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5月16日 戦士たちの夜明け

 今日のロングホームルームの時間は、なんだか教室内が殺気立っているように感じた。

 事実、クラスメイトたちの目つきはどことなくぎらついていて、ちょうどいい獲物でもいたら一斉に取って掛かりそうな勢いだった。

 ちょうどいい獲物ってなんだ?


「つーわけでてめーら、覚悟はいいな」


 今年度のクラス委員になった子が、教卓に立って一同の顔を舐めるように見る。

 それから背後の黒板を力強く叩いた。

 ズバンと、鋭い音が教室に響く。


「これより、クラスマッチの布陣を議論する!」

「おう!」


 女子しかいないはずなのに、野太い声が一丸となって轟く。

 お前ら、ノリ良すぎない?

 この時期のクラスマッチは、とにかく新しいクラスのメンバー同士で馴染むためという意味合いが強い。

 部活の大会も控えているし、例年ならそこまで無理をせず、楽しいエクササイズ――くらいの熱量なものなんだけども。


「メンバー決める前に聞いときたいんだけどさ、この『優勝したクラスは、今年度の学園祭出店に協賛金を進呈する』ってマジ?」


 話の腰を折って、クラスメイトのひとりが声をあげる。

 誰に当てた風でもなかったけど、たぶんこれ、私が答えなきゃいけないんだろうな。


「そもそも毎年、出店申請したクラスには課外活動費ってことで協賛金出してるんだけどね。ただ決められた予算を全店舗に分けてるから、雀の涙くらいしかなかったわけで」

「そういや去年も一昨年も三千円くらい貰った気がするわ」

「そうそれ。ぶっちゃけあってもなくても変わんないくらいだからさ。だったら分けるのやめて、どっかひとつのクラスにどーんとプレゼントしちゃおうかなって思って」

「あっ、なーる」


 お決まりの下品な相槌と共に、クラスメイトたちは納得したようだった。

 クラス委員が、仕切り直すように手を叩く。


「そういうわけで全力だぞお前ら。インハイ予選の前だから抑えよー、とか考えんなよ」

「おう!」


 だから、ノリ良すぎない?

 楽しんでくれるのはいいんだけどさ。


「ウチのクラスで優勝狙えんの何?」

「バスケとバドだろ。あと練習すりゃ大繩」

「大繩は飛んだだけポイントになるからガチりたいよな。体育の時間、練習に使わしてもらうべ」


 わいわいと議論が頭上を飛び交う。

 戦略練るのはいいんだけど、一向に本題が進んでいないような気がする。

 とりあえずメンバー決めないと、練習だって始められないし。


 とは言え、去年までならユリやアヤセと一緒にどれに出るかなんて談合もしたけど、今年はクラスが別れたこともあってそれはない。

 毒島さんとは示し合わせて……みたいなことはないし、今年はのほほんとしていられる。

 とりあえず、例年通りに卓球の枠だけ確保できればいいかな――


「じゃんけんほい! よっし、あたしの勝ちぃ!」

「なんでなの」


 しばらくの後、私は自分が出したパーの手を見つめながら、自分の頭のパーさ加減を呪った。

 じゃんけんで私に勝ったクラスメイトが、嬉々として黒板に書かれた卓球のメンバー一覧に自分の名前を追加する。

 それから、一緒に立候補していた友人たちの元に駆けてって、きゃっきゃと勝利を喜びあっていた。


「ひとりずつ勝ち抜けてって、最後に残るって結構みじめな」

「やめて、それ以上言わないで」


 思ったよりダメージが入って、クラス委員の言葉を遮る。

 そもそも血の気が多そうなこのクラスで卓球が被るなんて思ってなかったし。

 五枠に対して六人立候補してる中で負けるなんて思わなかったし。

 それはみんなそう思っていただろうけども。


「あと、何が残ってるの?」


 振り返って黒板を見る。

 ずらりと並ぶ競技名には、そのほとんどに花丸がつけられている。

 既にメンバーが確定したというサインだった。

 なぜかニコニコ顔がつけられていて、ちょっとかわいい。


 とか思ってる場合じゃなくって。

 まだメンバーが決まってないのは――


――大相撲夏場所。


「……マジ?」

「マジ」


 誰に尋ねたわけでもないのに、クラス委員が良い笑顔で頷いてくれた。


「頼んだ、狩谷山」

「勝手に四股名つけないでくれる?」

「大丈夫だって、もう一枠はウチの本命が入ってるから。狩谷の枠は賑やかしだって」


 大相撲夏場所……先代会長が始めたクラスマッチの新競技。

 各クラス二名ずつ選手を出して、ガチめの相撲勝負を行う。

 なんでかこれが好評で、いつの間にかメインタイトル扱いになっている。


 賑やかしって言われたって……もう一枠の本命と言われたメンバーの名前を見てみると、ウチのクラスきっての武闘派である、レスリング部部長の名前が刻まれていた。


「よろしく、狩谷さん」


 レスリング部部長が、めちゃくちゃいい笑顔でサムズアップしてくれた。

 鍛え抜かれたそのガタイは、生地が厚い冬セーラーの上からでもなお、くっきりと筋肉の凹凸が分かるくらい。

 私、あれの隣に並ぶの?

 張り手ひとつでひねりつぶされそうなんだけど。


 でも、他に選択肢は残っていなくて、無慈悲なクラス委員の手で私の名前が書き加えられた。

 拒否権どころか、交渉権すらないらしい。


「これで大相撲も花丸ちゃん……っと。これで全部埋まったな」


 ニコニコ花丸が私の参加を祝福する。

 その笑顔が今は、殺人ゲームを強いる狂気の主催者みたいに見えてきた。

 そんな顔でこっちを見ないでほしい。

 私は、花丸ちゃんの笑顔から逃げるみたいに自分の席に戻った。

 これ、生きて来月を迎えられるんだろうか……。


「練習は体育の時間と、あとは各チーム時間を見つけてってことで。勝ちに行くぞ!」

「おお!」


 再三のクラス委員の発破に、クラスメイト達が応える。

 とりあえず、クラスの団結だけは既に十分なようだった。


「さて、あともう一個決めなきゃいかんのが、クラスT係だな。誰かやりたいやついる?」


 クラス委員の言葉に、教室の隅からひとつ手が上がる。


「私、やってみたいです」


 クラスの視線が一斉に集まる。

 私ももちろん、釣られて視線をやる。

 そこに、つんと澄ました顔の毒島さんの姿があった。


「おー、特に反対がなけりゃそれで良いけど。ダメってヤツいる?」


 クラス委員が教室を見渡す。

 クラスメイト達は互いに顔を見合わせあうけど、特に反対意見が出るようなことはなかった。


 毒島さんがこういうのに積極的に参加するなんて、ちょっと意外だった。

 くだらないとまでは言わないだろうけど、基本的には当事者じゃなくって、傍観者でいそうなイメージだし。

 彼女が作るTシャツ。

 いったいどんな感じに――私の脳裏には、いつか見た奇天烈なTシャツの姿が思い浮かんでいた。


 さっと背筋が冷たくなって、私は不安を振り払うように手をあげていた。


「それ、私も手伝う」

「え?」


 驚いて声をあげたのは毒島さんだ。

 クラスメイトたちは「まあ良いんじゃない」といった感じで頷き合っていた。


「んじゃ、クラスT係は生徒会夫妻ってことで」

「夫妻じゃないんだけど」

「ないんですけど」


 クラス委員の戯言に、私と毒島さんのハモりきったツッコミが飛ぶ。

 それはまあどうでもいいんだけど。

 クラスの反応を見た限り、たぶん毒島さんの美的センスを知ってるのは私だけだから。

 このまま任せきりにしたら、いったいどんな名画が生まれるか分からない。

 気はひけるけど、手綱は握らなきゃいけないような気がしていた。

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