放課後の教室で、私と毒島さんは再び相対した。
「第二回、クラスTどうしよう会議ー」
棒読みで口にしながら、ひとり無機質な拍手をする。
毒島さんは怪訝な表情をうかべたまま、ノッてはくれなかった。
「なんですか、その売れない動画配信者みたいな無理やりな盛り上げは」
「文字通り、無理やり盛り上げてるんだけど」
テンション上げてかないと場が持たないような気がしたのだけど、どうやら逆効果だったみたいだ。
気を遣った手前、ちょっと悲しい気持ちになりながら手を下ろす。
少なくとも私、Youtuberとかは向いてないみたい。
「そんなことよりも、もっと大事なことを尋ねたいのですが」
私の気遣いを「そんなこと」呼ばわりした毒島さんは、眉をひそめて私の隣を見た。
「なんでアヤセさんがいるんですか?」
「私ひとりだと手に余ると思ったから、芸術の素養があるオブザーバーを準備しました」
「芸術の素養があるオブザーバーでーす」
私の雑な紹介を受けて、アヤセは両手のピースサインをカニみたいにチョキチョキさせる。
毒島さんの眉間の皺は、一層深くなった。
「私が言いたいのは、なんでクラスが違う彼女がここにいるのかって話です。クラスTの話し合いなのに」
それは実にごもっともな意見だと思う。
ぐうの音も出ない。
「ぐう」
だから口で言っといた。
「それは何かのネタですか?」
「ごめん。真面目にする」
ツッコミもなく、毒島さんにただバッサリと切り捨てられてしまった。
私だって、ただアホになってこんなことやってるわけじゃない。
彼女のデザインを精査するにあたって、少しでも彼女の気分をほぐしておこうと――もとい、気を良くしておいてもらおうという趣向だったのだけど。
そんな不慣れな浅知恵は何の意味もなくって、余計に気を悪くさせてしまっただけのようだった。
「オブザーバーなんて必要ないと思うのですが。デザイン自体が思いついてないわけじゃありませんし」
「まあ、そう言わずに。アヤセもあっちのクラスでクラスT係らしいし」
「そうなんですか? ちなみに……どんなデザインで?」
毒島さんが思いのほか食いついてくれた。
Tシャツ、好きだもんね。
別にご機嫌取りのために連れて来たわけじゃなかったけれど、結果として間違いじゃなかったみたいだ。
私のとってつけたネタよりよっぽど意味があった。
「えっとなー、これ」
アヤセは、自分のスマホを机の真ん中に置いた。
毒島さんとふたりでそれを覗き込むと、一枚の画像が表示されていた。
おそらく、入稿に使うTシャツのデザインデータなんだろう。
立派な筆跡で一文字「魂」と書かれていた。
「なにそれ、ずるい」
思わず、素直な感想がこぼれた。
「ずるいってなんだよ」
「いや、なんでも」
アヤセだって、毒島さんのイラストを見たら、きっと同じことを思うんだ。
それはまあ、この後のお楽しみということで。
毒島さんも感心したように唸りながら、アヤセを仰ぎ見た。
「アヤセさんが書いたんですか?」
「そっ。ちょちょいと書いて、乾いたヤツをスキャナーで」
「たいしたものですね。でも、どうして魂?」
「あー、それね。ウチの担任がコンちゃんだから。それにかけて
コンって……確か「今」だったっけ。
頭の中に、いつもぼんやりぱやぱやした感じのおっとり技術家庭科教師の顔が思い浮かぶ。
「いいですね。私も一枚欲しいくらいです」
「そんな気に入ってくれた? まだ入稿してないから、金さえ払ってくれたら追加でもう一枚発注するけど」
「ほんとですか? 是非お願いします」
目の前で、とんとん拍子の商談が成立する。
買うのは良いけど、それ、いつ着るんだろう。
きっとそういう感じで、変なTシャツが増え続けてるんだろうけど……あっ、「変」って言っちゃった。
なんだか話が大きくずれてしまったので、私は仕切りなおすように手を叩いた。
「毒島さん、この間の、アヤセに見せてもいいかな。あくまで『良く』するために、意見を貰おうと思うんだけど」
カドが立たないように、そう言い添えておく。
毒島さんは快く頷いて、この間のデザイン案を見せてくれた。
どうだ、これがウチの画伯の作品だよ。
驚いて声も出まい。
アヤセはひとしきり図案を眺めてから、毒島さんを仰ぎ見た。
さっきと全く逆の光景だった。
「こいつは、実にソウルフルだな」
「そ、そうですか?」
「文字で表すより、よっぽど魂こもってる」
「あっ……ええ……えへへ」
毒島さんはニヤケ面を浮かべて、照れ隠しに髪の毛の先を指先でいじる。
あまりに露骨な反応だったので、きっと普段から褒められ慣れてないんだろうなと、感傷が心に沁みた。
「もし手直しするならどうしたらいいかなって、アヤセに意見を貰いたくって」
「なるほどな。うーん、これは難しいな」
アヤセは腕組をして、再びデザイン画と向き合った。
いいぞ。
いくらでも迷ってくれていい。
そうして最後に、ズバッとダメ出しをしてくれたら。
「これ、カラーの方がいいじゃねーの?」
だけど、アヤセの口から出たのは、思ってもない修正案だった。
「カラーですか?」
毒島さんも驚いた様子で聞き返す。
アヤセは、大真面目な表情で頷き返した。
「流石に全面カラーは大変だろうし、時間もねーだろうし、画の主張も強くなっちゃいそだうだな」
「な、なら、私はどうしたら……?」
「うーん……あっ、これだ! この夕日だけ綺麗に塗ろうぜ! うん、それがいい!」
アヤセが、実に妙案だと言わんばかりに、イラストの中央に描かれていた血の滴る心臓――じゃなくて友情の夕日を指し示した。
それ夕日って分かるのか。
マジか。
毒島さんは、はじめは半信半疑でアヤセの話を聞いていたけれど、やがて納得した様子で頷く。
「確かに、良いかもしれません。流石です、アヤセさん」
「だろ?」
「はっきりと、このデザインの完成形が頭に思い浮かびました」
こっちは五里霧中なんだけど。
私を置いて、ふたりだけアクセル踏み込まないでくれない?
そんな戸惑いなんてつゆ知らず、ふたりは盛り上がってデザイン談義に花を咲かせていた。
「ち、ちょっと待って。カラーにするなら予算の問題もあるから、一応クラスのみんなに確認してからでないと」
「あっ……そ、そうですよね。すみません、勝手に盛り上がってしまって」
「いや、いいよ。でも週末には入稿しないとだし……まあ、グループメッセで聞いて、明日のショートホームルームで改めて確認で聞けばいいか」
「そうですね。そうしましょう」
「そっちは私がやっとくから、毒島さんは……まあ、参考程度にカラー版のイラスト用意してみて」
「はい!」
毒島さんは、すっかりやる気十分で頷いてくれた。
「良いデザインになると良いな」
そして私の思惑とは全く違ったムーブをかましてくれた親友は、「いいもの見たぜ」というていで頷いていた。
なんだか想定通りにはいかなかったけど、流石にカラープリントの値段になったら予算的に渋る人がいるだろう。
クラスメイトが私の最後の砦。
でも、その日の夜にクラスのグループに送った相談のメッセージには、満場一致でOKの返事が返って来た。
マジか。
いや、マジか。