学園祭の準備は着々と進む。
今日は夏休みの課題テストなので授業時間も短く、絶好の設営日和――じゃなくて、お前らまだテスト終わってないんだから勉強しろと思うけど、課題テストは成績には関係ないのでそこまで口酸っぱく言うつもりはない。
「あれ、星じゃん。やっほー!」
ぼんやり廊下を歩いていたら、向こうからユリが歩いてくるのが見えた。
手には大きな段ボール箱。
他にも数名の彼女のクラスメイトが、同様の箱を抱えている。
「なにそれ」
とりあえず目を引いたので、手元の箱を指さしてやる。
「これはねー、演劇部その他から借りて来たの。今日はねー、衣装合わせがあるんだよ」
その他ってなんだろう。
ウチ、演劇部のほかにそう言うの持ってそうな部活なさそうだけど……手芸部とか?
濁したってことは、あまり突っ込んで聞かない方がいいのかもしれない。
「あんたんとこって何するんだっけ」
「ふふっ、よくぞ聞いてくれました。『ドキッ!? 女子校なのにイケメンパラダイス』でございます」
すごい歯の浮くような店名を口にしながら、ユリはキザったらしい笑顔を浮かべてお辞儀をする。
すると悲しいかな、重力ってやつは何に対しても平等に働くもので、蓋のしまってない段ボール箱からドサドサと中身の衣装がこぼれ落ちた。
「ヤバ! 借りものなのに!」
ユリは慌てて落ちた衣装をかき集める。
流石に見下ろし続けるのもなんなので、私もしゃがんで拾うのを手伝った。
「学ランにブレザーはいいとして、スーツ、白衣、警察服……ってただのコスプレじゃん」
「ありとあらゆるイケメンを用意するよ!」
「そういうユリは何するの」
「石油王」
「なんだって?」
「セキユオー」
ユリは、変身ヒーローものの巨大ロボットみたいなイントネーションで再度答えた。
「誰でも一度は憧れるよね、セキユオー。後宮いっぱい侍らせるんだぁ」
頭の中で、真っ白ターバン姿のユリが酒池肉林の中で下賤な笑い声をあげる。
ううん、これもこれでい……いや、よくない。
ターバン姿は別に良いんだけど、酒池肉林ってのがよくない。
側室は認めませんことよ。
愛人もダメですわよ。
「ラクダレースを車に乗って追い回す感じの方向性でよろしく」
「うんー? なんかよくわからないけどワイルドでいいね!」
とりあえず酒池肉林は阻止できた……ような気がする。
「おーい、狩谷。探したぞお前」
またまた名前を呼ばれて振り返ると、ジャージ姿の雲類鷲さんがバタバタと慌ただしく駆け寄って来る。
「じゃああたし、教室行くから。シーユーアゲイン!」
入れ違いにユリが颯爽と去って行った。
「どうしたの雲類鷲さん。探してたって、なんか約束してたっけ。てか、用事あるならスマホに連絡くれたらよかったのに」
「してたぞ何回も」
「え、うそ。ごめん」
慌ててスマホを開くと、確かに三〇分ほど前から雲類鷲さんの鬼電の通知が続いていた。
全然気づかなかった。
ホントごめん。
「それより、ちょっと付き合えよ。どうせ暇してんだろ」
「暇じゃないけど」
「じゃあスケジュールずらしとけ。今から最終兵器見に行くから」
最終兵器……?
なんか、前に同じ口から同じ言葉を聞いたような気がする。
「最終兵器弐号マークツーセカンドツヴァイな」
「2が多い」
「まあ、とにかく付き合え、な」
がっちり肩をホールドされて、退路を塞がれる。
いきなり連れ回されるのは勘弁なんだけど……まあ、今日の文化祭の打ち合わせも優秀な参謀(心炉)に任せてるからいいか。
優秀な部下を持って私は幸せだ。
そうして、学校から自転車を飛ばしてしばらく。
古い商店街の一角にある、寂れた喫茶店へとやってきた。
私が生まれる前までは、映画館街として栄えていたらしい。
でも物心ついたころには既に寂れたシャッター街だったので、ノスタルジーは感じられないいつもの光景だ。
「よーっす。今日、次郎ちゃんきてるって聞いてるけど」
雲類鷲さんは、まるで実家に帰って来たかのように、遠慮なしにお店の中に入って行く。
私はというと、始めてのお店でそんな大見栄をきる度胸はないので、ただの付き添いの子分みたいな顔をして、静かに後ろについていく。
店内のカウンターの奥では、背中の曲がったお婆ちゃんママが、真っ赤なフリルのついたエプロンをつけて洗い物をしている。
「次郎ちゃんならトイレだよ。あと、話の前に注文するんだよ」
「分かってるよ。あたしはアイスコーヒーな。狩谷はどうする?」
「え? あ、じゃあ同じので」
突然注文を聞かれても、辺りにメニューらしきものがない。
仕方がないので同じ注文をして、雲類鷲さんと並んでボックス席に腰かけた。
外の看板は喫茶店ではあったけど、店の造りはなんていうか、芸人の街ブラ番組で見るスナックのような感じ。
実際、カウンター奥の使い古した棚には焼酎やらウイスキーやらのキープボトルが並んでいるし、夜は常連の寄り合い所になっているようなお店なのかもしれない。
しばらくアイスコーヒーでのどを潤して待っていると、店の奥の方からポロシャツ姿のお爺さんがペタペタと平たい足音を立てながらやってくる。
その姿を見て雲類鷲さんが伸びあがって手を振る。
「次郎ちゃーん、こっちこっち」
「おう、来たかあ。ちょっと待っとれ」
次郎ちゃんと呼ばれたお爺さんは、一度カウンターの奥に入って行くと、何やら大きな紙袋を持って、またペタペタと靴底を鳴らしながら私たちの席へとやってくる。
いや……次郎ちゃん、誰?
まさかパパ……いや、ジジ活(?)なんてことはないと思うけど。
「一応紹介とくと、次郎ちゃんな。みんな次郎ちゃんって呼んでるから、本名は知らない」
「ええと……何者?」
「最終兵器の職人さん」
「こいつよお」
雲類鷲さんの紹介に続いて、次郎ちゃん(仮名)は抱えていた紙袋から、ボールのようなものを取り出す。
とは言え、それはひと目見てボールではないと分かるもので、私はぎょっとしながら見つめてしまった。
「花火……?」
雲類鷲さんが、にこやかに頷く。
「そ。ちなみにカウンターの奥の愛想悪いババアが、ウチの愛想良いババアの姉さんで、ここはウチの親戚の店。見ての通り廃墟だけど、たまにバイトさせてもらっててよー」
「ママのことけなすと、あんた給料減らすよ。切り詰めるなら身内からって相場が決まってるんだからね」
「次郎ちゃんにオールド開けさせるから勘弁してくれ」
と、人間関係の解説をしながら漫才を繰り広げてくれているところ悪いけど、目の前のもののインパクトが強すぎて全く頭には入ってきていなかった。
「それ、大丈夫なんですか……その、安全性とか」
「でえじょぶだ。模造品だからのう」
次郎ちゃん(仮名)は、笑いながら尺玉をゴッツンゴッツン殴りつける。
偽物だって言われても、なんか心臓に悪い光景だ。
「出張費はまけといてやるけのう。スターマインとは言わねども、それなりのモンば期待せい」
連れて来られた意味も、次郎ちゃん(仮名)の存在も全くかみ砕けてなかった私だけど、彼の話を聞いてるうちに何となくだが話が見えて来た。
だから半ば恐る恐る、雲類鷲さんのことを見る。
「最終兵器ってもしかして……」
「後夜祭で花火打ち上げる」
やっぱり、そういうことか。
「え、でも花火って高いんでしょ? 予算は?」
「三年の学年予算からちょいちょいと」
「ああ……合宿の時のあれ。こういうのって申請とかいるんじゃないの? 私、詳しくないからどこに申請すればいいのか知らないけど」
「なんでも、大規模な花火大会とかじゃなければ大層な申請いらないんだと。消防に届けるとの、打ち上げを専門家にやってもらうのが条件で。消防ならもう届けてある」
手が早いじゃないか。
そして専門家ってのが次郎ちゃん(仮名)のことか。
「ばばーっとこまいの打ち上げて、最後にこいつばドーンだ」
「ドーン」
「こいつはいいぞお。最終兵器弐号マークツーセカンドツヴァイだもんなあ」
あ……それ商品名なんだ。
ただし、ものすごい田舎イントネーションで言われたので、全く別物みたいにも聞こえてしまった。
「んだばこれさ、ささーっと」
そう言って、次郎ちゃん(仮名)は書類のようなものを一枚取り出して、私の方に差し出した。
すごく簡素な書式だけど、どうやら打ち上げの契約書というか誓約書みたいなものだった。
「ささーっと……って、これ私が書くものじゃないんじゃないの?」
「ほら、学校のボスだろお前」
「そう言うんじゃなくてさ。しかも生徒会長はボスじゃない」
なるほど、雲類鷲さんはそういうつもりで私を連れて来たのね。
最初から説明しろ。
こんなところに連れて来られて、一体何をさせられるのかと身構えちゃったじゃないか。
「こういうの、学校長とかそういうのが書くもんじゃないの? てか、学校に言ってあるの?」
「いやあ、それが」
雲類鷲さんは、バツが悪そうに笑って頭をかく。
「準備があちこち忙しくてすっかり忘れてたわ」
「はあ?」
「まあ、法的には問題ないし。もうゲリラで打ち上げていいかと思ってよ」
「良いわけあるかっ」
私は誓約書をひっつかんで、鞄から取り出したファイルに詰め込む。
それから、最低限の礼儀として次郎ちゃん(仮)に頭を下げる。
「すみません。こちらいったん持ち帰らせてください。できるだけご期待に添えるように交渉してきますので」
「いつでもさすけねえよ。当日でもええからのう」
「ありがとうございます」
当日でも良いってのはなんか大雑把すぎる気がするけど……とりあえず、流石にゲリラってのはダメでしょ。
ダメだよ。
絶対ダメ。
一〇〇%怒られるし、停学で済めばいい?
よくない。
内心ガッタガタじゃん。
ガッタガタ。
入試にだって影響する。
何にせよ、軽率にも私をこの場に連れてきてくれてよかった。
面倒だけど、どうにかしよう。
花火自体は、私もちょっと見たいから。