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5月30日 夏がはじまる

 生徒会室に来ると、既に毒島さんが待っていた。

 彼女はめくっていた単語帳をテーブルに置いて、顔をあげた。


「お疲れ様です。掃除は終わったんですか?」

「うん。毒島さんの班は、今週はオフだっけ」

「はい」


 掃除当番は、クラスに割り当てられた掃除場所に対して、出席番号順で機械的に組まれた班の持ち回りで決まる。

 サイクルには班ごとに休憩の週もあって、毒島さんの班はそこに割り当てられたというわけだ。


 ちなみに私は、地学室の掃除当番だった。

 掃除中、無意味に地球儀を回すのは、誰もが通る道だろう。


「クラスマッチでは大活躍でしたね」


 毒島さんが、思い出したように労いの言葉を駆けてくれた。

 私は、自分の机にノートやら筆箱やらを並べながら答える。


「総合優勝は残念だった。横綱対決が決め手だったね」


 私の相方であるレスリング部の部長さんは、無事に全勝で自分のリーグを勝ちあがり、優勝決定戦として同じく全勝で勝ち上がった柔道部の部長さんとの、両横綱一騎打ちとなった。

 その白熱した取り組みはまた別の話として、結果として勝負を制したのは柔道部の部長さんのほう。

 その優勝点が決めてとなり、クラスマッチそのものの総合優勝も、彼女を有する三年三組に決まった。

 総合二位なら十分だと思うけど。

 でも、優勝賞品である「学園祭出店への生徒会からのカンパ」を獲得できなかったことに関しては、クラスメイトたちは心残りのようだった。


「よっす、お疲れー」


 そんな話をしていると、優勝クラスこと三組のアヤセが合流する。

 私と毒島さん――ちなみに一組――と、三組のアヤセ。

 優勝争いの二組がはち合わせれば、殺伐とした空気が生まれる……わけはなく。

 いつもと変わらない平常な日々が始まるだけである。

 学校行事のあとはいつだってノーサイドゲーム。


「三組、優勝おめでと。賞金で学園祭はなにするの?」


 尋ねると、アヤセはちょっと唸ってから、首を横に振った。


「まだわからんわ。今日は教室でいろいろ、雑談程度に話してたけどさ。案にもならない与太話って感じ」

「生徒会がパトロンになる以上は期待してますからね」


 そう言って笑う毒島さんに、アヤセはバツが悪そうな苦い笑みで返した。


 やがて宍戸さんが合流して、生徒会の定例会が始まる。

 二年生ズと穂波ちゃんは、毎度のごとく大会前で部活優先だ。


 とりあえずの議題はクラスマッチの振り返りと、次回――二月に行う冬のクラスマッチや、来年の開催に向けての反省点の洗い出し。

 今回は商品を出したのでいつも以上に各クラス気合が入って、盛り上がりはあったけど、それは学園祭というちょうどいいエサが目の前にあったからというのが大きい。

 クラス最後の思い出作りの意味合いが強い冬のクラスマッチで、また同じ手法を使うことはできない。


 それをどうするのか考えるのは、次の代の生徒会の仕事だけど、そういう懸念点を言葉にして残しておくというのは結構大切なことだと思う。

 そもそも頭にないこと、気づかないことは懸念できない。

 私だって、先代からの教え――というより、その生き証人の毒島さんにかなり助けられているのだから。


「じゃあ、クラスマッチの振り返りはこの辺にして。こっからが本題の、来月のイベントに関して」

「お、やる? 月イチイベント」


 真っ先に反応しうたアヤセに、私は無言で頷き返す。

 その向かいの席で、宍戸さんがひっそりと首をかしげていた。


「月イチイベント……ですか?」

「名前の通りに、月に一回、何かしらイベントをやろうっていう取り組みですよ」


 毒島さんが私の代わりに答えてくれて、宍戸さんは「なるほど」と頷いた。

 四月は何もしなくてもイベントが目白押しだし、生徒会主催としては新入生歓迎会がそれにあたる。

 五月は言わずもがなクラスマッチ。

 そして来る八月には学園祭があるけれど、それまでの六月と七月は何か企画を出さないといけない。


 アヤセがニッと歯を見せて笑った。


「クラスマッチで火が付いた?」

「そういうんじゃないけど。先代には負けてらんないなって」


 それが素直な私の気持ち。

 それくらいやってのけなきゃ、今の私には私に愛だの恋だの語る資格はない。


「それで、去年は何をしたの?」


 もはや当たり前のように、私は毒島さんに視線を向けた。

 彼女は呆れたようにため息をついてから、じっとりとした目で私を見た。


「会長って、本当にそういうのに興味を持たないで過ごして来たんですね。運営していた身としては、多少なりショックを受けますよ」

「ごめん。で、何したの?」


 去年は去年として、今年は今年だ。

 毒島さんは、もう一度盛大なため息をついた。


「合コンです」

「なんだって?」

「合コンです」


 大真面目で、曇りのない眼で、彼女はそんな言葉を口にした。

 私は言葉の意味をとらえきれないまま、ただただ、眉間に皺が寄るのを感じていた。


「そんな、あからさまに引かないでください……それに合コンと言ったって、会長がイメージしてるようなやつじゃないですよ」


 イメージしないような合コンってどんなんだ。


「この学校って変な――個性的な人が多いじゃないですか」

「今、変な人って言おうとしたよね」

「忘れてください」


 いや、それ自体は否定しないし、同意するけど。

 やぱっぱりみんなそう思ってるんだ。


「でも、在学中にひとりひとりが関わる相手って、同じクラスになるか、部活が一緒になるか、何かの課外授業で一緒になるか……とにかく、限られた人としか交流することはありません。先代はそれを、すごく勿体ないことだと考えてらっしゃって。それで企画しされたイベントが『合コン』というわけです」


 なるほど。

 要するに、校内交流会ということか。


「ちなみに……コンパの最後には、気にいった人の名前を書いて提出してもらいます。それでもし相思ペアができたら、ちょっと外でお茶するくらいの――その、いわゆる『デート代』を生徒会から進呈します。三〇〇〇円くらい」

「やっぱり合コンじゃん」


 やっぱり合コンじゃん。

 思わず、心でも声でも、同じことを言ってしまった。

 毒島さんは、恥ずかしそうに頬を染めながら、食い下がる。


「し、仕方ないじゃないですか! そもそも企画会議でジューンブライドから着想されたイベントなんですから! なんかそれっぽい要素を残そうってことになったんです!」

「別に責めてはないけど」


 勝手にヒートアップしてしまった彼女をなだめるように言って、しばし考え込む。

 合コンか……言い方はアレだけど、交流会というの自体は良いことかもしれない。

 それに六月は、運動部の大会が本番真っ盛りなので、あまり力を入れずにゆるく楽しめるようなイベントの方が適しているようにも思える。


「企画自体は悪くないかもね」

「よーし、じゃあ、やるかあ合コン」


 アヤセのひと言で、定例会は程よく締まった。

 それからしばらくの間は雑談をして、ほどよいころ合いで解散となる。

 アヤセは部活に顔を出すと行ってさっさと出て行ってしまい、毒島さんも中間テストの勉強をしたいからと部屋を後にした。


「それじゃあ……わたしもこれで」

「あ、ちょっと待って」


 私は、流れで帰ろうとした宍戸さんの背中を呼び止める。


「明日のお昼、生徒会室に来れるかな。できれば穂波ちゃんと一緒に」


 要件を言うと、宍戸さんは少し怯えた様子で視線を外す。


「えっと……もしかして、吹奏楽部のことですか?」

「ああ、ごめん、そうじゃなくって……」


 そっか、この取り合わせだとそう思われてしまうか。

 ちょっと配慮が足りなかったな。


「週末の、穂波ちゃんの応援のこと、話そうと思って」

「ああ……」


 安心してもらえるように言い添えると、宍戸さんも安心した様子でこっちを見返してくれた。


「それなら……はい、わかりました。穂波さんにも伝えておきます」

「よろしくね」


 それで本当に解散となった。


 その夜、自分の部屋で勉強していると、穂波ちゃんからメッセージが入った。


――メッセで伝えてくれてもいいんですよ。


 私は「ごめん。手っ取り早いと思って」とだけ返して、椅子の背もたれにだらんと身体を預けた。

 はあ……後輩の扱いって、思ったよりめんどくさい。

 きっと可愛い分だけ憎いってものだねこれは。


 壁に掛けられた、クリーニングから卸したばかりの夏服が目に入る。

 6月からは衣替えだ。

 真っ白な生地にコバルトブルーのラインとスカーフ。

 青空を思わせるその取り合わせが眩しい。


 高校最後の夏がはじまる。

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