夏休みはあっという間に終わって、二学期がはじまる。
なんか休んだような気はしないけど、有意義な一ヶ月弱ではあったかな。
受験勉強も捗ったし。
三年生はといえば、インターハイ組もいよいよ部活を引退して、辺り一面受験モード一色――ではなく、むしろ浮かれポンチな学園祭モード一色へと切り替わっていた。
南高祭まであと一週間。
夏休み中も学校に行けばそこかしこで準備が始まっていたけれど、今日からは本格的に準備週間が始まる。
校門に設置するゲートやら、校舎内に接地する大型の展示品の数々やら。
特に始業式とホームルームしかない今日と、課題テストで時短になる明日、同様に月曜日は、時間をたっぷりとれる準備コアタイムだ。
「会場設営は直前にするとして、ドリンクの発注と配送手配は今週中に済ませおいて。メニューは決まってるんだよね?」
「できてるできてる。でも、どんぐらいの量発注したらいいか分かんないよね」
「多すぎなきゃ適当でいいよ。売切れたら売り切れにするだけだし、多少残っても打ち上げでみんな飲むでしょ」
「たしカニ~」
クラスメイトが頷きながらピースサインをちょきちょきさせる。
それ、流行ってんのかな。
てか、中心グループに任せるとか言って、結局クラスの準備に直接手を出すことになってしまった。
手を貸してくれって言われたわけじゃないんだけど、準備が進まずに直前でバタバタするのはどうしても我慢ならない。
「カイチョ、生徒会もあるのに大変だね」
「生徒会の方は優秀な参謀がいるから」
生徒会の優秀な参謀(心炉)は、現在、体育祭実行委員の打ち合わせに出席中だ。
競技で使う備品の確認と、足りない分の予算調整を行うらしい。
「ダンスチームは練習?」
「そー。確か第二体育館っつってたかな。鏡張りのとこ」
商品のリストアップを始めていたクラスメイトは、話半分に頷く。
第二体育館の鏡張りの部屋っていうと、チア部がよく室内練習をしてるとこか。
壁の一面が鏡になってるので、自分で自分の動きを確認するのに適した練習室だ。
……ちょっと、顔を出しておこうかな。文化と健全さを訴えて学校側に企画は通したけど。
ほんとに健全で文化を感じられるかどうか、この目で確認しておいた方が後々のリスクは少なそうだ。
練習場に到着したら、ちょうど休憩中だったのか、クラスメイト達がタオルで汗を拭きながら談笑しているところだった。
「おう、狩谷じゃん。暇なのか?」
雲類鷲さんが私に気づいて手を振ってくる。
暇なのか、とはずいぶんな物言いじゃないか。
まあ、今に限って言えば暇だけど。
「ダンスチームの進捗はどうかと思って」
「順調も順調。まあ、そもそも踊れるヤツか、運動部のヤツばかりだしな」
ダンスチームは自推他推問わずクラスのグループチャット内で広く募集された。
ポールダンスなんて人が集まるのか心配があったけど、思ったよりクラスメイトの食いつきは良かった。
どっちかと言えば学園祭ノリで面白がってるって言い方の方が正しいのだと思うけど、ノーリアクションよりはマシだと思う。
「ポールダンスなのに、練習にポールなくていいの?」
軽く辺りを見渡してみたけど、部屋の中にそれらしいものは見当たらない。
今はひたすら基礎練習なのかな。
「前に言ったろ。そんな難しい技はやらないって。怪我してもあれだしな」
雲類鷲さんの意見は至極もっともだ。
いくらハメを外しているからといって、救急車、消防車、そしてパトカー沙汰だけは勘弁してほしい。
そう言う意味ではダンスを簡単にするのは賛成。
賛成だけど、懸念はある。
「でも、それで見ごたえのあるものになりそう?」
高校生が学園祭でやるものだから、所詮はお遊びなのは分かってる。
でも大真面目に推した手前、みるに堪えないものを出されても困ってしまう。
「そこは任せとけ。半端なことやったら、ショービジネス選んだ意味ないしな」
その言葉が空元気じゃなくて自信であることを願ってるよ。
「ところで衣装はどうするの? 作るの?」
「それは心配いらん。それぞれの部のユニフォームでやろうと思ってるから」
「なるほどね……うん、それはアリだと思う」
「文化部とかでユニフォームのないヤツは制服だな。下着見えるのはアレだから、スパッツかなんかはいて貰って」
制服もユニフォームも自前のものなら予算はかからないし、学校の特色も出るし、ビジュアル的にも華やかな感じがする。
それにスポーツらしさを見た目で補えそうだから、どうしてもイメージとして付きまとういかがわしさも払拭できそう。
「引退してとっくに着納めだと思ってたからねー。袖通せる機会があるなら大賛成」
壁際で柔軟していたクラスメイトが、両手で大きな丸をつくる。
他のクラスメイトたちも、つられたように頷いていた。
「どうせなら、ダンスの方にもそれぞれの部の特色を活かせたらなとは思うんだが」
「良いかもしれないけど、なかなか難易度が高そうだねそれ」
「だよなあ。だからまあ、要検討ってとこで」
そう言って、雲類鷲さんは渋い顔をして頭を掻いた。
何はともあれ、思ったよりちゃんと考えて取り組んでくれてるようで安心した。
こっちは雲類鷲さんに任せておけば大丈夫かな。
これまであんまり関わる機会はなかったけど、クラス委員も実行委員も、彼女は責任感を持って取り組んでくれている。
真面目って言うよりは、嘘がつけないんだろうな。何が本心か分からない琴平さんとは対象的だ。
一方で、嘘はつかないのに何考えてるか分からない須和さんみたいな人もいるし……人間って難しいね。
「教室の方は、今なにやってんだ?」
「机動かして会場のレイアウト考えてるとこ。待機所代わりのバックヤードも作んないといけないからって、思ったより難航してるみたい」
「そうか。まあ、そっちは任せるわ」
「うん。まあ、頑張るのは私じゃなくて他の人だけど」
邪魔をしてしまっても悪いので、話はその辺にして練習室を後にした。
とりあえずクラスの出し物は問題なさそうかな。
ウチのクラスだけ問題なくても仕方がないんだけど、懸念点はひとつずつ潰して前に進むしかない。
部活を引退した彼女たちのように、これが最後の大仕事だと思えば、多少は身体に活力が湧いてくるものだ。