今日はカレンダーのうえでは平日だが学校は休み。
飛び飛びの登校なんて教師陣も面倒だろうし、その分、長期休暇の日数で調整が行われているらしい。
そんな中で、私は朝から生徒会の軽い集まりのために登校していた。
この間に話していた総会の打ち上げというわけではなく、単純に休み明けからの活動――主に月末にあるクラスマッチの打ち合わせをするためだった。
ちなみに打ち上げは、いろいろな都合を突き合わせた結果、今度の土曜日に企画されている。
「会長、そろそろ始めましょう」
椅子に座ってぼんやり窓の外を眺めていたら、毒島さんに声をかけられた。
気が付くと役員全員が部屋に揃っていて、みんなで私のことをじっと眺めていた。
どうやら待たせてしまったらしい。悪いことをしてしまった。
「体調でもすぐれませんか?」
「いや、大丈夫。ちょっとぼーっとしてただけ」
私は気を取り直して、ちょっとだらしなくなっていた座り方をもぞもぞと正す。
それから今日の議題について話をはじめた。
「えっと……そう、クラスマッチのことについてです。一年生たちは初めてだと思うから簡単に説明するけど、クラスごとのチームで戦う体育祭みたいなものって思って貰えたらいいかな。競技も騎馬戦とかいかにもなやつじゃなくて、バスケとかバレーとか、そういう体育の授業でやるようなのが中心」
「球技大会みたいなものですか?」
聞き返す穂波ちゃんに、私は頷き返す。
「そう呼んでる高校もある。ウチは球技だけじゃないからアレだけど」
ほとんどが球技にはなるけれど、大繩飛びとかもあるので『球技大会』とひとまとめにすることはできない。
私みたいに球技が苦手な人種は、耳にした時点でテンションが駄々下がりしてしまうし。
「主催は生徒会ですが、実際にやることはそう多くありません。各競技の準備や運営は各部にお願いしますし、総合優勝クラスも決めはしますが、大会終了後に校内放送で発表するだけのお飾り名誉です。そのため競技を決めることと、決まった競技の部に運営のお願いに行くこと。大会プログラムを組むこと。そして当日の結果の集計と発表。それが生徒会の仕事になります」
毒島さんが補足するように――というよりは、ほとんど必要なところ全部を説明してくれた。
もっと実際のことを言えば、ほとんどの作業は幹部だけ動けばどうにかなる程度のものだろう。
役員全員で動くのは、当日の見回りや、終わった競技の結果を集めて回る時くらいだ。
一年生組はそれで理解してくれたようで、ふたりそろって頷いてた。
私は毒島さんがから引き継いで、進行の主導権を取り戻す。
「競技に関しては去年と同じままで良いかなと思うのだけど、意見あるひといる?」
つられるように、役員たちの視線が壁際のホワイトボードに向く。
そこにはアヤセが書いてくれた去年の競技名がずらりと並んでいたけれど、何か足したり入れ替えたりするような必要性は、あまり感じられなかった。
定番どころは押さえてあるし、あまりニッチなものを入れても仕方がない。
しばらく沈黙が続いたので、これで決まりかなと思っていたら、ひとりの手があがった。
毒島さんだった。
「すみません、競技のことじゃないのですけど、ひとつ良いですか?」
「どうぞ、副会長」
毒島さんは、生徒会のノートPCの画面に目を落として答える。
「この間の冬のクラスマッチの後にあった意見なのですけど、部活をやってる人間も競技に参加できるようにならないか――というものです。これを、できれば検討したいなと」
「それって、例えばバスケ部がバスケ競技に参加するってこと?」
「そうなります」
それは、どうなんだろう。
クラスによって実力に差ができすぎてしまう気がするし、そういうのを防ぐために、今は参加できない仕様になっているのだと理解していた。
毒島さんもそれは分かっていると思う。
でもわざわざ議題に出したということは、思うところがあるんだろう。
「副会長は、何か思うところがあるの?」
「思うところというよりは、妥当性による提案なのですけど。この場合、話し合うべきなのは『経験者も参加できる』か『経験者は参加できない』かのどちらかではないかなと思うんです」
「それって……何か違うん?」
アヤセが首をかしげた。
私も、意見の内容と何が違うのか、いまいちよく分からなかった。
すると、穂波ちゃんが「あっ」と小さな声をあげる。
彼女はすぐに口に手をあてて「すみません」と頭を下げたけれど、私はそのまま彼女に発言を促す。
穂波ちゃんは気まずそうに咳ばらいをしてから、静かに手を挙げた。
「ええと、その『経験者』というのは、中学時代に部活でやっていたけど高校では辞めているというような人も含む――ということでしょうか」
穂波ちゃんの言葉に、毒島さんは頷いた。
「そういうことです。特に冬のクラスマッチは個人技を競うものが多かったので、中学校でやっていた人間と、完全な素人との差が開きすぎていたという印象は確かにありました。それで妥当性という意味では『経験者も可』にするか『素人のみ』にするかの、どちらかにするべきではないかと」
「なるほどね」
妥当性と言われてしまうと、私も意見そのものには納得ができてしまう。
体育なんかで遊びでその競技をやっていただけの人間と、中学三年間を本気で打ち込んできた人間とでは、実力に大きな開きがあるだろう。
「言わんとしてることはわかるけど、それ言いだしたらキリなくないか。そもそも中学でやってたかどうかなんて確認する方法がないし、取り締まるのも無理だろ」
そんなアヤセの意見ももっともである。
もし『経験者はだめ』にするにしても申告制にするしかないし、申告制にするならあってもなくても変わらないようなルールであるのと同じだ。
「はい! じゃあ、部活に所属してる人間も参加できるほうで調整するってことですか?」
「それはそれでカドが立つからどうしようって話だよ、きっと」
手を挙げながら意見した金谷さんに、銀条さんの冷静な指摘が入る。
そう。
これはどっちをとっても遺恨が残る話。
正直、意見は聞かなかったことにして、今までと変わらないルールでやってしまったほうが面倒はない。
「宍戸さんは、何か思うところある?」
私が話を振ると、彼女は「え、私ですか?」と驚いたように目を丸くした。
それからあたふたと慌て始める。
「ご、ごめんなさい……わたし、どうしたらいいか分からなくって」
「あー、うん。こっちこそごめん」
彼女はかろうじてそう言って、肩を小さく丸めてしまった。
性格的に、こういう話し合いに入りづらいかなと思って声をかけたけれど、逆にいらぬ気づかいだったらしい。
そうして、そんな彼女の代わりみたいに、穂波ちゃんが再び手を挙げた。
「参加できるかどうかじゃなくって、人数で制限をつけたらどうですか。メンバーの半分以下までとか」
その意見に、役員一同は押し黙る。
もちろん無視しているわけじゃなくって、検討の沈黙。それから真っ先に反応を示したのは、アヤセだった。
「悪くないかもな。ただ半分もいたらぶっちゃけ最強チームだろうから、四分の一くらいまでとかか。あくまで主要メンバーにならない程度にな」
「現在部活に所属してる人間は、チームメンバーの四分の一まで参加可能。それ以外は今まで通り制限なし――という具合では? アヤセさんも言っていた通り、中学の部活まで取り締まるのは不可能ですし」
毒島さんが、アヤセの言葉に付け加える。
私は、一応自分でもちょっと考えてみてから、おおむねそれに同意した。
「多少、過去の経験者がクラスごとに偏ってても、現役選手が入れるならバランスは取れる気はする。ポジションは正規と違うところに入ってもらうとか、もうちょっと配慮してもらっても良いかなと思うけど」
「その辺りは、部長会で大会の協力を呼び掛ける時に、提案と打診をしてみましょう」
毒島さんもそれで納得してくれたようだった。
そう話がまとまって、ほっと一息入れようと思っていたところで、アヤセが思い出したようにぽつりと呟いた。
「そうなったら、例年よりガチな大会になるってことだよな。なんか、優勝賞品とか欲しくね?」
「優勝賞品……?」
「まあ商品じゃなくても、何か権利とかでもいいんだけど」
そんな話なんてすると思っていなかったので、私は空っぽの頭で「商品」だの「権利」だの言葉を反芻する。
毒島さんがじっとりとした視線をアヤセに送る。
「言っときますけど、予算はありませんよ? 捻出するなら、学園祭の関連費用から融通することになりますけど」
「いやあ、そこまでしなくていいけどさ。そもそも前から張り合いないなーっては思ってたんだよな」
「それはちょっとありますね。スポーツは好きだから楽しいことは楽しいですけど、いまいち盛り上がり切らないっていうか、情熱のピークはどこって感じというか」
可と思ったら、金谷さんがこのうえなく納得した様子で頷いていた。
後輩ちゃんの意見が入って来ると、私も真面目に取り合うべきかもなと、ちょっと身構える。
「金谷さんもそういうってことは、案外同じことを考えてる生徒はいるのかな」
そんなことをここで聞いても仕方がないけれど、ひとまずせめて役員たちの同意を得るように問いかけてみた。
一年生たちは今回は初めてだからいいとして。
上級生たちは、頷き方に大なり小なりの差はあったけれど、みんな縦に首を振った。
「じゃあ……それも検討してみようか。とりあえずちょっとシンキングタイムで」
そう言って私は、壁の時計を見ながら一〇分後をひとつの区切りとした。
それから自分も考えを巡らせているように、くるりと椅子を窓辺に回して息をつく。
今日は何をしていても、昨日のスマホのことを思い出して、全く集中できていなかった。
スマホは家に届けにいくけれど、ユリは合宿に出てしまったので父親に渡すだけとなった。
昨日の夜に家電で連絡したところ、彼女の父親が出て、そういう話になったのだ。
彼は、直接手渡せる時まで預かっていてくれてもいいよと言ってくれたけれど、気になってどうしようもなくなりそうだったので、少しでも早く手放してしまいたかった。
ついでにせめてひと目会えればと思っていたけど、それが叶わないなら、心のもやもやを解消する手段はない。
今日はポンコツで生徒会のみんなには申し訳ないものの、誰かがいる空間にぼんやり居続けるというのが、このうえなくありがたかった。
「会長、お茶いれましょうか。みなさんの分も」
「ああ、うん、よろしく」
毒島さんの気づかいに、いつものように頷き返す。
自分では普通にしていたつもりだけれど、実際にはどんな表情をしているのか、知るよしもなかった。