就任したらしい琴平さんは、さっそく雲類鷲さんにメッセージを送っているようだった。


「ライブするなら、流石にもうちょい音合わせしねーとな」

「というか、そもそも曲どうするんです。小学生の発表会じゃないんですから、一曲だけじゃカッコ付きませんよ」

「そうだよね。時間もギリだし、曲もないし、無理しなくていいんじゃないかな」

「この期に及んで覆す気まんまんなのが恐れ入るわ」


 むなしい抵抗だけどね。

 呆れるアヤセは放っておいて、今は現実的な話をするべきだ。

 すると、ユリが目をぱちくりさせて首をかしげる。


「あるじゃんもう一曲、星が練習してたの」

「え……もしかして昨日のあれ?」

「そーそー。あ、ギターなら昨日練習してバッチリできたよ!」


 得意げに言うけど、相変わらずそのムダスペックと集中力を他のことに――って、そういう問題じゃなくて。


「ダメ。あれはダメ」

「えー、なんでなんで」


 ダダをこねられたって、あの曲には大きな大きな問題がある。


「だってあれ、ベースボーカルだから」


 やりたくない。

 絶対に。


「よし、それにしよう」

「ユリさん、楽譜あるんですか? 貰ってもいいですか?」

「いいよー。ふたり分コピーしてあげるね」


 だというのに、あっという間に演る方向で話が進んでいた。


「根回ししないでストレートにイヤだって言ったのにどうして?」

「そりゃ、ストレートに言うからですよ」

「だよなあ。ストレートに言うから」


 それ、私の退路ないじゃん。

 やっぱり味方がひとりもいない。あれ、私たち友達だよね?


「まあ、ライブの話は後にして。そろそろ撮影しちゃいますよ。これでホントのホントにクランクアップですから」


 力業で丸め込まれたまま、撮影が始まってしまった。

 話、まだ……あれ。

 まさかこのままなし崩しでいくわけじゃないよね。

 今からでも練習するから、他の曲にしようよ。

 ね?


 ね!!

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