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5月25日 売られた喧嘩は買う性分です

 昼休み、私は教室の片隅で、ひとりでご飯を食べていた。

 メニューはいつものサバサンド。

 数量限定だけと、いつも購買で最後まで残ってる私の好物。

 おいしいのに、なんでだ。


 この時期の昼休みは、どこのクラスもクラスマッチの作戦会議やら練習やらで忙しい。

 放課後は部活に集中しないといけない時期であることを考えたら、学校行事に時間を割けるのは朝か昼くらい。

 とくにチームスポーツの競技なら、みんなが集まれる時間は貴重というわけだ。


 一方の大相撲夏場所出場の幕内力士である私は、明日の体育の時間が最後の稽古の予定になっている。

 それまでは主にイメージトレーニングくらいしかやることはないけれど、この間部長さんと一緒に稽古をしたおかげか、大相撲の動画を見ても少しは注目すべきポイントみたいなのが分かったような気がする。

 転ばないためにはしがみつく。

 なるほど、確かにまわしを掴んだままの力士はしぶとく残る。


 あまり興味がないスポーツの観戦がつまらないのは、たいてい「何がすごいのかわからないから」だと私は思っている。

 多少なりその競技特有のスキルを理解して、選手たちのスキルの熟練度に感動する。

 近頃のオリンピックとかの解説がやたら事細かなのも、そういう理由からだと思う。

 ある意味で、「そのすごさを分かる自分」を楽しんでいるとも言える。

 そういう感覚は、何にだって言えることだろうけど。


 そんな、相撲の動画を見ながらご飯を食べるなんていう、おおよそ女子高生らしくないランチタイムを過ごしていたら、毒島さんが大きな段ボール箱を抱えて教室に戻ってきた。

 昼休み開始早々にどこかへ消えた彼女だったが、その段ボールを取りに行っていたんだろうか。


 毒島さんは箱を教卓に置くと、注目を引くように手を叩いた。


「今いる人だけでもいいので聞いてください。クラスTが届いたので、各自、自分の注文したサイズを貰っていってください」

「おー、きた? 思ったより早かったな」


 彼女の言葉に、教室にいたクラスメイトたちはぞろぞろと教卓に集まっていく。

 私もイヤホンを外して、視線だけそちらに向けた。


「予備はないので、間違えたサイズを持って行かないようにお願いします。サイズを忘れた人は箱にリストがあるので見てください」

「うぃーす」


 クラスメイト達が箱からTシャツを取り出してく。

 ついにアレが白日の下にさらされてしまうようだ。

 なんでか無性に見ていられなくって、賑わいから目を逸らしてしまう。

 どうか何事もありませんように。

 そう祈るばかりである。


「おー、いいじゃんいいじゃん。どうよ?」


 ところが、思ってもない反応が聞こえて、私は弾かれたみたいに視線を戻した。

 そこには、いつの間にかセーラー服の上を脱いで、さっそくTシャツを着こんだクラスメイトの姿があった。

 そのままグラビアのモデルみたいにいろんなポーズを取ってみせる。


 周りの他のクラスメイト達は、それをまじまじと見つめながら、スマホで撮影会を始めていた。


「ええやん」

「ちょっと目線ちょうだいよ、目線」

「なんかヴィレバンっぽいな」


 それはヴィレバンに失礼なんじゃないだろうか。

 だけど予想外の高評価に、私は多少の戸惑いを隠せない。

 思えばアヤセの評価も良かったし、もしかして私の感覚のほうが間違ってる……?


「嘘でしょ」


 口にしたところで、目の前のそれが現実だった。

 分かったことはただひとつ。

 私……美的センス、ゼロ。


「はい、会長。Sサイズですよね」


 状況を飲み込もうと努力してる間に、毒島さんが私の席の隣に立っていた。


「ああ、うん、ありがとう」


 彼女からシャツを受け取って、恐る恐る机の上で広げてみる。

 真っ赤な心ぞ――太陽をバックに飛び立つ翼とエクトプラズム。

 ううん……いい評価だと知ってから改めて見ても、ちょっと切るのに抵抗がある。

 特にカラープリントで毒々しく輝く太陽は、網膜にくっきりこびりついたし、夢にも出てきそう。


「みんな喜んでくれてよかったね」


 戸惑っていても、社交辞令の言葉はするりと口からこぼれおちた。


「はい。頑張った甲斐がありました」


 毒島さんは嬉しそうに、それでいて誇らしげな笑みを浮かべる。

 自分はいつもそういうこと言うのに、こっちの言葉は素直に受け取っちゃうってお人よしか。


 もしくはほんとに、嬉しいんだろうな。

 たぶん。


「会長の方はどうなんですか。大相撲、勝ち越しできそうですか?」

「あれ、それ誰から聞いたの?」

「え?」


 聞き返した私に、毒島さんはキョトンとして首をかしげる。


「あ、いえ……ただ、相撲と言えば勝ち越しを目指すものかなと、勝手に思ってましたので」

「ああ、そういう」


 どうやら、口を滑らしたのは私の方みたいだ。


「また何かやってるんですか?」

「まあ、ちょっと、体力テストの延長戦というか」


 説明しようと思ったら、そうとしか言いようがなかった。

 でも、体力テストの時に傍に居た毒島さんには、それだけでなんとなく伝わったみたいで、呆れたように眉をひそめた。


「またユリさんですか。ほんと好きですね」

「いやいや、好きとかそういうんじゃないし」

「確かに、そういう勝負事はたいていユリさんからでしょうね」

「勝負事……ああ、そっちね」


 焦って損した。

 手のひらで胸元を撫でて、ちょっとだけ急いた心臓をなだめる。


「模試の勝負も私からですし……会長って、売られた喧嘩は必ず買う性分なんですか?」

「そういうわけじゃないと思うけど」

「じゃあ、逆に自分から何か勝負しようって思ったことはないんですか?」

「ううん、どうだろ」


 ぱっと思いつくのは、会長選挙くらい。

 元々あんまり、勝負ごとは苦手な方だと思う。


「どうせやるなら勝ってくださいね。クラスのポイントにもなるんですから」

「私も、やるなら勝った方が良いだろうけどさ」


 そこに自信があるわけじゃない。

 むしろ心配だらけ。

 私が自分から勝負を仕掛けないのは、きっとそういうところなんだと思う。

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