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5月18日 本日の取組は

 今日は、クラスマッチの対戦表を作成する日だった。

 それなりに膨大な作業なので、できる限りの役員に集まってもらうことになっているけど、大会が近い運動部の面々は部活を優先してもらうことになっている。


「というわけで、ここは私たち文化人の見せ場ってわけだな」

「文化人じゃなくって文化部でしょ」

「そうとも言う」


 私のツッコミにアヤセは素直に頷いた。

 集まってくれたのは彼女と、毒島さん、宍戸さんに私を加えた四人。

 二年生ふたりと穂波ちゃんは運動部組となっている。


「じゃあ、アヤセは今回も大相撲担当ね」

「へいへい」


 生返事と一緒に、アヤセは大相撲の出場選手一覧を手にする。

 今回のクラスマッチにおいて、大相撲だけは唯一の個人競技だ。

 クラスの看板は背負うけど、選手それぞれの個人名で対戦表を組まなければならない。

 それに加えてアヤセには番付も書いて貰わないといけないので、それも含めての一任だった。

 ちなみに番付の格は、彼女の独断と偏見で適当に決められる。


「そのほかの競技は三人で手分けしよう。全部トーナメントだから、何らかの方法でランダムで決めて貰えれば、それでいいから」

「何らかの方法……というと?」


 宍戸さんが首をかしげる。


「籤引きでも、アプリのランダムツール使ったりでも。作為的に決めたんでなければ何でもOK。私はだいたい籤引きアプリを使う」


 そう言って、彼女にアプリの画面を見せてあげた。


「あ……いいですね、これ。でもわたし、ガラケーなので……」

「そう言えばそうだった。役に立たない情報でごめん……」

「い、いえ、ありがとうございます。わたし、ノートの切れ端で籤引き作ります……」


 どちらからともなく、ぺこぺこと頭を下げる。

 なんというか、こう、また事故みたいになってしまった。

 なんか、宍戸さんとふたりだといつもこんなんだな、私。


「じゃあ、宍戸さんが籤を作ってる間に会長はどんどん進めてくださいね」


 私の前に、線だけ引かれた白紙の対戦表の山が積まれる。椅子に腰かけたまま見上げると、毒島さんの笑顔がそこにあった。


「容赦ないね?」

「時間は有限ですからね。大丈夫です、私もやりますから」


 彼女は対戦表の山から半分くらいを取り上げて、自分の席に持って行く。

 もしかして、完全にビビらせるためだけの演出だったのかな。

 だとしたら効果は絶大だった。

 私はまた何かお小言を言われる前に、粛々と仕事にとりかかった。


 基本的には、作業量が多いというだけで、やること自体は単純だ。

 ひたすら籤をひいて、表にクラス名を記入し続けるだけ。

 ぶっちゃけ家に持ち帰って宿題にしてもいいのだけれど、単純作業というのはとにかくやる気を削ぐし、眠くなる。

 だからこうして、互いの監視と暇つぶしを兼ねて、みんなで集まってやるというわけだ。

 もちろん、ひとりでも好きな人は好きなんだろうけど。


「わたし、こういうの結構好きです……なんだか、パーティーの準備みたいで」


 心を見透かされたみたいに、宍戸さんがそんなことを口にする。

 ノートを定規で裂きながら黙々と籤を作る彼女は、確かにどこか楽しそうに見えた。


「宍戸さんは、歓迎会の準備は手伝ってもらいませんでしたからね」


 毒島さんの言葉に、宍戸さんは頷く。


「あ……はい。先輩たちに、歓迎、してもらいました。ありがとうございました」

「いえいえ。どういたしまして」


 ふたりは顔を見合わせて、ニコリと笑い合った。

 私の時と雰囲気が全然違うんだけど。

 なんでだろう。タイミングが悪いのか。

 確かに私は、基本的に間の悪い女だけど……。


「あれれー?」


 不意に、アヤセがどこぞのメガネで蝶ネクタイの小学生みたいな、猫なで声をあげる。


「こんなところに見たことある名前があるよー?」


 彼女は小学生探偵ネタを引きずったまま、大相撲の出題リストを掲げてみせる。

 私は目をくれなくても何のことが理解して、息を吐いた。


「そこしか枠が残ってなかったんだから、仕方ないでしょ」

「え、何の話?」

「え?」


 想定外のアヤセの反応に、私も流石に手を止めて、視線をあげる。

 彼女もきょとん顔で、リストの一点を指さした。


「私、ユリのこと言ってたつもりだったわ」

「え、なに、あいつも出んの? てかアヤセ同じクラスでしょ。なんで驚いてんの」

「も……って、あっ、ほんまや! 星も名前あるやんか!」


 リストから私の名前を見つけたらしく、アヤセは今度はエセ関西弁で驚く。

 すると宍戸さんがつられて顔をあげる。


「星先輩とユリ先輩……相撲、とるんですか?」


 その素朴な質問に、私はたった今、目の前に用意された事実に気づいた。

 えっ……とるの。

 ユリと相撲。

 まじで?


 相撲ってあれだよね……いや、改めて考えなくても分かるけどさ。

 こう、抱き合うみたいになって、のこったのこった――って、そんなの理性がのこるかいってのは、安いおやじギャグ。


 一瞬、思考が大気圏を越えて宇宙の先の真理みたいな何かに触れそうになったところで、大きく頭を振る。


「いや……それは籤次第というか」


 私が言葉を濁すと、アヤセはポンと手を打って、目の前の対戦表に向きなおる。


「えー、なんか面白いから同じブロックに入れてやろ」

「おい、こら、職権乱用やめろ」


 作為的なのはダメって、私、言ったよね。

 でもそんなこと気にせず、アヤセは表に名前を書き入れてしまった。

 しかもボールペンで。


「というわけで頑張れ! 相手は前回の勝ち越し記録を持ってる幕内力士だ!」

「調子のいいこと言って、さり気に自分のクラスの勝率上げる魂胆でしょ」

「さあ、なんのことでしょう」


 まあ、別にいいんだけどさ。

 私自身は元々賑やかしの枠だし。


「ユリ先輩と相撲……いいなあ」


 傍らで、宍戸さんが呟いた。

 そう、気にするべきはそっちのほう。

 私、生きて来月を迎えられるんだろうか……あれ、このフレーズ、ついこの間も聞いたな。

 二番煎じはいくない、いくない。

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